7話 左腕を補完します(3)
肉まんを堪能した後、また眠たげなエスカリオットが寝ない内に1階の作業場に連れて行く。
グスタフの店で買った黒龍の義手をエスカリオットに装着する為だ。
作業場は薬草店の奥にあり、2階のダイニングと同じくらいの広さがある。丸いはめ殺しの窓が2つ、窓がない壁は一面の棚だ。棚にはよく使う薬草や錬金術用の材料が並んでいて、天井からは乾燥させた薬草が吊りさがっている。
作業机は錬金術用と薬の調合用の2つあって、錬金術用の机の上には愛用の両手で抱えれるサイズの錬金釜が置いてある。
エスカリオットはゆっくりと作業場を眺め、机に並ぶ首輪に目を止めた。
「…………」
「あ、それは魔力封じの首輪です。魔法を使える罪人に使います。ここ1年の定期契約で大口の取引だったんですよ。それは最終の納品分です」
「どこが買う?」
「ふふふ、王宮ですよ。こんなの国しか買いませんよ。もちろん間に商団は挟んでいるので、やり取りはそことしますけどね。今のハン国の魔力封じの首輪はほぼここで作ったものです」
「…………」
「さて、エスカリオットさん。義手の話です。こちらの黒龍の義手ですが今の時点ではこれはただの器具です。このままでは肩にくっつかないしただのつっかえ棒なので、ここ、この手の甲にあたる部分に魔石を埋め込んで魔道具にします。魔道具の義手は体と結合して自分の手のように扱う事が出来ます。その魔石を今から錬金術で作ります」
「…………」
エスカリオットはいつも通り無言だが、目を細めて興味深そうになった。
「義手の造形について、リクエストってあります?本物みたいな感じがいいとか、毛皮ついてるのがいいとか、色とか、指の数とか。魔道具にする時に一緒に造りますので」
「毛皮?」
「はい。付けれますよ。毛皮にします?」
「いや、このままでいい」
エスカリオットは黒龍の義手を指して言った。
「このまま?指も3本のままですか?」
「ああ」
「機能美重視型ですね。削ぎ落とされた美しさ。さすがエスカリオットさん。では、掌の部分に親指的な突起だけ付けましょう。あった方が物が掴みやすいので。後は魔法も付与しましょうね!とりあえず魔法攻撃への耐性と、黒龍は電気との相性がいいので、電撃効果を入れましょうか」
「それは1回限りの付与か?」
「魔法の付与ですか?いいえ、恒久的な付与ですよ」
「……さっきの話だが」
「はい?」
「魔剣を作れるのか?」
エスカリオットはグスタフの店でのやり取りをしっかり聞いていたようだ。
「おっと、聞いてましたか。秘密なんですけどね、えへへ、作れますよ」
シャイナは少し得意気に言った。エスカリオットが肉食獣が獲物を見つけた時のように目を見開く。
「お前は本当にAランク魔法使いか?道具への魔法の付与は通常一時的なものだ。使い捨てか、魔石の交換が必要だ。しかも攻撃系の魔法の付与はかなり難しい。義手への恒久的な魔法付与といい、魔剣が作れる事といい、それは完全にSランクだろう」
エスカリオットが珍しく長文をしゃべった。
魔剣、は世界に数本しかない。
剣に恒久的な攻撃魔法の発現を付与したもので埋め込まれた魔石の力によっては1つの戦場をひっくり返すほどの存在にも成りうるものだ。
全て国宝として管理され所在もはっきりしており、作る時は複数の国の許可がいる。
それだけの威力がある。
エスカリオットが長文をしゃべるだけの価値があるのだ。
「さすがエスカリオットさん、元騎士、詳しいですね、ここはスルーしてほしかったなあ……」
シャイナはぶつぶつと少し悩んでから観念して口を開いた。
「エスカリオットさんは守秘義務がありますし。お教えしましょう。私はギルドからはSランクの魔法使いを打診されましたが断ったんです」
「何故だ?」
「何故って、Sランクなんてほぼ名誉職ですよ。依頼料金がバカ高いから依頼もほとんどない上に国家の緊急時は馳せ参じる義務があります。もらえる爵位も屋敷も私には不要なものです。Aランクが良いです。万歳、Aランク。そこそこの報酬もあるし、仕事も選べる。ライセンスで開場前の闘技場にも入れます。なので私はAランクです。Sランクのお仕事はお世話になったギルドマスターの頼みで本当にたまあーに匿名でやります」
「…………」
「結構いますよ。そういう方」
「いる訳ないだろう」
「たまには居ますよ。私の夢は王都で自分の店を持って、お金に余裕を持って少しのんびり暮らす事なんです。なのでSランクはむしろ邪魔です」
「俺の義手に勝手に魔法付与していいのか?」
「エスカリオットさん、考えてください。エスカリオットさんが4日後相手をするのは、Sランク魔法使いの狼型なんですよ。しかも満月、通常よりパワーが増してます。危機感が足りてないです。何度も言いますが、絶対に強いです。そしてエスカリオットさんには守秘義務があります。戦争狂でも無さそうですし、この義手はエスカリオットさんしか使えないので大丈夫です」
「…………」
「あ……やっぱり止めときますか。」
「問題ない。何とかしよう」
「良かった」
「存外にいろいろ考えてるんだな」
「存外は余計ですよー。策略家なんです。さあ、では作業しますね」
シャイナはまず、核にする魔石を選んだ。魔石を一から作る事もあるが、今回は天然物を使う。海の魔物、シビレブタから獲れた魔石だ。これが電撃の核にもなる。
そこに魔法耐性をつけるためのあれやこれやを足す。少し迷ってからシャイナ自身の髪の毛も一筋加える。
「水流よ、釜を満たせ」
言葉を紡いで錬金釜に水を張ると、選んだ材料を入れた。
両手を翳して出来上がりをイメージしながら魔力を込めると、ぷくっ、ぷくっと大きめの泡が出てくる。
「エスカリオットさん、髪の毛か血を頂けますか?出来たら血の方がいいです。数滴で良いので」
シャイナが言うと、エスカリオットは無言で手近なナイフを握ると親指を押し付けて切り、釜にポタポタと血を注いだ。
釜がぱあっと青白く光る。
シャイナは注意深く魔力を注ぎ、撹拌し、分解し、再構築する。
しばらくすると釜はひときわ明るく輝いた後、光が消えた。
釜の底には親指の爪ほどの魔石が沈んでいる。掬い上げると、キラキラと黄緑色に輝く魔石が出てきた。
「いいですね。素敵な色になりました。あ、エスカリオットさん、シャツを脱ぎましょう。結合させます」
シャイナはエスカリオットがシャツを脱いで上半身裸になったのを確認すると、掬い上げた魔石をそっと摘まんで黒龍の義手の手の甲に嵌め込んだ。
義手が震えて骨格の周りに薄い筋肉と膜のような物が張り巡らされる。
肩の間接部分が鈍く光り灰色の触手が出てくる。出てきた触手は空中をさ迷うと、エスカリオットの方へと伸びていった。
やがて触手はエスカリオットの左肩にたどり着き、ぶわっと広がると肩を包み込み結合した。
エスカリオットは少し顔をしかめる。痛みや不快感があるようだ。
やがて義手の部分が引き寄せられて行き、エスカリオットの左腕として納まった。
黒龍の義手は初めからそこにあったようにしっくりとエスカリオットの左肩に馴染んだ。
異質な様子が逆にカッコいい。シャイナは満足した。
「動かしてみてください。」
シャイナが言うと、エスカリオットは左手を握ったり開いたりした。
それからぐるぐると腕を回す。
「問題ないですか?」
「ああ」
「良かった。魔法の耐性は火球くらいなら弾ける程度です。電撃は、裁きの雷とかがかっこいいなと思ったんですけど、すごい威力になっちゃうし扱いにくいので、ビリビリ痺れるくらいにしてます。最小は静電気みたいなバチッていうやつから、最大は大きめの部屋全部ビリビリ出来るくらいまでです。練習したら使いこなせると思います」
「…………」
エスカリオットはおもむろに左手をシャイナに差し出してきた。
握手を求めているようだ。
「エスカリオットさん……え、これは、お礼ですか?」
シャイナはちょっとじーんとしながら聞く。
エスカリオットが初めて見せる穏やかな笑顔で頷く。
うおお、なんて笑顔。すごい破壊力の美形の笑顔。
「えへへ、エスカリオットさんから握手なんて嬉しいものですね」
シャイナはちょっと照れながら右手でその手を握った。
バチッ
右手に衝撃が走る。
「いったっ!!えっ?いったあ。」
シャイナは突然の衝撃にびっくりして手を引っ込めた。右手がじんじんしている。
「えっ?えっ?」
エスカリオットを見上げるとニヤリとされた。
「静電気だ。もう使いこなせる」
「えっ?もう?凄い、凄いですねエスカリオットさん。さすが世界最強。それにしても可憐な少女で試すのはひどくないですか?痛かったですよ。ひどいです」
「今さら腕などと思っていたが。この左腕、感謝する」
「……エスカリオットさん」
じーんとするシャイナを置いて、エスカリオットはすたすたと作業場を後にした。