68.シャイナの告白
「うおあっ、エ、エスカリオットさん」
家の玄関で待ち構えるはずだったエスカリオットが自分を待ち構えているのに、シャイナはのけ反って驚いた。
「ど、どうしました?」
「私が呼んできました。シャイナ殿、塔へは中から扉が開かなくては入ることは出来ないと言ったでしょう。何かあっても助けられなかったんです。単独での行動は控えてください、はあぁ、怖かった」
心なしかこの短時間でげっそりしたランディが安堵の息を吐く。
「ご心配をおかけしたようですね、すみません。カロリーナさんなら無事に回復して今は寝てます」
「よかった。ひと安心です」
「なぜ、騎士の方々まで来ているんですか?」
シャイナはランディの後ろの騎士達を見た。
「ああ、これは最悪の場合、エスカリオット殿が塔の結界を斬ると仰るのでそれに備えてですね」
「この結界も斬れるんですか?」
びっくりしてシャイナはエスカリオットに聞いた。
塔の結界は三重で、城の魔法使い達が念入りに施した現役の結界だ。国境の森にあった消えかけの結界とは訳が違う。
「過去に似たようなものを斬った事はある」
「エスカリオットさんならどこでも入れますね」
さすがシャイナの美しい黒豹だ。
「シャイナ殿、お勧めはしない方法ですよ。作動中の強い結界を無理矢理破れば、内包されている魔力が一気に解放されて、爆発する事もあるんです。こちらは大慌てで騎士と魔法使いをかき集めていた所です」
ランディはそう説明して、傍らの騎士に魔法使い達に出動が不要になったと伝えるよう指示した。
「爆発……知らなかったです」
「そもそも、破られないための結界ですからね。無理矢理破れるものではないんです。私も戦争中のエスカリオット殿の一事例しか知りません」
「一事例作ってる……」
「斬れる場所で斬るだけだ。前のでコツは掴んだから次は爆発もしないだろう」
「仮定の話では困るんです。間違っても城の敷地内で爆発は非常にまずいですからね。シャイナ殿が無事に戻ってくれて良かった。エスカリオット殿を止めるのは大変でした」
ランディが遠い目をする。
短時間でげっそりしたのは、頑張ってエスカリオットを止めていたからなのだろう。
「ご迷惑をおかけしたようですね」
「いえ、元はと言えばこちらの依頼ですら。とにかくご無事で何よりです」
ランディは疲れた笑顔で微笑む。
「そんな事より、シャイナ」
エスカリオットの声が鋭くなり、シャイナの側まで来てそっとその顔に触れた。
触れられて、シャイナの心臓が跳ねる。
「ドーソンに何もされてないか?」
「は、はい、なにも、お、お茶をご馳走になりました」
「茶だと?」
エスカリオットがピリつく。
「渋くて、ぬるかったですが、無害でしたよ?」
ピリついたエスカリオットに気づいてシャイナは恐る恐る伝えた。
うん。確認はしなかったけど、たぶん無害だった。
「ほう」
エスカリオットがシャイナの髪の毛をすいた。
顔は不機嫌そうだが、手つきは優しい。
シャイナの心臓の音が煩くなってくる。
目の前の美しい黒豹は今や恋しい黒豹で、恋しいと自覚してから初めての対面だ。
かあっとシャイナの顔に熱が集まった。
(あ、告白、告白もしなきゃ)
先ほど決意した重要な使命を思い出すが、今は周りにランディも騎士も居るし、ここで告白は違うな、と思う。
それに何やらエスカリオットはピリついている。
「あの、怒ってますか?」
「いや」
否定はされるが、ピリついたままのエスカリオット。ドーソンの塔に単独で入り、お茶までしていたのが気に入らないようだ。
「えーと、では、私の用事は終わりましたし、先に帰っていますね」
ここは、さっさと帰るのが良さそうだなとシャイナは思った。そそくさと立ち去ろうとしたが、エスカリオットに腕が捉えられる。
「俺も帰る。ランディ、馬車を回してくれ」
「分かりました」
「ええっ、エスカリオットさんは傭兵団の鍛練があるでしょう?」
「もう終わるし丁度いい」
「挨拶とか」
「しなくていい」
「いや、でも」
「シャイナ、一緒に帰ろう」
エスカリオットがにっこりする。
その笑顔が少し怖い。
シャイナの心臓は、ばくばくと鳴りだした。
笑顔が怖いエスカリオットは、シャイナの恋しい黒豹で、早く告白もしなくてはいけないのに何やら不機嫌で、この間の“お仕置き”っぽい雰囲気がある。
おまけに妖しい色気まで纏いだしている気もする。
そんな恋しい黒豹と馬車で二人きり……。
(……無理)
「っ…………」
シャイナは逃げるように狼になった。
パサリ、とシャイナのローブが地面に落ちる。
ローブの中でどうしたらいいかと震えるシャイナ。
エスカリオットはそんなシャイナをローブからそっと出して優しく抱き上げると、ランディと騎士達に「騒がせたな」と言い、通用口まで歩いて馬車に乗った。
***
「シャイナ、今回は魔法使いとして依頼を受けたのだし、怒るのは違うと分かっているが、危機感が無さすぎると思う」
馬車の中で、狼のシャイナはエスカリオットに抱き込まれている。
耳が優しくすりすりされるが、今は獣なのでゾワゾワはしない。恋を自覚しているのでやたらとドキドキはするが、自分が自分でなくなるようなことはない。
狼になっておいて良かった。人の姿だったなら今ごろ腰が抜けていたと思う。
「ランディから塔の説明は聞いただろう。ドーソンが安全だという保証はなかった」
「確かに、少し軽率でした」
ここでエスカリオットの手がシャイナの顎の下をくすぐる。
(ふわわわ)
気持ちよさにうっとりして目を閉じると、きゅむっと耳をつねられた。
「ひゃっ」
「寝るな、話は終わってない」
「顎の下は反則ですう」
耳をパタパタさせて抗議すると、ほんの少しエスカリオットの雰囲気が柔らかくなった。
「結果論ですが、お茶して終わりましたよ」
今だとばかりにそう主張したのは逆効果だったようだ。エスカリオットの雰囲気が元に戻る。
「閉じられた塔で二人きりで茶を飲んだのは気に入らない」
「カロリーナさんも居ましたよ、寝てましたが」
「意識がなければ、居ないと同じだ。未婚の娘が独身の男と二人きりになるな」
「いや、私はご令嬢とかじゃないですし」
シャイナは平民なのだ。貴族の令嬢にとっては部屋で男と二人になるのはタブーかもしれないが、平民のシャイナにとっては、そんなに気になる事でもない。
そう反論すると、エスカリオットの腕がぎゅうっと強くなった。
「分かっている。分かっているが気に入らない」
エスカリオットの声に熱が込もって、シャイナの体温も上がる。
「そ、そうですか」
「ああ」
ゴトゴトと馬車が揺れる。
「…………嫉妬とかですか?」
そろりとシャイナは聞いてみた。
少し期待をしながら。
「そうだろうな。嫉妬と独占欲だ」
「そうですか」
また、ゴトゴトと馬車が揺れる。
「あの、エスカリオットさん」
「なんだ」
シャイナはおずおずとエスカリオットを見上げた。
見上げながら身動ぎすると、エスカリオットが腕を緩めてくれたので自由になったシャイナは後ろ足をエスカリオットの膝に置き、前足をエスカリオットの胸に置いて立ち上がる。
狼のシャイナの顔とエスカリオットの顔が同じ高さになった。シャイナの顔に熱が集まる。
「…………す」
真っ赤になりながら、シャイナは口を開いた。
「す?」
「す、す……すす」
「すす?」
「好きですう……」
言ってから、ペロペロとエスカリオットの口元を舐める。
一通り舐めてから、シャイナは自分の顔をエスカリオットの首へと擦り付けた。
「あいしていますう」
吐息と共に囁く。
狼だったからこそ、出来た告白だった。
人型だったらきっと出来なかっただろう。
首へのすりすりを続けていると、エスカリオットがふっと息を吐いた気配がした。
シャイナの耳元にエスカリオットの口が付けられる。
「知っている。俺もだ」
甘い声でそう言うと、エスカリオットはシャイナを優しく抱き締めてくれた。
この告白により、恥ずかしさが限界を突破したシャイナは、狼の姿でエスカリオットに抱っこしてもらったまま店を開け、翌朝まで人型には戻らずに過ごした。
お読みいただきありがとうございます!
余韻を壊さないようにと、後方から失礼しています。
ブクマ、評価、いいね、感想、誤字報告、いつもありがとうございます。
今回の、恋バナ~はドーソンとシャイナのやり取りが書きたくて書いただけのチャプターでした。
ほぼおまけみたいな話なのですが、寄せていただいた感想を読むと、楽しんでいただけたようで何よりです。
次の更新は少し空く予定です。




