67.恋バナをドーソンと(4)
「聞きたい事があるんですが」
シャイナはテーブルの上でぎゅうっと手を握りながら切り出した。
「なに?」
「男の人って好きじゃない相手ともキスしますかね?」
「な、へ、お?……キス?」
あっという間にドーソンの挙動が不審になる。
「ええ、キスです」
「…………それは……ほら、ひ、人によるんじゃ、ないか」
汗をかき、顔をひきつらせながらも、精一杯涼しい顔を作ってドーソンは答えた。
「では、ドーソンさんならどうですか?」
シャイナの問いかけにドーソンは何かを想像したらしい、ぼふっと真っ赤になって狼狽えた。
「じょ、じょじょじょじょ状況に、よるだろ!」
「そうなんですか?」
「お、おう、そうだよ。ふ、二人の関係性とかその場の、雰囲気とか、い、いろいろ、いろいろあるだろ? 」
顔を赤くして慌てまくるドーソンはもはや相談相手としては機能していないのだが、シャイナはシャイナでエスカリオットに揶揄われているのでは、という不安が大きくて、それどころではない。
「関係性は……恋人らしいのですが」
「ら、らしい? らしいって何だよ。特定の誰かの話なのか?」
ちょっと冷静さを取り戻すドーソン。
その突っ込みに、ぎくりとするシャイナ。
「あ、いえ、あの、し、しし知り合いの悩み事なんですよ!」
「狼娘の?」
「ええ!私の知り合いの、ある人とある人の話です」
「ある人とある人」
「はい、ある人とある人は、どうやら恋人同士らしいのですが、でも、まだお付き合いは浅くてですね、ある人はある人の気持ちがよく分からないんですよ。そんなある日、ある人はある人にキスをされたんですけど」
「あー、ちょっと待って」
完全に平静を取り戻したドーソンによってシャイナの説明は遮られた。
「ある人ばっかりで、よく分からない。どういう知り合い? 名前は?」
「な、なな名前ですかっ!」
今度はシャイナが慌てる。
「名前、は、えーと」
名前を言ったら、自分とエスカリオットの事だとバレてしまう。
「言いにくいなら、仮名でもあだ名でも何でもいいからさ、区別つけてくれないと分かりにくい」
「な、なるほど、仮名…………では、狼と黒豹で」
聞く人が聞けば、誰の事なのかバレバレの仮名をつけるシャイナ。
そもそも、こういう相談の“知り合い”なんて本人である事がセオリーである。
「狼と黒豹ねえ……食物連鎖の頂点同士の恋人って想像しにくいな。あれ? もしかしてそれってさ」
ドーソンが何かに思い当たったようだ。シャイナはどきりとする。
(うそ、バレた?)
シャイナの目が泳ぐ。
「その知り合いの恋人達って、男同士なの?」
バレてなかった。
恋愛事というか世事にとんでもなく疎いドーソン。
「違いますう、男と女ですう」
「そうなの? じゃあ、こっちの都合で悪いけど、狼と黒豹だとイメージしにくいから、狼と兎でいい?」
「ええぇ」
シャイナは不満の声をあげた。
シャイナの美しい黒豹を兎にするのは無理があると思う。
「黒豹は譲れませんね。あれは兎とは似ても似つかないものです」
「もしかして、黒豹が男?」
「はい」
「なら、兎と黒豹でいい?」
「ぐっ…………しかた、ないですね」
自分の狼を兎にされるのも屈辱的ではあるが、エスカリオットを兎にされるよりはマシだ。
「じゃあ、兎と黒豹で続きをどうぞ」
「では、気を取り直して。兎と黒豹は恋人同士らしいんですけど、兎としては、黒豹が自分を好きなのかよく分からないみたいなんですよ」
「なんで? 恋人なんだろ? 告白とかなかったの?」
「それはあったんですけど、いえ、あったらしいんですけど、黒豹は兎よりずっと年上でして、告白も“好きです、付き合ってください!”みたいなやつではなくてですね。何かほら、大人の余裕のやつ的な? こっちを動揺させておいて話を持っていく的な? そういうやつです。そこからのキスだったんです。だから、よく分からなくてですね」
「ふーん」
「おまけに黒豹は、元貴族なんですよ」
「あー、貴族ってあれだよな。平気で手の甲に口付けとかするもんな。その兎は手の甲にキスされたの?」
「いいえ、唇です!」
力強く言ってから、キスを思い出してかあっとシャイナの顔が赤くなる。
「お、おう、唇か……まあ、ぼ、僕なら、自分よりずっと年下の女の子に好きでもないのに唇へのキスはしない、かな。貴族は分からないけど」
ドーソンは早口でそう答えると、お茶をぐいっと飲んだ。
「ほんとですか?」
「僕なら、だからな。ところでその黒豹は遊び人なの?」
「遊び人ではないです。あ、でも昔はモテたらしいです。今もモテてはいるような」
『騎士の時はモテた』と以前にエスカリオットは言っていた。
ダイアナ嬢の事もあったし、今もそれなりの人気はありそうだ。何といってもエスカリオットは美しく強い黒豹なのだから。
「へえ、モテるんだ。なんかどうでもよくなってきたな。もう、兎が直接黒豹に気持ちを聞けよ」
「ええっ」
「大体、黒豹は告白したようだけど、兎は? 告白してんの?」
「……………………はっっ!!!」
してない!!!
愕然とするシャイナ。
何ということだ。ドーソンに指摘されて初めて気がついたが、シャイナはエスカリオットに告白はしていない。
片言の“アイシテイル”すら言っていない。
エスカリオットはシャイナに甘い言葉を言ってくれていたし、どうやら愛の告白もしてくれた。片言とはいえ“アイシテイル”とも伝えてくれている。
それに引き換え、シャイナはどうだろう。
出会った当初に、グフタフにエスカリオットの事を“美しい黒豹”と言ったのを本人に聞かれていたくらいで、積極的には何も伝えていない。
『恋人でよくないか?』と聞かれた時も、きちんと答えてはいないし、『キスしてみるか?』にも、拒まなかっただけで何の返事もしなかった。
「…………」
なんてこと、自分こそ、エスカリオットを弄んでいるみたいではないか。
ひょっとして、あの黒豹は傷ついていたりするんだろうか…………。
いや、でもシャイナが自分の恋心を自覚したのは今朝の事だ。伝える機会なんてなかったのだし、決して弄んではいない。
(でも、キスから一週間も経ってるのに、何も言ってない)
そもそもウェアウルフの一族は相手を見つけると、駆け引きなんてしない。男女共に速攻で押して押して押すのが通例だ。その辺は動物的なのだ。
(私、まだ、ひと押しもしてない)
呑気にドーソンとお茶を飲んでいる場合ではないのでは、とシャイナは焦り出す。
シャイナの美しい黒豹はとても魅力的だ。うかうかしていては横から、かっ拐われてしまうのではないだろうか。
(いかん!)
一刻も早く、気持ちを伝えなくては。そして、囲い込まなくては。
「ドーソンさん! すっかり長居をしてしまいました! お暇しますね!」
シャイナは勢いよく椅子から立ち上がった。
「わっ、お、おう。 確かにもうすぐお昼だしな」
「ええ! たくさんお喋りできて楽しかったです! 大変な気づきも与えてもらえました、ありがとうございます!」
「いや……僕こそ、助かったよ」
「有意義な時間でしたね!」
それからシャイナはドーソンに、お勧めの花屋を教えてあげて、塔の出口へと向かう。
エスカリオットは昼には帰ってくるはずだから、先に帰って玄関口で待とう。
帰宅一番に告白出来るように。
シャイナはそう決めて、魔力封じの腕輪を付けると、出口の扉を開ける。
意気揚々と足を踏み出したそこには、
顔色の悪いランディを先頭に複数の騎士達と、
何やらちょっと殺気の出ているエスカリオットが居た。




