66.恋バナをドーソンと(3)
塔の一階へと場所を移し、ドーソンは明らかに慣れない手つきでお茶を淹れてくれた。
小さな二人用のテーブルでドーソンと向かい合って座る。
「君、何歳?」
シャイナの前にお茶を置いて、ドーソンが聞いてくる。
「18才です」
シャイナは答えてからお茶をひと啜りした。
お茶は渋かった。
うえにぬるかった。
エスカリオットの淹れる美味しいコーヒーが恋しくなるシャイナ。
「18才か。君ぐらいの年頃の女って何を欲しがるの?」
「うん?」
ドーソンの問いにシャイナはぽかんとする。
何となく、魔法使い同士、魔法に対する見解とか見識とかを話すのかと思っていたのだ。
「欲しいものだよ。今一番欲しいものは何?」
「欲しいもの?」
シャイナは少し考えてから答える。
「そうですねえ、今一番欲しいのはジュバクレイの布ですね」
「ジュバクレイの布?確かにちょっとレアだけど」
「ジュバクレイの布は場所の記憶が出来ますからね。移動の魔方陣を描けばどれだけ遠くても、どんな状況でも正確に帰って来れます」
シャイナは、やっぱりそれをエスカリオットに持たせておきたいなあ、と思っているのだ。
「ふーん、なんだ。それ女が欲しいものっていうより、魔法使いが欲しいものだよね」
ドーソンは早くも興味を失くしたようだが、シャイナは続ける。
「更にですね、魔石を組み込んで魔力を注いでおけば、魔法使いでなくても呪文を唱えるだけで帰って来れるんですよ。 魔法使い以外の同居人に渡しておくと安心ですよね」
どうだ!とばかりに宣言して、お茶をぐいっと飲むシャイナ。
渋い。
「ほう? 同居人にね」
ここでドーソンの目付きが変わった。
青白い顔の男は顎を指でこすりながら、しばし考える。
「それなら、相手に呪文を唱えさせるまでもなく、組み込む魔石に対象者の一部を入れて、状態記憶をさせれば対象者の状態だけで魔方陣を発動出来るんじゃないか?」
「!」
シャイナの目付きも変わる。
「……なるほど、出来るかも。強い恐怖を感じた時とか命の危険があるような時、そういう状態を感知して発動させるのは不可能ではないですね!」
「恐怖をトリガーにするのはお勧めしないなあ。何に怖がるかは個人差がある。失血の割合や臓器の損傷、機能不全の度合い等を設定する方が確実だね」
「なるほど……でも、外で一緒に居るのに怪我の具合で発動してしまったら困りますね」
「ある程度自分と近い時は発動しない条件も組み込めばいい」
「ふむ、距離も尺度に加えるんですね。私の一部も組み込めば不可能ではないですね」
「うん……そう考えると、自分から一定以上離れてしまったら発動させるのもいいな」
「離れる距離かあ、ううむ、どこに行くかは好きにさせてあげたいんですよね」
「僕の場合はここから離れる状況自体がないから、距離をトリガーにするのは一考の価値があるな。王都の外に出たら発動させてもいいかも」
「あんまり巣に縛り付けるのはよくないと思うんですよ」
二人の会話が双方の独り言みたいになってくる。
「いや、王都だっていろいろ危険はあるよな。あの子、危なっかしいからな……城の外に出たらの方がいいか?」
「やっぱり本人の意思で呪文を唱えさせるのがいいような」
「でも、怖がった時点で手元に置きたいな……」
「距離で縛るのはなあ……」
ーーーー。
ーーーー。
しばしの時間、
二人の束縛強めの魔法使い達が、お茶の渋さも忘れてお茶をすすりながら、それぞれの束縛対象を移動の魔方陣で縛る事について考える。
「ーーそもそも、魔方陣を肌身離さず持ってるように言わないとダメだよな。ジュバクレイの布なんて、女が喜んで持つようなものでもないけど大丈夫か?見た目はただの白い布だし…………ちょっと待て、論点がずれてる」
「いっそのこと、たくさん手に入れてシャツに縫い付けてしまうというのも、うん?論点?」
ドーソンの指摘に我に返るシャイナ。
「僕が聞きたかったのは、君くらい歳の女がもらって喜ぶものだよ」
「ですから、今ならジュバクレイの布をたくさん戴ければ、喜びますよ」
シャイナは今や、ジュバクレイ布製移動の魔方陣をエスカリオットのシャツに縫い付ける気満々なのだ。
「ジュバクレイの布の事は一旦忘れてくれ。そういう特殊な話じゃなくて、聞きたいのは一般論。魔法使いじゃなくて、一般的な女の欲しがるものの話」
「一般的と言われても…………あ、もしかして、カロリーナさんに、という事ですか?」
ジュバクレイの布を頭の片隅に追いやってから、シャイナはこれはとっても個人的な相談だったのではと気づく。
個人的な恋の相談では。
「ぐっ…………そ、そうだな、そうなるかもな。今回の事は詫びくらいは言わないといけないからな、手ぶらで詫びを入れるのはちょっとな」
「ほうほう。でしたら、お菓子は?カロリーナさんは甘いものがお好きなんですよね。ランディさんが言ってました」
シャイナは口元が緩みそうになるのを我慢してアドバイスしてあげた。
「ランディ、あの騎士か、何であいつがそんな事知ってるんだよ?」
「ドーソンさんが、最近食事に甘いものを要求されてるのはカロリーナさんの為では、と思っているようですよ」
「なっ、ばっ、ちげーよ!」
赤くなって狼狽えるドーソン。
分かりやすい。
甘いもの要求はカロリーナの為で間違いなさそうだ。
31才の男性だとは思えない分かりやすさ。
「おい、違うからな」
「はいはい、違うんですね」
「ち、が、う、か、ら、な」
「はーい、分かりましたよ。と言うわけでお菓子でいいのでは? あ!」
そこで、ぽむ、とシャイナは手を打つ。
シャイナの脳裏に以前迷惑をかけた、丸っこいおじさんの顔が閃いたのだ。
「何だよ」
「お花! お花にしましょう、ここは花ですよ、ドーソンさん!」
「花?」
「ええ! お花がいいでしょう。私、いい花屋さんを紹介出来ますよ! 是非、そこで買いましょう」
シャイナの頭には、シャイナ誘拐事件で迷惑をかけた丸っこい花屋の店主が浮かんでいる。
あの時、花屋には自分の店を放ったらかしでシャイナ達の帰りを待たせてしまった。肉まんなんかでは償いきれていないと思う。せめて顧客を一人くらいは増やしてあげたい。
「花ね、ふむ、確かに詫びっぽくなるな。選ぶ花に注意すれば変な誤解もされない」
「変な誤解とは?」
「万が一、僕があの子に懸想してるなんて思われたら困るだろ。よくは知らないけど、花言葉に気をつければいいんじゃないか。貴族達はそれで暗に気持ちを伝えるって聞くぜ」
「へー……花言葉」
ここでシャイナはちょっと不安になる。
以前に誕生日祝いとしてエスカリオットから花束をもらい、嬉し恥ずかしだったのだが、花言葉なんて気にしてなかった。
シャイナとエスカリオットはどうやら恋人同士であるのだが、シャイナとしては、あの美しい黒豹が自分のどこに惚れているのかは全く分からない。
(もしかして、あの花束、何か意味があったのかな……いや、でも花を選んだのは花屋の店主だし、でも、エスカリオットさんが何か注文をつけた可能性もなくはない)
「…………」
シャイナの不安が膨らむ。
(まさか、私、盛大に揶揄われてたり、しないよね?)
エスカリオットはシャイナを時々揶揄うのだ。
(いやいやいやいや、キスまでしといてそんな)
ぶんぶんと頭を振るシャイナ。
「…………」
(キスって、好きな人としか、しないよね?)
しないとは思う。
思うがエスカリオットはシャイナより10コも年上で、きっと経験も豊富だ。
男と女ではそもそも違う、という事もあり得る。
(男の人って、好きでなくてもキスくらいするんだろうか)
ちらり、とドーソンを見てみるシャイナ。
「何だよ?」
ドーソンが怪訝そうな顔で聞いてきた。




