64.恋バナをドーソンと(1)
「詳細は城に向かいながらお話しますよ」
にっこりするランディ。
「まだ受けるとは言ってませんよ」
「お礼ははずみます」
「む」
「今から行けば、午後からの開店にも間に合いますよね」
「確かに」
「さ、参りましょう。お礼ははずみます」
再びにっこりするランディ。
という訳で、シャイナは流れるように用意されていた馬車に乗った。
***
「シャイナ殿を指名されたのは、ドーソン殿なんです」
「げっ」
馬車が走り出すなりランディが告げた名前に、乗った事を後悔するシャイナ。
元敵国のSランク魔法使いからの指名。絶対にややこしそうだ。
「どうしてドーソンさんが私を指名するんですか?」
「ドーソン殿は治癒魔法は使えませんからね。昨日、ドーソン殿の専属の侍女が魔道具の事故に巻き込まれたようなんです」
「ようなんです、とは?」
その、あやふやな情報は一体どういう事だろう。
「ドーソン殿が入られている塔は、防犯上出入りが困難で状態が確認できてないんですよね。ドーソン殿に侍女殿の引き渡しも拒否されてまして」
「何ですかそれ? その侍女の方は大丈夫なんですか?」
「五体満足で、命に別状はないようです。侍女殿、お名前はカロリーナ殿と仰るのですが、カロリーナ殿を危険に晒すような事は今のドーソン殿ならしないと思われるのでそれは確かかと」
「どうしてそう思えるんですか? 大体、ドーソンさんに専属の侍女なんて何してんですか」
シャイナの認識が正しければ、ドーソンはたとえ魔力を封じていたとしても、なかなかの危険人物のはずだ。
「ドーソン殿はカロリーナ殿に絆されてますので」
「んん?」
変な単語を聞き取った気がする。
絆されてます?
「少し遡ってお話しますねーー」
ランディはそう前置きすると、ラシーンとの国境の森でドーソンが拘束され、城に移送されて来た時から話し出した。
ドーソンは魔力を封じられ、体を拘束されて、更に意識を混濁させられた状態で城に到着した。ハン国はまずドーソンを地下牢へと入れた。
このまますぐに命を奪う事も考えたが、何といってもSランクの魔法使い。ドーソンは魔道具の扱いに長け、その開発にも定評がある。殺すのは惜しかった。
ドーソンの倫理観に問題はあるので、国家魔導師として召し抱えるのはもっての外だが、その能力は利用したい。
国王と側近達はそのように考える。
戦争中のタイダル国でのドーソンの素行を調べると、人体実験はタイダルの王家主導で行われていたようで、ドーソンとしてはそれらの行為に抵抗はなかったようだが、本人に被虐趣味はなかった。
ドーソン本人は殺人や人体の欠損は行っておらず、ハン国としてはドーソンの命は奪わずに飼い慣らす方向で扱う事に決定する。
城の敷地内の塔を与え、ガチガチの監視付きで古い魔道具の研究の仕事を与えた所、潤沢な予算と望み通りの試料さえ揃っていればドーソンは、態度こそ不遜だったが、素直に従った。
少し危うくはあったが、ドーソンの要望に非常識なものはなく、本人も「この環境が続くなら、大人しくここに居てやってもいいよ」と言うので、塔での軟禁を続けることになる。
ここまでが、城の塔でドーソンが暮らしだした経緯だ。
そういえば、誘拐事件の時にドーソンは「城へ帰してくれ」と言っていたな、とシャイナは思い出す。
その言動は塔での暮らしに満足すらしているようだった。
「ドーソンさんは、典型的な研究肌の魔法使いだったんですね」
「そうみたいです」
「そこから、なぜ、専属の侍女なんですか?」
「それはーー」
そして、ここからが専属の侍女の経緯。
塔での暮らしに慣れた頃、ドーソンが「塔の掃除をする人が欲しい。魔道具の整頓もしてもらいたい」と要望してきた。
塔は、外からも中からも人の出入りが困難な結界魔法がかけられていて、通常時の塔にはドーソン一人だったのだ。
塔の入り口からかいま見える内部は日に日に混沌としていっているのは分かっていたので、早速に騎士が一人つけられた。
だがこの騎士がどうやら魔道具を雑に扱い、ドーソンと衝突した。
ドーソンからは「侍女にしてくれ、メイドでもいい」と追加の条件が入る。
塔の中の古代の魔道具には、いろいろな制約があり扱いに注意が必要なものもある。ドーソンは国主導の魔道具の開発を手掛けてもいるので、迂闊な者は付けられない。身元の保証された者をと、城の侍女に特別手当て付きで募集をかけたのだが、応募はなかった。
当たり前だ。掃除は本来メイドや下女がする仕事な上に、ドーソンは昔は人体実験を行っていたらしい不気味な魔法使いなのだ。手当ははずんだのだが、誰も手をあげなかった。
ドーソンの見た目も良くなかった、肌は青白く髪はボサボサ、長い前髪の下の目は三白眼で目付きも悪く、元々女性受けするものではない。おまけに週に一度、決められた運動の為に騎士監視の下、塔の周辺をふらふらと歩くドーソンは幽鬼か何かのようで侍女達に怖がられていた。
城の侍女は誰一人として特別手当には釣られてくれなかったのだ。
再募集では騎士の護衛も付けるとしたのだが、応募はなかった。
「そこで王家は新しく侍女を雇う事にしたのです。実家の借金の為にエロじじ……いえ、かなりご年配の伯爵に嫁ぐ予定となっていた男爵家令嬢を借金の肩代わりを条件に、ご令嬢同意の元、ドーソン殿専属の侍女となってもらいました」
それがカロリーナらしい。
「それ、カロリーナさん可哀想じゃないですか」
シャイナは思わずそう言う。
城の侍女の総スカンをくらった仕事だぞ?
カロリーナは実家の為に泣く泣く来たのでは。
「いえ、カロリーナ殿としては、エロじじいより城の侍女が嬉しかったようで、借金も返せた上に給料まで貰えるなんて幸せだと、元気いっぱい働いてくれたんです。とても素直な良い方なんですよ」
ランディはカロリーナを思い出してか、にこにこする。
「素直で元気いっぱい……」
「はい。シャイナ殿も、とても愛らしい方ですが、カロリーナ殿はまた方向性が違う愛らしさがある方ですね。
なんと言うか、シャイナ殿は用心深くこちらに近づいてくる感じで、カロリーナ殿はこちらが心配するくらい無防備にやって来る感じです」
「な、なるほど?」
どっちも寄ってはくるんだな、とシャイナは思う。
「そんなカロリーナ殿に、ドーソン殿も絆されたようです。最近は塔への食事に甘いものを要望するようになりました。カロリーナ殿の為でしょうね。ドーソン殿は確か31才で、カロリーナ殿は17才です。恋愛的な気持ちからなのか、父や兄的な気持ちからなのかは分かりませんが、とにかく好ましく思っているようです。
前に誘拐されたのも、ドーソン殿なら何とか出来たのでしょうが、塔の中で揉めるとカロリーナ殿に害があるから大人しく拐われたのだと思われます。なので、カロリーナ殿に危険はないと」
「ドーソンさんを信用するのはどうかと思いますけどね」
「はは、お気持ちは分かります。ですが、ドーソン殿の監視を担うようになり、あの方と関わってみると、あの方もエスカリオット殿のようにタイダルの旧王家の被害者だったような気もするんです。ドーソン殿は少し子供っぽい所がありますので。
それに、ドーソン殿は今回はかなり慌てておられますし、本気でカロリーナ殿を心配している様子です。シャイナ殿を指名したのも、最上の治療を受けさせたいのだと思いますよ」
最上、を強調して話すランディ。
「最上の治療……ま、まあ確かに、私は治癒魔法は得意ですけど」
最上と言われて分かりやすくシャイナの頬が緩む。
「はい。なので是非、よろしくお願いしたいのです」
ランディがにっこり微笑む。
「仕方ないですねえ、お礼はたくさん下さいね」
頬を緩ませたシャイナはそう答えた。




