6話 左腕を補完します(2)
グスタフがいくつか靴の候補を持ってきて、エスカリオットは細い革を編み込んで作られたサンダルと、柔らかい革製のハーフブーツを選んだ。
そう、無言で二足も選んできやがった。
すぐにサンダルに履きかえて機嫌が良さそうにしている。
「さて、では、グスタフさん。ここからが本番ですよ。店の奥に案内してください、エスカリオットさんの義手を選びます」
「そうくるだろうなあ、左腕ないもんなあ。高いぜ、義手。大丈夫か?エスカリオット、高かっただろう?」
「高かったですよ、しばらくはひたすらポーション作る日々です。でも義手は早めがいいのでムリして買います。さあ、案内してください。エスカリオットさんも、遠慮はいりません」
「……していない」
「でしょうねー」
「エスカリオットってそんな声なんだなー」と感心するグスタフに連れられて2人は店の奥へと行く。
そこは中央にテーブルがあり壁一面の棚に細長い箱がきっちりと並んだ部屋だ。
「シャイナちゃんが買うなら魔石対応の物だから、お勧めはこれだなあ、黒龍の骨で作ったやつ」
グスタフが1つの箱を選んで蓋を開ける。
そこには腕の骨格を簡易にデフォルメしたような義手が入っていた。
上腕と前腕の2本の骨のようなものが大雑把に組み合わされていて、肩と肘の接合部は丸い球体になっている。掌は少しひしゃげた球体で指は3本しかない。色はぬめりと光る濃い灰色だ。
「良いですね」
シャイナは頷く。
「軽さを求めるなら、合成金属もあるぜ」
グスタフがもう1つ箱をあける。
先ほどの義手と大体同じ造りのもので、鈍い銀色の義手が入っている。
「後は……ドリアードの森の精霊の息吹がかかった木、かなあ。でもこれは女性向きだな」
3つ目の箱には木製の義手が入っていた。
「ほんの少しだが魅了の効果が付いてる。まあ、合法的な範囲だから、人によっては好感持つくらいの微々たるものだがな」
「エスカリオットさんには必要ないですね。こんなに美しい黒豹は他にいませんからね」
グスタフの言葉にシャイナはエスカリオットを見てそう言った。
「シャイナちゃん、護衛騎士に手を出すのは良くないよ」
「出しませんよ。野生動物として観察しているだけです。エスカリオットさん、どれにします?あ、黒龍ですね、その前から一歩も動いてないですもんね。何なら後の2本見てなかったですもんね」
「…………」
「俺も黒龍がいいと思うね。」
「ではこちらをお願いします。ふー、後はもうお金無いんで、剣のランクは落としてください。服も何でもいいです」
「シャイナちゃん、前から言ってるけど大きな錬金釜買いなよ。それなら義手も材料揃えて自分で作れるだろ。俺、シャイナちゃんの作った義手なら言い値で買うぜ」
「大物はねえ、手間の割にはあんまり売れないんですよ。釜の手入れも大変だし。まあ考えておきます」
その後はエスカリオットが不承不承納得した剣を買い、服は「こういうシャツがいい」と着ているシャツを示したので、ゆったり黒シャツを数枚とズボンを買って2人はグスタフの店を後にした。
エスカリオットが義手と剣は持ってくれる。
右手だけしかないのに軽々と持つ。
そしてシャイナには構わずに悠然と家路へと着く。
フードはかえって怪しいという事で帰り道は取ってもらったのだが、美しい黒豹はやっぱり目立つ。女達が色めき立つし、おまけに左腕がないのでフードがなくても得体のしれない感が半端ない。
シャイナはせめて、と少し離れて付いて行ってたのだが突然立ち止まったエスカリオットに名前を呼ばれた。
「シャイナ」
「はい。どうしました?」
小走りでエスカリオットの元に駆け寄る。
「あれは何だ?」
エスカリオットが顎でくいと指し示した先には屋台の肉まんが並んでいた。
「肉まんですよ」
「食べ物か」
「そうです。買ってかえりますか?もうお昼になるし」
シャイナがそう言うそばからエスカリオットはスタスタと屋台へ近付き、「6つくれ」と注文した。
「6つも!食べきれませんよ。私は2つしか食べれませんよ」
「…………」
「エスカリオットさん?4つも食べれるんですか?」
「店主、すまない。8つくれ」
私の分、入って無かったんかい!!
シャイナは心の中で突っ込みつつ、代金を払った。
無事に家に帰って荷物を置き、先ほど買った肉まんをテーブルに広げる。
皿を出してエスカリオットの方には6つ、自分の方には2つ肉まんを置き、カラシも皿の端に準備した。
「これは?」
エスカリオットがカラシを指し示す。
「カラシですよ。知らないですか?辛いので少しずつ付けてみてくださいね」
蒸したての肉まんはほふほふで美味しい。
白い皮はふんわりしていて、餡からの肉汁をしっかり受け止めてくれる。
シャイナには馴染みのある好きな食べ物の1つだが、完全に下町の屋台の食べ物だ。元貴族のエスカリオットは食べた事も見た事もなかったようだ。
エスカリオットはそんな肉まんを気に入ったらしく、黙々と食べた。カラシもいける口でせっせと付けて食べている。
大きな筋ばった手でまるでお洒落なお菓子か何かのように肉まんを持ち、ひらりひらりと口へ運ぶ。
優雅だ。
シャイナはまた見惚れそうになるが、昨日見すぎて機嫌を損ねたのでちらちらと盗み見るだけにした。