51.魅了されたステファン(5)
その後、騎士団の詰所へと連絡し、程なく数名の騎士が駆けつけた。
リーダーの騎士はエスカリオットを知っているようで、「魅了とは大変でしたね、エスカリオット殿」と礼儀正しく挨拶する。
挨拶してから、騎士はちらりとエスカリオットの胴体に目をやる。エスカリオットのシャツは丸く膨らみ、胸元から白いモフモフがちょこんと顔を出していた。
モフモフの愛らしいつぶらな瞳は、泣きはらした後みたいにパンパンに腫れていている。
「そちらはもしかして?」
「俺の雇い主だ」
「やはりそうでしたか。お噂は聞いております。初めましてシャイナ殿、王国騎士団のランディといいます。エスカリオット殿には時々手合わせをしていただいております」
ランディはエスカリオットに怨嗟はないようで、純粋な尊敬の念が伝わってきた。
「いつも、こんてんぱんにやられております」
そう言って、にっこりと笑う。
「初めまして、シャイナです」
シャイナは赤くなりながらぺこりと頭を下げた。
そう、恥ずかしながらシャイナは今、エスカリオットのシャツにインしている形態で騎士達の対応をしている。
このようなシャツイン形態で騎士達の対応をするようになった理由、それは全部シャイナにある。
シャイナはあの後、エスカリオットをぎゅっとしながら大泣きしてし、騎士団に通報するからそろそろ離れろ、と言うエスカリオットに、嫌だ、離れたくない、と駄々をこねた。
なら、獣化してシャツに入っていろ、と言われ泣きながら素直に従い、現在に至る。
こうして、現場に騎士もやってきて、気持ちも落ち着いた今となっては、ひたすらに恥ずかしい。
ぐずぐずに泣いた事も、駄々をこねた事も、エスカリオットのシャツに収まって騎士と会話している事も、何もかもが恥ずかしくて、ぷるぷると震えるシャイナだ。
くうっ、何であんな駄々をこねたんだろう……
離れたくない、って子供か。
悶える17才の乙女だ。
でも全部自分のせいなので、この恥ずかしさをどこにもぶつけられないシャイナ。
ぷるぷるしてても仕方ないし、報告に徹する事にする。
「そちらが、ダイアナ・シラー伯爵令嬢です。口の中にセイレーンの声帯を付けてます。気を失ってますし猿ぐつわもしてますが、注意してください」
シャイナがきりっと顔を作り、小さな前足をぴょこぴょこさせてダイアナを指すと、ランディの後ろの騎士達の頬が緩んだ。
「かわいい……」
思わず呟いた騎士にエスカリオットの殺気が軽く飛ぶ。
「ふむ、この青緑色のものですね。取れるかな?」
ランディがダイアナ嬢に屈み込み、口の中に手を入れる。
かぽっと音がして、ずるりと青緑色の歪な半円形のものが取り出された。
すぐに布でくるまれ、何らかの魔道具だと思われる木箱へと回収された。
「ご令嬢はこのまま騎士団で預かって、取り調べます。そちらの方は?冒険者のようですが」
ランディがステファンへと目を向ける。
「こっちはステファンさん。ギルドに登録のある冒険者です。ダイアナ嬢の魅了の被害者で中毒のレベルで魅了されてます」
シャイナの説明にランディの顔が曇る。
「それは、更生するのが大変ですね」
魅了の効果は少しずつ抜けるのを待つしかない。木の精霊ドライアドの魅了なら、すぐに抜けるのだが、魔物や人による魅了はそうもいかない。
焦がれる対象者から少しずつ離して慣らしていくのが一番穏当だが、ほとんどのケースでそうもいかないので、当事者はしばらくの間は禁断症状のようなものに苦しむ事になる。
「腐ってもAランク魔法使いですし、何とかするでしょう。さっき一瞬ですが正気に戻ってました。騎士団の治療院に入れてあげてください」
「もちろんそうします。Aランク魔法使いの方でも魅了にかかってしまうんですね」
「ステファンさんが特殊です。Aランクのくせに魔法にかかりやすすぎなんですよね」
きっと単純で素直な性格のせいだろう。
この人、本当にどうやってセイレーンを倒したんだろう、と疑問に思うシャイナだ。
「では、2人とも騎士団に連れていきますね。シラー伯爵家についても、調査する事になるかと思います。セイレーンの声帯を魅了の魔道具にして使用するなんて、ご令嬢1人でやったとは考えにくいので」
「そうですね、ダイアナ嬢は魔法には詳しくないようでした」
「おそらく伯爵も絡んでいるでしょうね。また、調査結果をお伝えにきます」
ランディは、ぺこりと頭を下げ、騎士達はダイアナとステファンを担いで去っていった。
「今日はもうお店は閉めるしかないですね」
騎士達が去ってからシャイナは呟く。
開店早々にバタバタしすぎてしまった。
目も腫れているし、どっと疲れている。
「そうだな」
エスカリオットが、さっさと“closed”の札を店の扉に付ける。
「そして、そろそろ人型に戻ろうかと思っているんですが、」
ダメ元で切り出してみるシャイナ。
「なぜだ?」
拘束という名のエスカリオットの腕が、シャツ越しに優しくシャイナを包む。
そうだろう、そうだろう。
エスカリオットが白いモフモフのシャイナを簡単に手放すわけないのだ。
「離れたくない、と言ったのはシャイナだろう?俺はこのままでいい」
耳元で囁かれると、かあっと顔が火照り、何やら耳がパタパタしてしまう。
「あ、あれはですね。エスカリオットさんがダイアナ嬢の所に行っちゃうと思った直後だったから、寂しくて怖くてですね」
「寂しくて怖かったのか?」
「えーと、まあ、はい」
本音を言うと、寂しくて怖かったみたいな軽いものではない。
ダイアナにエスカリオットを取られると思った時は、足元が抜けてしまうような絶望に襲われた。
そのショックの反動で、無事なエスカリオットに抱きついて泣いてしまったのだ。
今思えば、しっかり、抱きついてしまった。
シャイナのあれは、エスカリオットが時々する親愛のハグとは明らかに違うものだった。
もう、絶対に離さないぞ、離れる事なんて許さないぞ、ときつく腕を回したのをはっきりと覚えている。
なんだか、ドキドキしてくるシャイナ。
絶対に離さないぞ、許さないぞ………って、
あれ?
これが、もしかして、皆の言う束縛?
おや?
「そうか」
ドキドキするシャイナをエスカリオットがぎゅうっと両手で抱き締める。
「シャイナ、お前が今、狐でよかった。人なら堪えられた自信はない」
ぞくぞくするような甘い声でエスカリオットが言う。
「お、狼ですよ。堪えるとは?」
「時期がくれば分かる」
甘い微笑みを向けられて、シャイナの心臓は更にドキドキする。
その答えを早く知りたい気もした。
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次の更新は少し開くかと思います。




