47.魅了されたステファン(1)
その日、午後からの開店と同時に1人の客が入ってきた。
「いらっしゃいま、せ」
カウンターから声をかけたシャイナは固まる。
入ってきたのは、金髪の爽やかそうな護衛を連れた令嬢だった。
「ちっさいお店ね」
開口一番に、はんっと鼻で笑いながら令嬢が呟く。
胸元のしっかり開いた扇情的なドレスを身に纏った、見事な赤毛のきつい顔立ちの女だ。
シャイナはそんな令嬢を見た後、もう一度その護衛を見て、固まってる場合ではないな、と気を取り直す。
「このような萎びた店に何のご用でしょうか?」
冷たくそう聞くと、令嬢はぱさりと扇子で口元を覆い、シャイナに向き合った。
「エスカリオットを貰いたいの」
名乗りもせずにそう伝えてきた。何だか、嫌な感じのする声だ。
ちらりと金髪の護衛を見るとシャイナと目が合う。とろりと眠たげなその目に一瞬光が宿るがすぐに消えた。
「ねえ、聞いていたかしら?エスカリオットを私に売ってちょうだい。あなたが買った額の倍払うわ」
「ところで、あなた様はどなたですか?」
「不躾ね」
ぱさり、ぱさり、と扇子が不機嫌そうに揺れる。
「申し訳ございません。しがない平民ですので、マナーには詳しくありません」
「まあ成金薬草店の小娘ですものね、仕方ないわ。私はダイアナ・シラー。シラー伯爵家の娘です。それで?お返事は?諾でよろしいかしら?」
ダイアナは右手の扇子で口元を覆ったをまま、左手で器用に小切手を取り出す。
「えっ、ちょっと待ってください、承知はしていませんよ!」
シャイナは慌てて止めながら少し迷う。
いつもならこういう手合いが来たら、すぐにエスカリオット本人を呼んで、エスカリオットが即刻追い払ってお仕舞いだ。
今日はエスカリオットも2階に居るし、呼べばすぐに降りてくるだろう。
うーん、でも今回はなあ……
ちらり、ともう一度、ダイアナの護衛を見る。
眠たげな瞳。
シャイナの知っている目の輝きではない。
これは、あれだよね。
この人、かかりやすいからなあ。
エスカリオットはどうだろう?
エスカリオットがこの手の魔法に弱そうには見えないが、かかってしまえば結構大変かもしれない。
まあ、でもセオリー通りなら、ゆっくりじわじわとかける筈だし、とりあえずは大丈夫かな?
エスカリオットの魔法への耐性も見ておきたい所でもある。
シャイナの付けたエスカリオットの左手の義手にも魔法耐性を施しているし、そちらの働きも確認はしたい。
シャイナはエスカリオットを呼ぶことにした。
「本人と話し合って、本人の了承を得てください」
「いいわよ」
シャイナはすぐにエスカリオットを呼んだ。
降りてきたエスカリオットは、ダイアナの護衛を見て嫌そうな顔になった。
「何だ」
「エスカリオットさん、こちらはダイアナ・シラー伯爵令嬢です。エスカリオットさんを買いたいそうです」
「こんにちは、エスカリオット。本当に惚れ惚れするわね、闘技場での姿も良かったけれど、今からあなたを着飾らせるのが楽しみだわ」
ダイアナは扇子越しに目を細める。
「断る」
ピリとエスカリオットから殺気が立ち上った。
令嬢相手なので、幾分加減はされている。
「つれないのね」
「俺は現状に満足している」
「闘技場で見て、一目惚れなのよ。美しくて強い男が好きなの。私の護衛騎士になって?」
「貴様の玩具なぞ、ごめんだ」
「私なら、奴隷の首輪はすぐに外してあげるわよ」
「不要だ」
「あなたが望むなら、私を差し上げるわ」
ダイアナがうっとりと言う。
シャイナは肌がチリチリするのを感じた。
「いらない」
心底嫌そうなエスカリオット。
「あら、なかなか手強いのね、さすがエスカリオットね。でも、これはこれで落としがいがあるわ」
ダイアナはゆったりと笑った。
エスカリオットが何かを振り払うように、イライラと顔を振る。
「それ、すぐに慣れるわよ。気持ちよくなるわ。この男みたいになっても面白味がないし、今日の所はこれで失礼しましょう、ではまた、ごきげんよう」
ダイアナはぱちんと扇子を閉じると、優雅なカーテシーを決めて出ていく。
金髪の護衛がそれに付き従った。
扉が閉まる。
「シャイナ、あの女のあれは何だ?」
もちろん不機嫌なエスカリオットだ。
「お、気がつきましたか?」
魔法使いでもないのに、先ほどのダイアナに違和感を持てている時点でなかなかだと思う。エスカリオット本人の耐性に加えて、義手もきちんと働いているようだ。
シャイナは満足する。
「頭に霞がかかるような感覚があった、魔法か?」
「おそらくですけど、魅了魔法ですね」
「魅了?禁術だろう」
「そうですよー、それに魅了なんて、そもそも使える人自体、ほとんどいませんよ。あれ使えるのは才能です。私も使えません」
人の心を強制的に虜にする魅了魔法は禁じられた魔法だ。使える者は国に申告してある程度の管理下に置かれる。術者の力量によっては大規模な扇動も可能になるからだ。
「あの女は魔法使いには見えなかったが」
「そうなんですよね、魔力もあまり感じられませんでした、でも現にステファンさんもああなってましたし」
シャイナがその名前を出すとエスカリオットが顔をしかめる。
そう、先ほどダイアナの横にいた金髪の護衛は確かにステファンだった。
シャイナもパーティーを組んだ事のある、Aランク魔法使いで剣士の冒険者だ。
顔をしかめたままのエスカリオットは、すっかりステファンを嫌いみたいだ。
珍しいな、と思う。
エスカリオットと過ごすようになってしばらく経つが、エスカリオットは他人に対してあまり好き嫌いがない。基本的には無関心で一線引いている感じなのに、ステファンの事は分かりやすく嫌がっている。
「いくら護衛対象と一緒だとはいえ、あの反応はおかしいです。目の様子も異常でした」
まさか仕事中まで、シャイナにパーティーを組もうと口説いたりはしないだろうが、それにしたって挨拶くらいはあるべきだし、その瞳は終始とろんとしていた。
あれは魅了の末期だ。本人の自我がほとんどない可能性もある。というかなかった。ふらふらとダイアナの後を付いて回っているだけだった。
「あの男はAランク魔法使いなのだろう?あんな簡単にかかってていいのか?」
「ステファンさんは元々、魔法にかかりやすいんですよねえ。あの人、攻撃魔法は得意なんですけど防御系はからっきしなんです」
それもあって、シャイナと組みたがっているのだ。
「いつだったかの仕事の時も、木の精霊のドライアドの魅了に簡単にかかって大変だったんです」
思い出すとげっそりする。
ステファンにしなだれかかる、褐色の肌に緑色の髪の毛の美しく悪戯好きなドライアド達を払いのけるのは本当に大変だった。
「シャイナ」
そこで、少し強めにエスカリオットがシャイナを呼んだ。
「はい」
答えるとぐっと肩を掴まれる。
「ドライアドは複数で拠り所の大樹に棲む。男のドライアドも居ただろう、お前は?」
「ん?」
「シャイナ、お前は魅了されなかったのか?」
肩の手に力が入った。
エスカリオットの金色の瞳が強くシャイナを見つめる。
「わ、あの、大丈夫ですよ、魅了されてません、元々ウェアウルフは魅了が効きにくいんです。伴侶を決めると一途で執着する性質のせいらしいですけど」
金色の眼差しが強くて、シャイナはちょっと焦る。
「そうか」
ふっと肩の手が緩んだ。
「すぐに防御魔法も展開しましたしね、精霊を無闇に攻撃するのもよくないし、ステファンさんを奪還するのは大変でしたが」
「ドライアドの魅了は素晴らしいものらしいからな」
「ええ、受け入れてしまえば、酒池肉林の極楽らしいです。1ヶ月ほどで解放もしてくれますし。そういえば、ドライアド達には物凄く誘われました」
「ねえ、このシールドとって?いい事しかないよ?」と、エスカリオットばりに色気のある男のドライアドに耳元で囁かれたなあ、とシャイナは思い出す。
とここで、目の前の黒豹の色気がドライアド並みなのだとシャイナは気付く。
「エスカリオットさん、さすがですね」
「なにがだ」
「いえ、こちらの話です。それにしても困りましたね、魅了らしきものを放っておく訳にはいきませんが、寄りによってステファンさんが護衛かあ、しかも自我なし。ダイアナ嬢に何かすれば最悪1区画くらい吹っ飛びます。ステファンさん、攻撃魔法、得意なんですよ」
それに加えて、ダイアナ本人が魅了を使っているかも怪しい。
あの令嬢からは、魔力はあまり感じられなかった。何か裏があるのかもしれない。
「騎士団に通報するか?」
「うーん、まだ確定じゃないですしね。通報して捕り物になったらステファンさんにも危害が及ぶでしょうし」
「あいつが心配か?」
「何度かパーティーも組んでますし、冒険者としては優秀な人です。もちろん心配ですよ」
「……ふむ。また来るようだったが、目的は俺のようだ」
「木の精霊のドライアドならまだしも、通常の魅了は少しずつ効かせていくんです。一気に落とすと廃人みたいになってしまいますからね。きっとじわじわエスカリオットさんに魅了をかけるつもりなんですよ」
ものすごく、ものすごーく嫌そうな顔になるエスカリオットだ。
「違和感を感じている内は大丈夫ですよ、再訪に備えてこちらもいろいろ調べてみましょう」
シャイナはそう言い、ゼントに連絡をとって、ダイアナ・シラー伯爵令嬢について教えてもらう必要があるな、と思った。




