40.里帰り(1)
エスカリオット視点です。
「ほら、満月の夜があるので……」
シャイナに満月の夜のラシーンの様子を説明されて、エスカリオットは騎士だった時のウェアウルフの部下を思い出す。
その部下は狼になると、見事な黒い毛並みのエスカリオットより一回りは大きい獣になった。その獣の足は太く牙は鋭く顎の力は強く重心は低かった。これの集団と闘うのは骨が折れるだろうな、と思ったのを覚えている。
普段は穏やかな奴だったが、恋人が出来てからは、その女性の側で獣化している間はかなり剣呑だったのも思い出す。恋人はかなりおっとりした女性だったが、それでも少し困っていた。
確かに、あの様子の狼達で溢れる夜は大人の男でも怖さを感じるだろう。
戦争の敗色が濃くなると、コーエン王子よりラシーンに帰るようにきつく言われて、その部下が騎士団を去ったのは8年ほど前の筈だ。
そう言えば、恋人はどうしたのだろうか?
連れて帰ったのだろうか?
と考えていると、シャイナから夫婦の話が出たので、異種族で結婚出来るのかを聞くと、出来るのは出来るようだった。
だが男性側がウェアウルフであると妻を異種族から選ぶのは稀らしい。なら、別れたのだろう。
「ウェアウルフの血は、女系に受け継がれるんですよ。母親がウェアウルフなら、産まれてくる子供は100%ウェアウルフですが、そうでなければ血は継がれません」
シャイナの説明に、シャイナの子供達を想像する。
何も自分との子供を想像した訳ではない。
シャイナと子犬のようなシャイナの子供達と、ただその側にいる自分を想像した。
想像して、シャイナに不思議そうに見上げられて、はっとする。
(やれやれ、何を思い描いているんだ、未来だと?
一体何人殺し、何人救えなかったと思ってるんだ)
エスカリオットはたった今思い描いた未来を打ち消した。
それから未来を思う資格はない、とシャイナに告げた。
シャイナは何やら考え込んでから力強く、悪いのは戦争だ、と言い、決意に満ちた顔でスープをよそってくれた。
***
そうして3日かけて森を抜け、ラシーンの検問所に辿り着いた。検問所には城壁や防塞はない、櫓と検問の兵士達の生活する家があるだけの簡単な検問所だ。
「国の玄関口なのにずいぶん無防備だな」
「有事の際は、狼で闘うので、城塞は不要なんです。何なら国境の森が砦みたいなものです」
「なるほどな」
確かに四つ足の狼達に壁や扉は反って邪魔だ。
あの森の中で彼らと闘うのは、こちらにはかなり不利だろう。
マックスも言っていたように、ここと戦争はしたくない。
検問の兵士の幾人かとシャイナは知り合いだった。
「公国とはいえ、少し広い貴族の領地くらいしかないので、知り合いも多いですよ」
とシャイナは言うが、ただの小娘と兵士が知り合いには中々ならないだろうから、有名なのでは、と思う。
兵士達は、「シャイナ、ちゃんと薬飲んでるか?」「えっ?獣化のコントロール出来た?本当か?」「本当か?本当の本当の本当か!?」「ちょっと獣化してみろ!あ!いや、いい、ここで何かあったらマズイ、家でやれ、家で!結果だけ教えてくれ!」と騒いでいて、どうやら昔、シャイナの狂暴な狐に随分悩まされたようだ。シャイナは父と兄が自分を抑え込んだ、と言っていたがこの兵士達も協力したのかもしれない。
兵士達はシャイナで一通り騒いでからエスカリオットの事も見てくる。
「…………あれ、エスカリオットじゃないか?」
「えっ、タイダルの死神?」
「俺、傭兵してた時に見た事あるんだよ」
「マジかよ」
「でもハン国で剣闘士奴隷やってるって」
「いやでも、あの迫力、本物じゃないか?」
ひそひそと話した後、1人が意を決してシャイナに聞く。
「シャイナ、その連れは誰だ?見たことあるんだが……」
「ああ、こちらは、エスカリオットさんです」
胸を張るシャイナ。
「うわ、やっぱり?え?何で一緒にいるんだ?ハン国の剣闘士奴隷だろ?」
「剣闘士奴隷から売りに出されていた所を買いました。私の護衛です」
更に誇らしげに胸を張るシャイナ。
見よ!私の美しい黒豹を!と、その顔が言っている。
「「「…………」」」
兵士達が、エスカリオットを見て、シャイナを見る。
「「「…………」」」
もう一度、エスカリオットを見て、シャイナを見る。
「………………なるほどなあ、確かにお前に見合うのは、これくらいの男なんだろうな」
「外で男を見つけたかあ」
「シャイナ、兄さんが泣くぞ」
「ところで、エスカリオットの首のチェーンは奴隷の首輪か?無理強いはよくないぞ」
「そうだぞ、無理矢理の関係は長く続かない」
「シャイナ、狼の良くない所が出てるぞ」
「異種族の伴侶には特に強く出るからなあ……」
「束縛する女は嫌われるぞー」
「は?はんりょ!?ち、違いますよ!そういうんじゃないです!護衛です、護衛と言いましたよ!そして、無理強いなんてしてません!!束縛もしてませんよ!!!」
シャイナは真っ赤になって、いろいろ否定していた。




