38.国境の町の異変(4)
樵小屋の周囲には、ヒトカゲの召喚に使ったと思われる魔法陣がたくさん残っていた。
エスカリオットが気絶させたドーソンに魔力封じの首輪を嵌め、マックスが荷物のように担ぐ。
「いやあ、あっさり解決したなあ」
マックスがドーソンを見ながら言った。
とりあえずは一件落着だ。
根本を断ったのだから、後はドーソンが喚び出しまくったヒトカゲを森から一掃するだけだ。
まあまあ大変そうだけれど、終わりがある仕事だ。騎士団と傭兵団に頑張ってもらおう。
シャイナは伸びたままのドーソンの喉も治療してやった。
「治してやる必要あるか?」
エスカリオットが聞いてくる。
「彼ほどの魔法使いにこういう制約は危険ですからね。制約によって変な呪いを開発されても困りますし、無詠唱を極める可能性もあります。ところで、エスカリオットさん?そろそろ降ろしてください。人に戻ろうかと……」
シャイナはしっかり狼のまま、エスカリオットの腕の中だ。
「なぜだ?」
「なぜって、、後はもう戻るだけですし」
「このままが楽だろう。かなり魔法を使って疲れているようだ、さっきから欠伸が多い」
「まあ、そうですが……くあっ」
言ってるそばから、小さく欠伸をするシャイナだ。
「このまま運んでやる。帰りもヒトカゲは出るだろうから、入っていろ」
エスカリオットはそう言うと、流れるようにシャイナを自分のシャツの中に納めた。
エスカリオットの匂いと体温に包まれて、ますます眠くなりそうだ。
「しかし、シャイナ殿の狼は可愛らしいな。ラシーンの戦士の狼なら見た事あるが、俺より一回りは大きかったがなあ、しかも、その形態でしゃべるなんてな」
マックスがしげしげと、エスカリオットに包まれたシャイナを見てくる。
先ほどから、その白いモフモフを触りたそうにしているのだが、その度にエスカリオットに阻まれていた。
「私の父も兄も母も、もっと大きいです。私だけ小さいんですよね」
「そうだな、姿はまるで白狐だよなあ」
「マックスさん?狐ではありません、狼です」
ぐるる、と唸るシャイナ。眠いので機嫌が悪い。
「すまん、すまん。そんなに怒るな。ところで、その魔剣どうするんだ、2本も」
マックスがちらり、とエスカリオットの持つ魔剣達を見た。そして、とても言いにくそうに続ける。
「しかも、聖剣の方、召喚してなかったか?シャイナ殿、俺は何だか、すごい物を見てしまったようで怖くもあるんだが……」
「へ?召喚?そんな事してましたかねー。ドーソンが何かしたのでは?」
とりあえず、すっとぼけておくシャイナ。
聖剣エクスカリバーを召喚出来るのは、奥の手なのだ、あんまり宣伝したくはない。
何より、時には1つの戦場の勝敗を決してしまうような魔剣を支配下に置いてるなんて、そんな危険人物情報は、お知らせしたくない。
「黒剣と聖剣は対の剣ですしね、呼び合ったのかもしれないですね」
「へー、じゃあ、そういう事にしとくか……」
「そうしましょう、マックスさん」
「あー、じゃあ、そうすっか……」
「そして、この2本、マックスさんが王宮に持って帰ってくださいね、説明は任せます」
「えっ、マジかよ、俺?」
「はい、傭兵団長さんですしね」
「まあ、一応そうだが、え?俺が?魔剣2本も持って帰るの?」
そこへ、森の中からヒトカゲが現れて襲い掛かってきた。
すぐにエスカリオットが黒剣、菊宗光を構えて、ヒトカゲはその刃に触れただけで霧散した。
「うわ、えげつないな」
「普通の剣でも、ヒトカゲ相手ならエスカリオットさんは一太刀ですけどね」
「まあなあ、しかし、こうやって見ると使い勝手は、黒剣の方がいいな。聖剣は使い途がかなり限定される」
「持ち主以外の周囲を、全て攻撃しますからね、最初に作った方はかなりのナルシストでしょう、天上天下唯我独尊、みたいな方ですよ、きっと」
「ははは、そうだな」
シャイナと談笑するマックス。
その手前で、エスカリオットは無言で現れるヒトカゲを霧散させていく。
国境の町の駐屯地に帰り着いたのは、日も暮れる頃で、シャイナはすっかり眠りこけていた。
***
翌朝、というより翌昼、シャイナは駐屯地の騎士と傭兵が食事を取るための大きなテントの中で、ふるふると屈辱に震えていた。
「シャイナ、どうした?食わないのか?」
エスカリオットが優しさに満ちた笑顔で小さく千切ったパンを差し出してくれる。
「エスカリオットさん、離してください、降ろしてください」
「嫌だ」
ぎゅーっと幸せそうにエスカリオットは狼のままのシャイナを抱き締める。
「うわあ」
周囲の騎士と傭兵達から、どよめきの声が上がった。
時はお昼時、テントの中には沢山の人が居て、でもシャイナとエスカリオットの席の回りには誰も座っておらず、皆、遠巻きに死神エスカリオットと、白いモフモフを見ている。
エスカリオットのモフモフへの溺愛ぶりが、普段のエスカリオットからは想像出来ないくらいに、にこやかで甘いからだ。
「メロメロって、こういう意味かあ……」
ひそひそと声がしている。
シャイナは恥ずかしさで、真っ赤になる。
エスカリオットの手は優しくて気持ちいいし、パンを千切って食べさせてくれるのは正直嬉しい。
だが、こんな衆人環視の元で撫で回され、犬食いさせられるのは恥辱だ。
くう……眠りこけるんじゃなかった。
昨日の失態が悔やまれる。
エスカリオットのシャツの中でぐっすり寝入ったシャイナは昨夜、そのままエスカリオットのテントで眠った。
狼の状態で身体が強化されていたせいか、かなり限界まで魔力を使っていたのに、気付かなかったようだ。身体に無理が来ていたらしい。
そして、満月の強制獣化ではないので、朝になってもシャイナは狼のままで、日がすっかり高くなってからやっと起きたシャイナは、がっつりエスカリオットの腕の中だった。
こんなチャンスをエスカリオットが逃す訳はなく、食堂用のテントに連れて来られて、手ずからクリームシチューとパンを食べさせられている。
「シャイナ、ほら、シチューも冷めた」
匙で掬われた美味しそうな鶏肉と人参が目の前に差し出される。
くっそ……。
お腹は空いている。昨日の朝から何も食べていない上に、魔力が枯渇していたのだ。ペコペコだ。
シャイナはしぶしぶ、ぱくりと差し出されたシチューを食べた。
美味しい……。
食べ物に、罪はない。
シチューを何口か食べると、今度はパンがやって来た。
「エスカリオットさん、そろそろ、人に戻らしてください」
「なぜだ?」
「恥ずかしいんですう、さっきから凄く見られてますう」
「そうか?」
「エスカリオットさんは、普段から注目されてるんで、気付いてないんですよ」
「見られてるなら都合がいい。俺は愛らしいシャイナが、俺の腕の中に居るのを見せびらかしたい」
わお。
そのセリフにどこからか、ヒューッと小さな口笛も鳴る。
完全にペット自慢なのだが、エスカリオットが言うと、物凄く甘く響くから不思議だ。
「エスカリオットさん、甘いです」
これ以上赤くなれないんじゃないか、というくらいに赤くなるシャイナだ。
「早く食べれば、早く終わるぞ」
輝く笑顔でパンを差し出すエスカリオット。
くう……。
シャイナは手ずからのパンも、美味しく頂いた。
***
「お、いたいた、シャイナ殿、昨日はお疲れ様」
シャイナが食べ終わった頃に、マックスがテントに顔を出した。
「マックスさんこそ、お疲れ様です。ドーソンは大丈夫そうですか?」
「ああ、一言も喋らずに牢に居る。念のために首輪に加えて魔力封じの腕輪も付けておいた」
「あの方はどうなるんですか?」
「どうなるだろうなあ……」
「殺すならさっさと殺せ。生かすなら、妥協出来るギリギリの良い環境を用意して、飼い殺しにしろ」
「え?生かすとかあるんですか?」
「Sランクを殺すのは惜しいだろうからなあ……」
マックスが思案顔だ。
「不満を溜め込ませて、惨めに生かすのは危険だぞ」
「参考にするよ。さて、エスカリオット。昨日の働きは本当に有り難かったんだが、明日からは残りのヒトカゲの掃討にも力を貸して欲しいんだ」
「元を断ったんだ、後は何とかしろ」
「森にはまだ、うじゃうじゃヒトカゲが居るんだぜ、お前とシャイナ殿が力を貸してくれた方が被害が少ない、ね、シャイナ殿」
ほこ先が自分に向けられて、シャイナはマックスの方を向く。
「魔剣の事、しっかりお願いしますよ。あと報酬をしっかりくれるなら、考えます」
「報酬はばっちりだろう、司令官もドーソン見て、“Sランクの魔法使いが絡んでいたのか”ってびびってたしな」
「そうですね、エスカリオットさんに聖剣に私、3つあったからこそ、何とかなりましたね。あ、もちろん、マックスさんも絶妙に良い働きでしたよ。ゴーレム2体をちゃんと足止めしてくれました」
「いや、ほんと、一小隊付けなくて良かった。付けていたら、確かに足を引っ張ったなー、ははは、あの光の矢、怖かったなあ」
思い出して身震いするマックス。
国境の森のヒトカゲの掃討には、そこから1週間程かかった。
お読みいただきありがとうございます。
変な所で更新が空いてしまい、すみません。
次の更新は少し空くと思います。




