32話 愛の告白だろうか
今度こそ、シャイナとエスカリオットは謁見の間を辞す。
濃朱の絨毯を歩きながら、視線が痛い。明らかに騎士達と文官達のシャイナを見る目が変わっている。
「Aランク魔法使いだと……」
「死神エスカリオットがメロメロ……」
そんな声も、こそこそと聞こえてくる。
ただの成金小娘と思っていた少女が、Aランクの魔法使いで、エスカリオットがベタ惚れで、おまけに国王が自ら口を聞き、談笑までしたとあって皆が好奇の目でシャイナを見ていた。
ああ、メロメロなんて言うんじゃなかった……。
居たたまれない気持ちで、出来るだけ身を小さくしてシャイナは逃げるように謁見の間の扉を開け、前室へと引き揚げる。
控えていた騎士が腕輪を外す鍵を渡してくれ、シャイナはさっさと魔力封じの腕輪も外して返した。
「帰りましょう、エスカリオットさん」
エスカリオットをぐいぐい引っ張って廊下へと出る。
廊下に出ても視線が痛い。
うう、さっきまでは私は、ただのエスカリオットさんの周りの空気だったのに。
「お帰りを案内致します、馬車をすぐに手配しますね」
さっと、ここまで案内してくれていた文官がシャイナの横に付く。
「いえ、大丈夫です、もうこちらで失礼しようと思います」
シャイナは一刻も早く、王宮から立ち去りたかった。
来た道を、このまま好奇の目に晒されながら帰るなんて、まっぴらご免だ。
シャイナはズックからごそごそと、移動の魔法陣を取り出す。
「そちらは?」
「移動の魔法陣です。こちらで帰ります」
「左様でございますか、さすがはAランク魔法使い様ですね。承知致しました」
文官は、一歩さがって恭しく礼をする。
「はい、お世話になりました。エスカリオットさん、行きますよ。移動の扉よ、開け」
魔法陣が展開する。
シャイナはすっと魔法陣に入り、エスカリオットが続く、光と歪みに身を委ねた時、エスカリオットがシャイナを後ろからやんわりと包み込んだ。
「ん?」
エスカリオットにやんわりと包み込まれたまま、シャイナは我が家のダイニングの隅に降り立った。
前にマックスが傭兵団に誘いに来た時と同じく、抱き締めるという程でもないけれど、エスカリオットの両腕がシャイナを囲っている。
エスカリオットの匂いがシャイナを包み、かあっと顔が火照る。
「ちょっと、エスカリオットさ」
「いろいろ心配した、どこも痛くないか?」
抗議の声を遮ってそう聞いてきたエスカリオットの声は、いつもより切羽詰まっていて、シャイナは抗議の声を引っ込める。
「あー、えーと……はい、だいじょぶです。あのう、この体勢はちょっと、心臓に悪いので、離してもらえると」
遠慮がちにそう主張すると、するりと腕を解いてくれた。
「心配をかけ、あのように怒っていただき、ありがとうございます」
そういえば、この人、めっちゃ怒ってくれてたな、と思い出す。それについては申し訳なかったな、と思う。説明不足だった。
「怒ったのは俺の為でもあったから気にするな」
「エスカリオットさんの為?」
「あんな場所で、俺が傷付いたり、拘束される訳にはいかなかった」
「……そんな事になれば、怒り狂ったシャイナが全員狐火で殺すからな」ぼそり、とエスカリオットは続ける。
「え?何ですか?」
「いや、想像するだけで、ぞっとする話だ。それにしても、あんな風に簡単に捕まるな。そもそも、あんな腕輪を簡単に嵌めるな」
「あー……」
「お前から魔法を取ったら何も残らないだろう」
「それなんですけどね」
ええ、それなんですけどね。
「何だ」
「ハン国で現在使用されている、魔力封じの腕輪と首輪は、私が作った物です。前に言いましたよね」
「…………」
「私はですね、もちろん、自分が作った物で自分の自由を奪うなんて馬鹿な事はしません」
「まさか、あれ、お前には効かないのか?」
「ご名答です」
えへん、とシャイナは胸を張る。
「あの腕輪は、私と私の家族には効かないように作ってあります!」
ふんっ、と鼻息荒くシャイナは宣言した。
「…………」
「更にですね、エスカリオットさん」
ふふふ、と得意気にシャイナは続ける。
「国王の後ろの、聖剣エクスカリバー見ました?見ましたよねえ、あれはですね、少し前に私が打ち直した魔剣です。
数百年前に作られたもので、効力が弱っていたので、ギルドから極秘で預かって、私が魔石を付与して打ち直したんです」
「……あれにも、細工したのか?」
「ええ!もちろん!何かの間違いで、自分が魔法を付与した剣に殺されるとか嫌でしょう?
エクスカリバーは、私の言うことを最優先で聞くように出来てます」
ばばーん、どうだ。
「あ、もちろん、私が何も命令しなければ、ただの魔剣として、扱う者の言うことを聞きますよ。ただの魔剣として!」
威張るシャイナにエスカリオットは呆れ顔だ。
「魔剣に、“ただの”と付けるのは、お前くらいだろうな……はあ」
エスカリオットはしばらく呆れた後でぽつりと言う。
それから力なく笑いシャイナの前に跪くと、シャイナの右手を取って自分の顔に当てた。
「うん?エスカリオットさん?えっ、どうしました?」
突然のその行為にシャイナは慌てた。
右手にエスカリオットの髪の毛と乾いた頬の感触がして、何だか熱い。
「シャイナ、俺は困っている」
「えっ、こまって、へ?」
「シャイナ、お前は、知れば知るほど途方もない女だ。底が知れない。
そんな途方もないお前を、
どうやって俺ごときが守れるんだという絶望と、
それと同時に、どうにかしてお前を征服してしまいたい衝動に、
もういっその事、お前のその力強い翼の中でただ庇護されたい欲求と、
どれも初めての感情が沸き起こって困る」
「えっ、な……え?」
「シャイナの側で、俺が出来る事なんて、もうジゴロくらいしかないな」
すり、と右手に頬擦りされて、金色の瞳で甘く見つめられ、シャイナは真っ赤になりながら、慌てて右手を引っこ抜いた。
エスカリオットの色気が凄い。
「何ですか!?今のは!?」
「……愛の告白だろうか」
「はあ!?どこがですか!」
「やれやれ、今のが、愛の告白だと分からないとは……」
エスカリオットは色気を引っ込めて立ち上がると、首を振る。
「愛の告白は、愛してるってやつですよ」
「アイシテイル」
「片言で言うな!違う」
「シャイナ、俺は腹が減った」
「ええ!!私もです!お昼にしますよ!」
シャイナはバタバタとキッチンへ駆け込み、猛然と昼食の用意をした。
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