31話 王宮からの招待(4)
ごうっ、と音がしそうな殺気が謁見の間を覆う。発生源はもちろん、エスカリオットだ。
殺気の対象ではないシャイナですら、背筋がぞくり、とした。
国王の表情が変わり、騎士達は剣に手をかける。
だが、抜刀はしない、抜いた途端、死ぬ、と分かるのだろう。
文官達の中には、腰が抜けている者も居る。
「そいつを殺せば俺はここの全てを殲滅する。
人質にとるなら、奪還する。
そいつを不具にしたら関わった者全てを屠る」
空気を震わせながらエスカリオットが言った。
魔法は使えないはずなのに、その言葉を聞いただけで
まるで金縛りのように、体が恐怖で固まる。
これは、ヤバイ、エスカリオットさんが本気だ。
シャイナは手のひらに汗が滲んだ。
エスカリオットなら言葉通りの事が出来るだろう、たとえ、今丸腰であってもだ。
しかもマズイ事に、エスカリオットには黒龍の左手もある、国王達は誰もあれの威力を知らない。何の構えもないまま電撃を喰らえば、しばらくは動けないだろうから、その後はただの惨劇だ。
それは絶対に止めてほしい。
王宮の謁見の間で、国王の前で殺生沙汰になれば、エスカリオットとシャイナはハン国から追われるだろう。
一国が本気で個人を潰しに来たら、最終的には勝てないと思う。
シャイナだって、やろうと思えば、出来るだけ流血を避けて、美しい黒豹を守りながらこの場を切り抜ける事は不可能ではない。
不可能ではないが、その先に明るい未来はない。
ここは、出来るだけ、穏便に話し合いで決着させるべき所だ。
「そいつの身を危険に曝して脅すのは、お前達に利がないぞ」
殺気はそのままに、エスカリオットが唸るように言う。
良かった、エスカリオットさんは怒ってはいるが冷静さは失っていないようだ。
交渉の余地がある事を、ちゃんと伝えている。
なら、ほら、ここで、国王だ。
今こそ、穏便に交渉するんだ、国王。
シャイナは期待を込めて国王を見る。
だが、国王は黙ったままだった。
静かに身動ぎもせずに座り、その目には、さっきはなかった仄暗い光があった。
そこで、シャイナは国王の真意を知る。
この人、エスカリオットさんを始末したいんだ
つう、と嫌な汗が背中を伝った。
ルキウス・ハンは、ここで多少の犠牲を出してでも、エスカリオットを罪人にして大義名分で始末するつもりだ。
敗戦国の元騎士で、今は奴隷。しかしその強さは変わらない。自国の駒にならないようなら、その存在は脅威なのだろう。
これは……いけない。
今、エスカリオットと交渉出来るのは、国王だけだ、その国王が話し合う気がないのなら、一触即発のこの雰囲気の中、いつか緊張が弾ける。
いかん、いかんぞ。
シャイナは、すうっと息を吸った。
「あのう、私から提案してみてもよろしいですかね?」
緊迫した謁見の間に不似合いな、のんびりしたシャイナの声が響く。
国王にしゃべりかける訳にはいかないので、自分に剣を突きつけている騎士に聞いてみた。
「は?……て?」
騎士は剣こそシャイナに突き付けているものの、意識は完全にエスカリオットに集中していたのであわあわしている。
無理もない、シャイナに剣を向けているせいで、謁見の間の誰よりもエスカリオットの殺意がこの騎士に向けられているのだ。
滝のような汗をかいている。
「提案があるんですよ。私はこう見えてもギルドAランクの魔法使いです。先程の国境の問題の件、ギルドを通じてそれなりの報酬で私に依頼していただければお受けしますよ。それなりの報酬ならば。
そうするとエスカリオットさんも自動的に付いてきます」
シャイナは顔こそ、自分を拘束している騎士に向けているが、言葉は謁見室全員に聞こえるようにしゃべった。
「いかがです?お金はエスカリオットさんではなく私に渡ってしまいますが、それでも良ければ最初の穏便なお願いと大体同じ形で、事を納めれます」
しーん、と謁見の間が静まり返る。
とりあえず、先ほどまでの一触即発の雰囲気が弛む。まだすぐに後戻りはしそうであるけれども。
そこで、やっと国王が口を開いた。
「シャイナ、と申したな。私と直接話す事を許す」
「ありがとうございます。シャイナです」
良かった、国王は自分に興味が湧いたみたいだ。目からも仄暗い様子が消えている。
「エスカリオットは、そなたに付いてくるのか?」
ちょっと面白そうな様子の国王。
「ええ、もちろん。エスカリオットさんは私(の狼バージョン)にメロメロなので」
「ふはっ、そなた、Aランクというのは真か?」
謁見にそっちから呼んでおいて知らないのかよ、とも思うがエスカリオットしか眼中になかったのだろう。自分なんてきっと、ちょっと薬草店で成功した成金の小娘くらいの扱いだったのだ。
成金小娘でも良かったけど、むしろそのままで良かったけど、このままではマジでエスカリオットさんがここを殲滅してしまう。
そして、追手を殺せるだけ殺すだろう。少しくらいは国も傾くだろう。
シャイナの夢は国家転覆ではない。平和な国ありきの自分の店だ。
国を滅ぼすよりも難しいのが、国の維持だ。その維持に頑張ってる人達を殲滅する気はない。
何より、シャイナは自分の美しい黒豹を罪人にしたくはない。
「ライセンスです。ご確認ください」
シャイナは拘束されたまま何とかライセンスカードを取り出すと、それを拘束している騎士に渡す。
「えっと……」
「その者の拘束はもうよい」
国王が言い、騎士は慌てて拘束を解くとライセンスカードを国王へ持っていった。
エスカリオットの殺気が少し緩む。
国王が、控えていた宰相を呼び寄せて、2人でカードを確認してから返却してくれる。
ここからは宰相がシャイナに話しかけてきた。
「報酬をはずめば受けるのだな?いくらだ」
せっかくこの場を収めてあげたのに偉そうだ。
まあ、こちらは正真正銘平民だ。仕方ない。
シャイナは少し面白くないけど大人としてきちんと対応する。
「報酬の相談についてこのまま謁見の間でするのは無粋なので、仲介者とギルドを通じてにしませんか?
良ければ剣闘士闘技場のゼントさんを仲介役にしていただけると、私の指名が出来るので便利ですよ」
「ゼント……あいつか」
宰相が嫌そうな顔をして、その嫌そうな様子から、シャイナはがっぽり稼げる予感がする。
きっとゼントなら最大限の報酬を勝ち取ってくれるだろう。
我ながら、素晴らしい選択をしたようだ。シャイナはうむうむと頷く。
ここでエスカリオットの殺気が完全に消えて、殺気を引っ込めたエスカリオットは、シャイナを心配して側に来る訳でもなく、今は成り行きを傍観しだした。
騎士達が安堵の息を吐く。
「では、追って沙汰を出す、もう下がれ」
宰相がそう言って、手をひらひらと振る。
そっちから呼び寄せておいて、ひどい扱いだな?とは思うけれど、シャイナは17才の大人なのだ、目くじらたてずににっこりして、小さく会釈した。
そのまま、辞そうとすると、「待て」と国王から声がかかった。
「宰相、その者への態度を改めよ。シャイナ殿、先ほどは失礼した。蔑ろにした非礼を詫びよう」
「えっ?あ、、はい」
驚くシャイナを見る国王の目は、やっぱり面白そうに輝いている。
「私は考え違いをしていたようだ。てっきりそなたがエスカリオットの庇護を受けているのかと思っていたが、そうではないな。エスカリオットがそなたの庇護の元にいるようだ」
国王ルキウスは、にこやかな笑顔をシャイナに向けた。
「いやいや、お戯れを。エスカリオットさんは世界最強です。そんなものを庇護なんて出来ませんよ」
シャイナも、にこやかに返す。
「ふっ、そなたは遠慮深いな。
枷の付けられない手負いの獣なぞ始末するしかない、と思っていたのだが、そなたがしっかりと手綱を握っているようだ。こちらとしても、多大な犠牲を払うよりはそちらの方がありがたい」
「あらあら、どういう事か、さっぱりですわ、陛下」
国王が、ははは、と笑い、シャイナも、おほほ、と笑う。
おほほ、なんて初めて笑った。




