30話 王宮からの招待(3)
謁見の間は、小さな舞踏会くらいは出来そうな広さがあった。天井は高く、細長い部屋の両端には、等間隔に柱が並んでいる。
中央には濃朱の分厚い絨毯がひかれ、それは真っ直ぐに部屋の最奥の一段高い玉座へと伸びていた。
絨毯の外側には、びしり、と整列した騎士達がいて、一部の者は鎧まで身に着けている。
少し、物々しいな、とシャイナは思う。
エスカリオットを警戒しているのだろうか。
玉座へと目を向けると、背もたれの高い椅子に1人の男が座っていた。
四十代半ばくらいの、大柄ながっしりした男だ。焦げ茶色の髪の毛は短く切り揃えられ、同じ色の目は静かな光をたたえているだけで感情は読み取れない。
ハン国王、ルキウス・ハンその人だ。
20代後半で王位に着き、あっという間に政権を掌握した後は、13年に及ぶタイダル国との戦争をやりきり、勝利した男。勝利後の戦後処理も問題なく行い、勝ち取った領土では、その地の民の支持も既に得ている男だ。
現国民としては、頼れそうな王様で何よりです。
シャイナは、ちらりと国王を見て、その威厳と迫力に満足する。
国王の様子に満足したシャイナは、その玉座の後ろにも目を向ける。
そこには、燦然と輝く1本の魔剣が飾ってあった。
美しい白い剣柄にエメラルドが光る、そして今は鞘に収まっているが、その続きの白く輝く刀身を、シャイナは知っている。
聖剣、エクスカリバー
シャイナが打ち直しをした魔剣だ。
この事についても、国王はもちろん城の人達は知らない。
旧タイダル国の、ギルドランクS級の魔法使いが打ち直した事になっているはずだ。
エクスカリバーについては、自分の仕事でもあるし、国王以上にその様子が気になるが、触りに行く訳にはいかないので、じっと見るだけに留めた。
ここで、案内してくれた文官は、シャイナとエスカリオットを部屋の真ん中へと導き、そこで止まるようにと示した。
指示通り立ち止まり、そして……
あれ?ここからどうするんだろ?
シャイナはエスカリオットを見てみる。
無表情で立ったままだ。
跪いて、挨拶するべきかしら?
いや、でも、こっちから口をきいちゃダメか。
あれー、どうするんだっけ。
シャイナが案内してくれた文官へ、小声で尋ねようとした時、国王の声が謁見の間に響いた。
「エスカリオット、そなたを待っていた」
ルキウス・ハン国王はエスカリオットだけを見て口を開く。
エスカリオットも流石に、一国の王を無視はしないようで、ひたり、と国王と目を合わせた。
謁見の間に、緊張が走る。
国王はもちろん、シャイナなど眼中にない。
えーと、これは、私、邪魔だよね……
と思っていると、ここまで導いてくれた文官が、すーっとシャイナを脇へどかせてくれた。
良かった……と思いながら、シャイナはそのまま騎士達の列に加わる。
エスカリオットと一緒に謝るつもりではあったけど、国王との面談を邪魔する訳にはいかない。
「久方ぶりであるな、5年前にお前が戦利品として贈られてきて以来か。てっきり闘技場で果てたかと思っていたが、生き延びていたとはな」
国王は感慨深げにエスカリオットを見る。
「俺に何の用だ」
国王に何て口を利くんだ、とシャイナは思い、国王の横に控えている宰相も気色ばんだけれど、国王は「よい」と窘める。
「そう警戒せずとも、今回お前を呼び出したのは、悪い話をしようというものではない」
国王が、ゆったりと笑う。
「そもそも、そなたに個人的は怨みはない。そなたは、現大公と同じで、ある意味タイダルの被害者でもあったからな。
ただ、そなたは直接かなりの数の我が国の兵士を屠った。辛酸を嘗めてもらわねば私の気持ちが収まらなかったのも事実だ、だから戦利品にと望んだ」
「はあ、気が済んだか?」
「今の今まで、そなたの事を忘れていたのだから、気は済んだのであろう。ところで、その異形の義手は己への戒めか?奪った無数の命を忘れぬように刻んでいるのか?」
国王が問いかける。
えっ、そうだったの?
国王の問いかけにシャイナは驚いた。
エスカリオットが義手の造作を変えなかったのは、己の罪への戒めだったのだろうか。
そんな風には全く考えていなかった。
てっきり、そのままがあまりに完成されていてカッコいいからだと思ってたのだ。
無駄を削ぎ落とした造形美。
剥き出しっぽい筋肉の筋は、なかなか素敵なラインだし、黒龍の骨本来の、ぬめっとした濃い灰色は角度によって緑や青、ピンクを含みとても美しい、とシャイナは思っていた。
それが、戒めの為に、あえてのそのままだったとは……
そんなつもりでエスカリオットが異形のままにしていたとは……
どうしよう、毛皮付けますか?とか軽く聞いてしまったな、とシャイナが後悔していると、
「……いや、これはカッコいいからだ」
ぼそり、とエスカリオットが言った。
「……」
国王が絶句している。
「屠った命からの苛みなら別の形で受けている。あれ以上は不要だ」
エスカリオットは静かに続けた。
「そうか、まあよい。さて、そなたを呼んだ本題であるが、闘技場でのそなたの活躍と、ここ最近の傭兵団での活躍を聞いた。
それを聞き、そなたを奴隷のままにしておくのは、非常に惜しいと私は思ってな」
「…………」
「今、ラシーンとの国境の森で問題が起きていて、近々、都からも傭兵と騎士を送るのだが、それに加わる気はないか?私が、そなたを奴隷から解放してやろう。
国境での活躍次第では、騎士の称号を与えてもよいと考えている。もちろん、報償金も出る。そなたはそれだけの働きをするだろう」
国王の提案にシャイナは息を飲む。
騎士!
エスカリオットさんが騎士に戻れる。
こんなにも、あっさり戻れるなんて……
良かったね、と思う反面、何かが抉られるような気持ちにもなるのは何故だろう。
そして、シャイナが抉られる気持ちが何なのか、理解出来ないままに、エスカリオットが答えた。
「断る」
エスカリオットはそう即答した。
その返事に、周囲の人達がざわめき、シャイナは驚きながらも、一安心してしまう。
国王はぴくりと眉を上げた。
「場合によっては、爵位を与えても良いぞ?資産もやろう。管理が煩わしいなら、それなりの爵位のある家に婿として入る事も考えよう」
尚も続ける国王に、エスカリオットはため息をついた。
「要らない。俺は今のままで満足している」
エスカリオットの返事に、国王の表情が変わった。
目に冷たい鋭利な光が宿る。
「ふうむ、そうか。その可能性も考えなくはなかったが、こうして断られるまでは信じ難かった……残念だよ、エスカリオット。
私は、お前ほどの者が何故、薬草店の護衛などに甘んじているのか、と不思議だったのだが、柄にもなく懸想したか」
国王の言葉にシャイナの横の騎士が動く。
シャイナは、ぐいっと腕を捕まれて、エスカリオットから離され、玉座の前へと連れ出された。
「ひゃっ」
連れ出されると、がっちりと体を拘束されて、喉元に抜き身の剣がぴたりと当てられる。
えっ、あれっ?
ひやりとした金属の感触を感じながら、シャイナは自分の置かれた状況について考える。
あれっ、何だこれは?
「ではお願いの仕方を少し変えよう」
国王の声のトーンが低くなる。
「お前の愛しいこの娘の為に、わが国の為に働いてくれないか?エスカリオット」
「!」
シャイナは、今、完全に自分が人質になったらしい事を理解した。
でも、そんな事よりも、自分がエスカリオットの愛しい娘だと誤解されてる事に衝撃を受ける。
えーーー、マジかあ!
完全に誤解だよ!
びっくりしながら、縋るように国王陛下を見る。
違うよ、国王。
ここに色恋はないんだよ。
あるのは、小動物を愛でたいココロなんだよ。
爵位じゃなくて、用意すべきなのは子猫だよ!
まずは、愛しい娘、について弁解しなくては……と焦っていると、ビリビリと空気が震えた。
それは、凄まじい殺気だった。




