3話 世界最強の購入(3)
浴室に着替えをセットしてダイニングへ戻り、早めのお昼の準備にかかる。
朝ごはんも食べずに闘技場へ向かったのでお腹は空いている。
エスカリオットも空いてるはずだ。あの牢獄の様子だと食事がしっかり出ていたとは思えない。
玉ねぎとベーコンを薄く切って乾燥トマトをいれ簡単なスープを作る。
卵と牛乳を混ぜてプレーンオムレツを焼き、パンを温めた。
ちょうど食事の準備が整った頃合いでエスカリオットが髪の毛をしっとりさせながら戻って来た。
シャイナが用意した黒のゆったりしたシャツに、生なりの綿のズボン姿だ。
ズボンは少し丈が足りていないが、部屋着だし善しとする。
寸足らずのズボンで部屋着で立っているだけなのにすごく絵になっている。
さすが死神エスカリオット、美しい黒豹。
シャイナはそこでエスカリオットの足が裸足なのに気付く。
「しまった、靴について失念してました。えーと、履いてたブーツは……嫌、ですよね。」
エスカリオットはここに来た時は剣闘士用の膝までの編み上げブーツを履いていたが、あれを室内で履くのは嫌だろう。
「…………」
エスカリオットは無言で勝手にダイニングの椅子に腰かけた。
また、無言になってしまった。
靴を忘れてたのが良くなかったようだ。
せっかくお風呂で心を開いてくれたのに、これは失態だ。とりあえずご飯にしてもらおう、お腹がいっぱいになったら機嫌も直ると思う。
シャイナはてきぱきと食事をエスカリオットの前に並べてあげた。スプーンとフォークを渡すと、エスカリオットは右手だけで優雅に食事を始める。
絶対にお腹は空いていたはずなのに全くがっつく事なく、でもさっさと食べていく。
カトラリーの使い方はとても滑らかでほとんど音がしない。
魔法のように食べ物が平らげられていく。
あんまりきれいに気持ちよく食べるのでじっと見ているとエスカリオットがシャイナを見て、ちょっと顔をしかめた。
しまった。
「すいません、食べ方がきれいだったので見惚れてしまいました」
「…………」
エスカリオットはやはり無言で食事に戻る。
怒ってはないようだ。
シャイナは自分の食事の準備もすると、エスカリオットの向かいに座った。
「お口に合いました?」
「…………」
「沈黙という事は合ったんですね。よかったです」
「…………」
お口には合ったようだ。という事にしてシャイナも自分の昼食を食べる。
スープはまあまあだし、オムレツはシャイナの好きな少し固めに出来てるし、パンもふんわりしている。
ふむ、上出来だ。エスカリオットがとろとろオムレツ以外はオムレツと認めない、とかじゃなければきっとお気に召してるはずだ。
シャイナが食べ終わって顔をあげると、心持ちゆったりした表情でエスカリオットが目を細めてこちらを見ていた。どんよりと濁っていた目も少しすっきりしている。細めた目元が色っぽい。
「俺の仕事とは?」
おおー、自ら口をきいてくれた!
さては、食事がお気に召しましたね?
「はい。お仕事の話ですね。その前に1つ制約をかけさせてもらいます」
シャイナはこほんと咳払いをすると言葉を紡ぐ。
「首輪よ聞け、汝に制約を課す。私の秘密を漏らしてはならない」
エスカリオットの首輪が少し光った。
「うん。ちゃんと出来ましたね。という訳でエスカリオットさんは今から話す私の秘密の守秘義務があります」
もちろん返事はないので進める。
「エスカリオットさんのお仕事は、私の捕縛です」
「…………」
「あれ、もう少し驚いたり呆れて欲しいですね。お前の捕縛なんて何の仕事にもならないぞ、となって欲しい所なんですけどね。もちろん私はAランク魔法使いですけどね、こんなにも大人しく常識的です」
「夜の話か?」
エスカリオットの言葉にシャイナは驚嘆した。
じわっと手に汗をかく。
「えっ?どうして知ってるんですか?」
「何をだ?」
「私の秘密ですよ!」
「捕縛すると言ったからだ、そういう趣味なのか?」
「は?趣味?」
「そういうプレイを望んでいるのか?」
シャイナはその言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
プレイ?
プレイとはなにかしら?
夜のプレイ…………
「!」
シャイナは顔を真っ赤にした。
「違いますよっ!!!」
全身真っ赤になってるのが分かる。
「違いますからねっ、違います、そっ、そういう縛るプレイとかの話じゃないです」
「そうか、残念だ」
エスカリオットが甘く笑う。
「残念な訳ないでしょうが!甘く笑わないでください、怒りますよ、首輪を使ってお仕置きしますよ」
「それは困る」
びたり、とエスカリオットが元の無表情に戻った。
首輪のお仕置きは嫌なようだ。
絶対にしないであげようとシャイナは思う。
「ふうー。私はですね、こう見えてウェアウルフの一族なんです」
シャイナは打ち明けた。
先にこっちから言えば良かった。
そしたら変な誤解もされなかったのに。
「人狼か」
エスカリオットは値踏みするようにシャイナを見る。
「そうです。狼になれる一族です。これはまだ別に秘密という訳ではありません。ウェアウルフって事は出身国でほぼバレますし、親しい人にも隠してないです」
「…………」
「ここからは秘密ですよ。私は狼への獣化はもう何年も行ってません。小さい時から魔力が多かったせいか獣化した時のコントロールが出来なくて暴れるんですよ。コントロール出来ないままもう17才です」
「満月はどうしてたんだ?満月の夜は強制的に狼になるだろう」
「詳しいですね」
「騎士だった時に同僚に1人居た」
「なるほど。満月の夜は獣化を止める薬を飲みます。今までずっとそれでしのいでたんですけど、今月、月始めに実家から送ってくれるはずの薬が届かなくてですね、どうやら忘れられてるみたいなんです。先週くらいから私はすごく焦ってます。実家は遠いし、今から催促しても間に合わないし、あと5日で満月だしものすごく困ってるんです」
「次の満月に獣化したお前を止めろ、と」
「そうです。殺さずにです。死にたくないので。でも多分狼の私、すごく強いと思うので生かして捕縛がムリなら、苦しまずに殺していただくしかないかと。人を襲うとかは絶対に嫌です」
「どれくらい強い?」
「最後に獣化したのは8才の時です。大きさこそ狐サイズでしたが炎も操るし、すごく狂暴で狼になった父と兄とで押さえ込んだと聞いてます。本来なら6才頃にはちゃんと意識を保ったまま狼になれるはずなんですけどね。お恥ずかしい限りです」
「炎も使うのか、厄介だな」
「炎については対策を考えます。因みに父の狼は大人の男性より一回り大きいサイズで、かなり怖いです。私も今ならそれくらいの大きさになると思います」
「それで一番強い剣闘士奴隷が欲しかったのか」
「はい。コントロール出来ない人狼だとバレては困るので確実に秘密を守れる首輪の制約は必要でした。次の満月をしのげれば、実家に薬の催促をして後は何とかなるので、満月が終れば制約は残しますがエスカリオットさんは自由に出ていってもらっても構いません。でも、狼の私を生かして捕らえるのはかなり危険なのでもし嫌なら、」
「構わない」
「えっ、そんなあっさりいいんですか?」
「ああ、狼のお前ごときの生け捕りなら問題ない」
「でもその腕、ヒトカゲに負けそうになったんですよね?それより強いかもですよ」
シャイナがそう言うと、エスカリオットは嫌そうな顔をした。
「これは、少し油断してしまっただけだ。ヒトカゲは本来なら簡単な相手だ。だからお前も問題ない」
「ふふふ、何の強がりですか」
エスカリオットの優しさにシャイナの頬が緩む。
油断なんて、闘技場でする訳がない。おまけにヒトカゲと対峙している時なんかに。
シャイナはエスカリオットが心配しないように嘘を言ってくれたのだと思った。
良かった。私が買った人は強い上に良い人のようだ。
秘密を打ち明ける緊張からも解放され、シャイナは穏やかな気持ちで食後のお茶でも準備しようと腰を浮かす。
そしてエスカリオットから続けて言われた一言に固まって真っ赤になった。
「夜のプレイで縛る事についてだが。そういうのは俺は好まない、覚えておいてくれシャイナ」
「なっ……ちっ、ちがうっ」
真っ赤になって否定するシャイナをエスカリオットはスルーし続けた。