28話 王宮からの招待(1)
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「エスカリオットさん、見てください、イザベラ嬢と大公の事が載ってますよ!」
その朝、新聞の一面を見てシャイナは嬉しそうにエスカリオットに声をかけ、テーブルに新聞を広げた。
本日の一面は、《グラリオーサ家ご令嬢、タイダル公国の大公と婚姻へ》とあり、揃いの正装に身を包んだ2人が並んで微笑んでいる写真が掲載されている。
「2人とも、完全に外向きの笑顔って感じですけどね。
でも、イザベラ嬢は髪の艶も戻ってるし、頬もふっくらしてますね」
写真は白黒だけれども、グラリオーサ邸でイザベラに会った時よりもずっと美しくなっている事が分かる。
記事によると、写真は婚約によりイザベラ嬢が公国入りしてから1週間後の、公国でのお披露目式での2人の様子らしい。
並んだ2人はなかなかにお似合いで、ハン国内でも、タイダル公国内でも、この婚姻は好意的に受け止められてるようだ。
これによって両国の絆が深まり、暗い戦争の歴史が繰り返されるような事がないように願う、と記事は締めくくっている。
エスカリオットも、記事にざっと目を通して写真を見る。
「そうだな」
「コーエン大公のお姿は久しぶりに見るんじゃないですか?お変わりないです?」
シャイナは、エスカリオットがコーエン大公が王子だった時に忠誠を誓っていた事を思い出して、そろりと聞いてみた。
エスカリオットはもう一度写真を確認すると、穏やかな笑みを浮かべる。
「お元気そうだ」
「そうですか。結婚は3ヶ月後らしいですね。仲良く出来てるといいんですけど」
「砂ネズミさえ持参していれば、大丈夫だろう」
言い切るエスカリオット。
「え……」
「ネズミさえいれば、何とかなる」
「それはそれで……どうかと思いますけどね」
ネズミ1匹で、絆されてしまう男は、どうかと思う。
もしかしてエスカリオットは自分の狼バージョンを触りたいだけで、奴隷のままでいるのかしら、と考え付いて、シャイナは微妙な気持ちになる。
この人、もしかして、どんぴしゃタイプの子猫あたりで誘惑されたら、私の奴隷止めるんじゃ……。
真っ白でふわふわの、左右の目の色が違う猫とかさ……好きそうだ。
猫を満足そうに撫でているエスカリオットを想像してしまい、寂しいのと同時にムカムカもしてきてしまう。
ふん、そんな事になっても私から逃げられは……はっ!
逃げられはしないって何だ!
シャイナは自分の考えに愕然とする。
違うぞ!私は、もしエスカリオットさんが出ていきたいなら、お、追わないし、大丈夫だし、余裕で見送る!
毎日、義手を通じて、状態を確認したりなんかしないし、もちろん、しないし!
別に、真っ白ふわふわの猫に心変わりされても、平気だし!
片目が青色で、もう片方が琥珀色の猫とかでしょ、好きそうだもんね!
「ーーイナ、シャイナ」
「はっ、えっ、何ですか!」
真っ白ふわふわの猫を抱っこしているエスカリオットを想像していたシャイナは、呼び掛けに我に返った。
「コーヒーを淹れるが、飲むか?」
「はい、いただきますよ!パン!パンと卵も焼きましょうね!」
子猫抱っこを追い払い、シャイナはキッチンへと駆け込む。
食事の用意をして2人で朝食にした。
店の前が騒がしくなったのは、そんな朝食をそろそろ食べ終わる頃だった。
多くの馬の鳴き声と蹄の音、馬車の車輪の音が通りから聞こえてきた。
「何でしょう、近くですね」
空いた皿をキッチンへと戻して、ダイニングの窓から下の通りを覗き込む。
「!」
覗きこんで、シャイナはびっくりする。
シャイナの店の入り口の前に、やたら豪華な馬車が付けられていて、十数名の華やかな近衛騎士達が、毛並みの素晴らしい白馬やら、黒馬やら、栗毛馬やらに乗って、通りを塞いでいたのだ。
「エスカリオットさん、なんか、うちに用みたいですよ、えっ、あの制服、近衛騎士ですよね!?」
ごしごしと目を擦って確認するが、確かに近衛騎士だ。
近衛騎士?え?何でだ?
「そのようだな」
やって来たエスカリオットも、下を見て言う。
「何で、私の店に来てるんでしょう」
「あの馬車の紋は、ハン国王家の紋のようだが」
「げっっ、ほんとだ」
シャイナが青ざめた所で、馬車から身綺麗な侍従が降りてきて、シャイナとエスカリオットの見ている中で、店の呼び鈴を押した。
鳴り響く呼び鈴。
「うわあ、出たくない……」
「無視するか?」
「そんな訳にはいかないでしょう、私は善良で勤勉なこの国の民なんですよ」
「シャイナは、ラシーン国民だろう」
「出身はそうですけど、今はこちらの国でお世話になってますう」
とぼとぼと重い足取りで1階へ降り、シャイナは、そうっと扉を開けた。
「はーい」
出来るだけ、軽ーく対応してみる。
あ、間違ったな、って、なってくれるかもしれない。
「失礼、こちらは、シャイナ薬草店でございますか?」
ならなかった。
身綺麗な侍従は、礼儀正しく聞いてきた。
「はい、そうです」
「あなたは、こちらの店主、シャイナ殿でございますか?」
「……はい」
不承不承認めると、侍従は、つやっと、ぬめっとした書状をくるくると広げた。
「シャイナ薬草店のシャイナ殿と、その奴隷であるエスカリオット殿に、国王陛下との謁見の許可が出ております」
侍従は高らかに、そのように告げた。
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