22話 ゼントさんからの依頼
傭兵団への、エスカリオットの貸し出しを始めてからしばらく経ち、エスカリオットは来た頃に比べるとずいぶん忙しい日々を送っている。
結局、傭兵団には週に2回ほど顔を出し、指導的立場というか、ひたすらに戦士達の闘争心を煽っては折る、みたいな事をしてるみたいだ。
マックスさんから聞いた所によると、5人で組ませてエスカリオットと打ち合わせるが全く歯が立たないとの事。
10人で囲んでも同じだろうけど、そうなるとエスカリオットが手加減出来なくなってきて危険だから5人までにしてる、と苦笑いしながらマックスは言った。
傭兵団から帰ってきたエスカリオットは、いつもすっきりした顔をしているので、本人は気に入っている様子だ。
シャイナはエスカリオットには内緒で、傭兵団から入るエスカリオットの゛貸し出し料゛をエスカリオットの名義で貯金している。
いつか、エスカリオットがここを出ていく時に、カッコ良く渡せたらなと思っている。
ふふふ、驚くぞ、とニヤニヤしながら本日も貯金をしてきたのだが、昼前に傭兵団から帰ってきたエスカリオットは、シャツの袖がすぱっと切れていた。しかも義手ではない方の右腕の袖だ。
「あれ?シャツ、どうしましたか?腕は大丈夫ですか?」
明らかに刃物で斬られたような切り口にシャイナは驚く。
「少し揉めた。腕は切れてない」
「揉めた?」
「俺が兄の仇らしい騎士が来た」
「決闘とかですか?」
ぐるる……と喉が鳴る。
「ああ、真剣で人を相手にするのは久しぶりだったから勘が鈍っているな……シャイナ、そんな顔をするな、唸り声も出てる」
「ぐるる……マックスさんにきつく言っておきます」
「騎士団には正式に抗議する、と言っていた。きちんと俺がお前の奴隷だという事も知らせるらしい、他人の奴隷を害せば、持ち主に購入額の5倍の支払いをしなくてはならないらしいぞ、知ってたか?」
「えっ、ごば……」
うわ、ただでさえ高かったエスカリオットさんの5倍。
シャイナの唸り声も引っ込む。
「そこらの家なら破産だな」
嬉しそうにエスカリオットは笑う。
「そこは、エスカリオットさんが笑う所ではないですよ」
「まあ、俺を害する事なぞ出来ない、心配するな」
「決闘の相手の方はどうなったんですか?」
「気絶させて仕舞いにした」
「足くらい折ればよかったのに」
むすっとしながらそう言うと、エスカリオットが優しく頭をポンポンしてくれた。
「そうだ、明日の午前中なんですけど、ゼントさんが来ます」
昨日、エスカリオットがエイダの店で作ってきたオニオンスープの残りにバゲットを添え、目玉焼きを焼いてお昼にしながらシャイナは言った。
ゼントはシャイナがエスカリオットを買った闘技場の支配人だ。
「ゼントが?何しに?」
「ギルドを通じて、私指名で依頼をしてきたんです。ギルド内では話したくない内容らしくて店で聞くことになりました。依頼、一緒に聞きます?剣闘士時代を思い出して辛いならエスカリオットさんは私の部屋で筋トレでもしててください」
「別に辛くはない。一緒に聞こう」
***
翌日の朝、約束していた時間ぴったりにゼントはやって来た。
細い男だ。ぴったりしたダークグレーのスリーピースに身を包み、ぴかぴかに磨かれた黒い革靴で滑るように歩いて店に入って来る。
「お久しぶりですね、シャイナ殿。指名を受けていただきありがとうございます」
ゼントは迎い入れたシャイナに恭しくお辞儀をした。
「いえいえ、ゼントさんにはお世話になりましたからね、当然です。奥のカウンターで話を聞こうかと思ってます。簡易なイスしかないんですけど、よろしいですか?」
「構いませんよ」
ゼントが優雅に微笑み、それと同時にゼントの足元から、にゃー、と鳴き声がした。
ん?
シャイナが鳴き声の方を見ると、ゼントのすぐ後ろに白い猫が居て、青い目でこちらを見上げていた。
「少し前に闘技場で拾って飼い始めた子でしてね、付いて来てしまったんです。一緒にいいですか?賢い子なので邪魔はしませんよ」
ゼントが説明すると、猫は、なあー、と甘えた声で鳴く。
「へえぇ、可愛いですね、こちらは構いません」
シャイナは屈んで撫でようとしたけど、逃げられた。
もちろんエスカリオットの手も伸びるが、猫はそれもするり、と優雅にかわした。
「私以外には触らせません、そこも可愛くてね」
ゼントはエスカリオットに対してニヤリとしながら言うと、カウンターのイスに座る。猫はたたたっとその膝に乗ると、気持ち良さそうにゼントに身を委ねた。
「えーと、エスカリオットさん?」
うずうずしていたエスカリオットの手が、シャイナの髪の毛に伸びて、無意味に髪を鋤いてくる。
「シャイナ、お前も狐になれ」
「何を張り合ってるんですか?なりませんよ、依頼主との大事な商談なんですよ。そして狼です」
シャイナはさっさと、ゼントの向かいに座った。エスカリオットは隣で尚もシャイナの髪の毛を触ってくるけど、放っておく。
「今回の依頼なんですが、あるご令嬢にかかった呪いを解いていただきたいんです。期限は3週間です」
ゼントはそう切り出した。
依頼主はグラリオーサ公爵家、その家の長女イザベラ嬢の呪いを解いてほしいのだという。
「どんな呪いなんですか?」
「私もそこまでは存じません」
「期限の3週間はなぜです?」
「それは、私の口からはお伝え出来ませんね、私は別口での情報もあるので、その期限の理由の予想は出来ていますが」
「依頼主に聞くしかないんですね」
「はい」
シャイナは少し考える。
「期限3週間は、守れるお約束は出来ませんね。呪いは、悪戯程度の軽いものや巻き添えをくっただけなら治癒魔法で払えますけど、怨嗟の絡む個人を特定的に狙ったものは、解呪の条件が揃わないと解けません」
「心得てます。今回は手付金がまず支払われます。それとは別に成功すれば成功報酬が支払われます」
「何だか、ずいぶん良い条件ですね」
「公爵家ですからね、そして何が何でも3週間以内に呪いを解きたい事情があるんですよ。あちらからはAランク以上の治癒に長けた女性の魔法使いを頼まれています、最早シャイナ殿しかいませんね」
「はあ、何だか変な依頼ですね」
「ご令嬢の呪いなので、女性指定なのでしょう。嫁入り前のレディですからね。ランクの指定は、とにかく呪いを早く解いてあげたい親心でしょうかね」
「なるほど」
「イザベラ嬢は17才、社交界には滅多にお出にならないので私も直接は存じませんが、可憐な方だと聞きます。そんなレディに呪いなんて、可哀想でしょう、期限に拘わらず一刻も早く解いてあげたいとは思いませんか?」
「17才、私と同い年ですね」
「おや、そうなのですか。ならばイザベラ嬢もシャイナ殿には心安いでしょうし、受けていただけると嬉しいですね」
「ふむ……肝心の報酬はおいくらです?」
「手付金が、これです。成功報酬は、こちらになります」
ゼントが紙面で示した金額は、なかなか魅力的な額だ。
「これは、これは、」
シャイナの口元が思わず緩む。
「お受けしましょう」
「良かった、助かります。あとこちらの依頼ですがくれぐれも」
「内密ですよね、分かってます。貴族令嬢が呪いなんて、世間に知れたら嫁ぎ先が無くなりますもんね」
「お話が早くていいですね、では早速公爵家に連絡致します。あちらから訪問の日取りが打診されると思いますので、よろしくお願いしますね」
ゼントは、ゆるりとイスから立ち上がり、膝の上にいた猫は不服そうに床に降りた。
「ところで、エスカリオットさんはすっかりお元気そうですね、こちらではシャイナ殿の護衛をしているのでしょうか?」
「そうですよ」
「では、グラリオーサ家にもご一緒されますね」
「うーん、どうでしょうか、エスカリオットさん、一緒に行きます?」
「ああ、行くつもりだ」
「それがよろしいかと思いますね」
ゼントの言葉にエスカリオットの眉がぴくりと動く。
「そうですね、貴族様のお屋敷ですもんね、勝手知ったる元貴族のエスカリオットさんも一緒の方が安心です」
シャイナはふむふむと1人で納得した。




