20話 傭兵団からの誘い(2)
「あれは……傭兵団の方のようですね」
シャイナは足を止めて、用心深く遠目に自分の店の前に腰かけている男を見た。
「傭兵団の奴が来るような理由はあるか?」
「うーん、そうですね……ポーションの大口の取引先の1つです。でも取引は商団を介してしているのでうちの店の名前は出してません」
ちなみに、店の名前はそのまま゛シャイナの薬草店゛だ。
「ふむ、追い払えるが」
「いえ、まずは用件を聞きましょう。ポーションの事だったら困ります。傭兵団はいつも支払いはしっかりしてくれるし、中々素敵なお値段で買ってくれてるんです」
シャイナはゆっくりと男に近付いて、声をかけた。
「うちの店に何かご用ですか?」
男が顔を上げる。
灰色の短髪に、同じく灰色の瞳。目は細くて垂れ目だ。
男はシャイナを見て、エスカリオットを見た。
そして、エスカリオットを見るとその目を驚きに見開いた後、小さく呟く。
「死神エスカリオット……本当に居た」
エスカリオットが注目を浴びるのは毎度の事なのでもう慣れっこだ、シャイナは男の視線とエスカリオットの間に割り込んで告げた。
「すいません、とりあえず店の前で座り込まれているのは困るので、用があるならまずは中へどうぞ」
店の扉を開けて男を店内へと誘う。男は素直に従ってくれた。
店内の灯りをつけて、肉まんの袋はカウンターに置いた。エスカリオットが少し恨めしそうに肉まん達を見ている。
「すまない、開店前という事は承知している」
男はまず謝ってから自己紹介をしてきた。
「マクシマム・ディスペンサーだ。ハン国傭兵団第一団の団長をしている。マックスと呼んでくれ」
明るくてよく響く声だ。
家名があるという事は貴族なのだろう。傭兵とはいえ、団長ともなるとある程度身分のある者がなるみたいだ。
「こんにちは、マックスさん。傭兵団長さんがこんな庶民的な店に何のご用ですか?」
「ああ、すまないが、店主は居るだろうか?」
「……私が店主のシャイナです」
シャイナは少し迷ったが素直に名乗る事にした。相手は傭兵団長だし、ポーションの取引の事だったなら、身分の詐称は心証が悪くなる。
「えっ?君が……」
マックスが驚いてシャイナをまじまじと見る。
「本当に君が店主か?」
「はい」
「つまり、エスカリオットを買ったのも君なのか?」
「あ、えーと、はい」
何だか、話の軸がポーションではなくて、エスカリオットな気がしてくる。
素直に名乗ったのは間違いだったかもしれない。
「本当に、こんな小娘がエスカリオットを?いや、でも見かけで判断しては……」
マックスがぶつぶつ何かを言っている。
小娘の部分はきれいに聞こえてきて、シャイナはちょっとむっとした。
「それでご用件は何ですかね?」
むっとして、ぶっきらぼうな口調になってしまった。
エスカリオットがほんの少し口元を緩ませている。面白がっているのだ。
「君の買ったエスカリオットの事だ」
「はあ……」
やっぱりかあ、そうだろうな、と思った。
買い取りたいのかな?
マックスがシャイナに真っ直ぐ向き合う。
「シャイナ殿、単刀直入に言おう。君が闘技場に払った分の額を払うから、エスカリオットを解放してやってくれ」
「ん?」
解放?
「買い取りたいのではなくてですか?」
解放してくれ、というのは新しい提案だ。
「エスカリオットは奴隷に相応しくない、強く美しい獣だ」
それには激しく同意は出来る。
「俺は、戦場で彼を見た事がある。その強さに敵ながら鳥肌が立った、圧倒的で、唯一無二だった、血塗られたその姿は神々しくすらあった」
マックスが熱っぽく語る。いつだったかやって来たお貴族様と同じでエスカリオットについて熱い想いがあるようだ。
「魔法でさえものともしない剣術の極致。君は信じないかもしれないが、エスカリオットは炎や鎌鼬を斬るんだ」
信じますよ。エスカリオットさんは黒炎も一刀両断しましたからね。
うむうむと頷きながら、この人、ちょっとややこしそうだな、とシャイナは思いだす。
エスカリオットの雰囲気も少しげんなりしている。シャイナと同じ想いみたいだ。
「タイダルが負けてこんな事になってしまったが、奴隷などに身をやつしていていい者ではない」
「あー、えーと、はい」
シャイナは気圧されながら、とりあえず相づちを打った。
「シャイナ殿、もう一度言う、エスカリオットを解放してやってくれ」
「はあ、しかし、解放後、エスカリオットさんはどうするんです?」
「傭兵団で面倒を見る。面倒を見るなんておこがましいが、自前の寮もあるし食事も出る。騎士団ほどの待遇は出来ないが、それでも王都の傭兵団はそれなりの待遇だ、功績が認められれば騎士に戻る事も夢ではない」
「……」
これは……中々良いお話なのでは?
シャイナの心が揺れる。前にエスカリオットは解放を嫌がったけれど、それは路頭に迷うからだ。傭兵団入りが約束されているなら路頭には迷わない。
でも、同時にエスカリオットが戦場はもういいと言っていた事も思い出す。
シャイナはもう一度、エスカリオットを見てみる。
げんなりしたままだった。
傭兵団は嫌みたいだ。
「傭兵団には、彼に憧れを抱いている者が多い。金で動く連中だが、とにかく強さが全てでもある連中だからね。エスカリオットが入ってくれれば士気も上がるだろう。
剣闘士奴隷からやっと解放されると聞いて、ぜひ傭兵団にとすぐに闘技場へ行ったんだが、君に買い取られた後だった」
マックスが恨めしそうだ。
「何か、すみません……」
「まあ君は、比較的人道的に扱ってるようだが……」
マックスはエスカリオットの首もとをちらりと見る。
シャイナもつられてそこを見る。白銀のミスリルの鎖が輝いている。
「はぁ……首輪の形状まで変えたのか、奴隷の首輪の形状を変えられる魔法使いは中々いない。かなり高額な依頼になっただろう……義手といい、首輪といい、本当に大分入れ込んでいて手厚いんだな」
マックスは、やれやれ、という風に首を振る。
そして憐れむような表情をシャイナに向けた。
「?」
何かしら?
何やら激しく誤解されてる気はする。
早めにこの誤解を解きたい所ではある。
「シャイナ殿、こういう形での愛は一方的で間違っているものだ」
「……あい?」
「ああ、どういう形であれエスカリオットを愛しているなら、まずは自由にするべきだと思う。エスカリオットは騎士だ、こんな、薬草店で、情夫をしていて良い男ではない」
マックスは苦い顔でそう言った。
「は?……じ、じょう、ふ?」
ぼぼぼっとシャイナの顔に熱が集まる。
情夫?
エスカリオットさんが私の?
「束縛して、閉じ込めるのは間違っている」
「そくばく……」
シャイナはびっくりしてマックスを見て、エスカリオットを見た。
束縛したことはない。
どちらかというと、自由を奪われてるのはシャイナの方だ。狼の時の話だけど。
そして情夫とはどういう事だろう。うら若き17才の乙女なのに、エスカリオットを情夫にしてるなんて、勘違いも甚だしい。
憮然とするシャイナと目が合って、エスカリオットがにやりと笑う。
そして笑みをたたえたまま、ゆっくりとシャイナの側に来て、柔らかい手つきでシャイナの髪の毛を撫でた。
「エスカリオットさん?」
「俺はお前の情夫だったのか、シャイナ」
甘く言うと、ひと掬い手に取って唇を寄せた。
うわあ!
「何してるんですか!」
真っ赤になってシャイナはエスカリオットから身を離した。
髪の毛も奪還する。
「情夫ならこういう事をするだろう」
「しません!そもそも、じょ、情夫ではありません!」
「違うのか?」
「違います」
「けっこう束縛もされていると思うが」
「は?してませんよね!」
「無自覚か、まあいい。そもそも夜を一緒に過ごす為に俺を買ったんだろう?」
エスカリオットがにやにやしている。完全に楽しんでいる時の顔だ。
゛夜を一緒に゛のくだりでマックスの顔が、やっぱりか、という風に曇る。
待て待て待て!違う。
「満月の晩だけの為です!」
「その為だけに、義手もミスリルの鎖も用意してくれただろう」
「それは必要だったからでっ、ちょっと待ってください。そもそも根本的な誤解があります、マックスさん!」
シャイナはエスカリオットを無視する事にして、きっとマックスに向き直った。
「マックスさん、エスカリオットさんは私のじょ、情夫ではありません。店の護衛です」
でもそこで、するりとエスカリオットが後ろから腕を回してきた。
抱き締めるという程の強いものではないけれど、ふんわりと囲い込まれる。
うわあ!
狼でない時に、こんなに近付いたのは初めてで、エスカリオットの匂いに包まれて、何だかよく分からないが心臓がばくばくする。
この匂いには狼の時にも散々包まれているが、獣化している間は感覚が少し違うので、こんな風にばくばくはしない。
心臓が爆発するんじゃないかと思う。
「2度も一緒に夜を過ごしたじゃないか」
「ほぼ無理やりでしょおが!」
「そうか?気持ち良さそうだったぞ」
「あれは、本能的なものです!」
「朝までずっと一緒だったな」
「っ……」
ここで囲い込まれてのドキドキと、面白がっているエスカリオットへの怒りと、マックスの誤解への恥ずかしさとでシャイナはパンクした。
「わざわざ誤解されるように言わないで!!」
涙ぐみながら、ため口でエスカリオットに怒鳴った。
「…………」
店内がしん、となる。
エスカリオットがするりと腕をとき、シャイナの目尻の涙を拭った。
「すまない。遊びすぎた」
「……怒りますよ」
「もう怒ってるようだが」
「……ふん」
「俺の肉まんを1つやるから、機嫌を直せ」
「いや、いりません。大丈夫です、落ち着きました」
「そうか」
エスカリオットはほっとすると、シャイナの頭をぽんぽんした。




