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世界最強の元騎士と  作者: ユタニ


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15話 エスカリオットの修行

***


エスカリオットが゛修行゛に行きだしたきっかけは、エイダの店、ダイズバーのコックのマッドが足を挫いた事だった。


「シャイナちゃん、エスカリオットさんを借りてもいいかしら?」

開店前の午前中からシャイナの薬草店に顔を出したエイダはそうお願いしてきた。


昨日、マッドが足を挫いたので男手のいる材料の買い出しにエスカリオットを借りたいのだと言う。


「マッドさんでも足を挫いたりするんですねえ」

シャイナは意外だった。

マッドは元傭兵だ。体格もいいし身のこなしは無駄がなく隙もない。


「ああ見えて、けっこうぼんやりしてるのよ、手にある傷は大体うちで働きだして料理中に切ったものよ」

「へえー、知らなかったです。いつも眼光鋭いですしそういう可愛い部分はまったく見えなかったです」

「野良猫にも優しいのよ、店の裏でよくミルクあげてるの」

エイダが、ふふふと眩しく笑う。


因みにマッドはエイダの内縁の夫だ。籍を入れてないのはいろいろあるかららしいけど、シャイナはその、いろいろ、を聞いた事はない。


2人の関係をダイズバーの常連客は皆知ってるので、常連客はエイダに甘えるくらいはあっても口説いたりしない。

厨房からの目がとても怖いからだ。

たまに新規の客がエイダに絡んだりすると、店の温度が一気に下がるくらいの殺気が出てくる。厨房から。


「マッドさんは野良猫と仲良しなんですか?」

「そうねえ、よく来るトラネコは慣れてるみたい」

「おっ、それは羨ましいですね、エスカリオットさん」

シャイナはエスカリオットを見てみる。

ちょっと、むっとしているみたいだ。


「買い出しに付き合えばいいんだな?」

「ええ、申し訳ないんだけど、この1週間くらいお願いしたいの」

「俺は構わない、シャイナは?」

「私も構いませんよ。何なら、料理の下ごしらえとかも手伝ってあげて下さい、足を挫いていたらずっと立ちっぱなしはしんどいでしょうし」


という事で、エスカリオットは1週間ほどダイズバーの買い出しと下ごしらえを手伝い、何故か゛料理゛に少しはまって戻って来たのだ。



「今日は午後から修行に行ってくる。夕刻には戻る」

本日も昼食後にそう言うと、エスカリオットはいそいそとダイズバーへと向かう。

一週間の貸し出し以来、3日に一度くらいの割合でエスカリオットはマッドに料理を教わりに行っている。そしてそれを゛修行゛とエスカリオットは言っていた。


シャイナはダイズバーに迷惑なのでは、と最初は心配だったのだかエイダは上機嫌だった。


「大丈夫、大歓迎よ。凄くいい眺めなのよぉ、いい男が2人で厨房で料理してるのって。シャイナちゃんも1回見に来てみなさいよ。エスカリオットさんなら私は毎日来てくれてもいいわよ」


でも、マッドは迷惑じゃないのだろうか、とも思い、それについては本人にちゃんと聞いてみると、「構わない」との返答があった。


マッドもエスカリオット張りに無口なので、構わない、という事は言葉通り、構わないのだろう。


元傭兵と元騎士で、何かしら気が合うのかな、それならいいか、と納得し、今日もシャイナは笑顔でエスカリオットを見送る。



エスカリオットを見送ってから、シャイナは薬草店の開店準備をする。よく出る薬草の棚を補充し、奥からポーションの小瓶を出してきて並べ、簡単に掃除をしてから店を開ける。


カウンターに座り、のんびりと最近のエスカリオットの変化を思う。


闘技場の地下から連れ帰り、シャイナの満月の獣化を無事に終えてからの少しの間、エスカリオットはぼんやりしている事が多かったし、夜、あんまり眠れていないようだった。


生き死にと隣り合わせの戦場での生活と剣闘士奴隷生活から、一気に穏やかな日常への変化に戸惑っているように感じられた。


何か、体を動かすような事をした方がいいんじゃないかな?と思っていた所へのエイダのお願いだったので、ちょうど良かった。

最近のエスカリオットは夜も眠れているようだし、何より何かに興味を持つ事は良い事だと思う。


そんな事を考えながら、頬杖をついていると、さっと影が差した。


「あっ、いらっしゃいま」

言いかけて、シャイナの顔が曇る。

カウンター越しに立っていたのは、ここ最近よくやって来る種類の人で、薬草店の客ではない人だったからだ。


立っていたのは、明らかに上等な仕事着に身を包んだ、少し偉そうな態度の男だった。


また来たなあ……。

シャイナはため息をつく。


「君、この店の主人はいるかね?うちの旦那様がこちらの主人と話がしたいと言っているのだが」

男は偉そうな態度のまま、シャイナに聞く。


シャイナはさっと男を観察する。

今までの経験的に、こういう平民の店だからと、あからさまに偉そうにする奴らは寧ろ扱いやすい事が多い。

ややこしいのは、シャイナ相手にもにこやかに礼儀正しくしてくる奴の方なのだ。


なので、あっさりやり過ごす事にする。


「申し訳ないです、ご主人様は不在でして、私はただの店番です」


「そうかね、いつ頃戻るのだ?大切な商談なのだよ。君のご主人が買った奴隷の事で」


「エスカリオットさんの事ですね、今はエスカリオットさんも主人と共に不在です。戻りは分かりません」


「明日はいるかね?」

「私には分かりかねます」

「明後日は?」

「明後日……さあ」

「いつなら居るんだね?」

「さあ」


「君はここで何をしているんだね!?」

男がイライラし出す。


「私はただの店番なので。ポーションなら売れます」


「もういい!また日を改める!」

男は怒って行ってしまった。


良かった、今までの最短記録でやり過ごせたかもしれない。

シャイナはほっと胸を撫で下ろす。



エスカリオットが修行に勤しみ出した頃だろうか、亡国タイダルの最強の騎士で剣闘士奴隷だった〝死神エスカリオット〟を闘技場よりこちらの薬草店の主人が購入したらしいというのがバレたようなのだ。


エスカリオットは別に変装もせずにこの辺りをウロウロしているし、エイダの店に修行に行きだしてからは、人通りの多い昼間にこの店を出て、まだ人通りの多い夕刻早めにこの店に帰って来るので、まあ、そりゃ、バレるとは思う。


別に悪い事をした訳ではないし、バレても構わないのだけれども、バレた事で「是非、エスカリオットを買い取りたい、言い値で買おう」という貴族の遣いがどしどしやって来るようになった。


たまに、熱の入った貴族様ご本人がやって来る時もあって、シャイナとしてはやれやれ、である。

ご本人様ともなると、店内で熱くエスカリオットへの想いを語られて、金貨をちらつかされて、何度も断ると仕舞いには脅迫してきたりもして、完全に営業妨害だ。


エスカリオットが在宅の場合は、話は早い。もう本人に出て来てもらって直接話し合ってもらうのだ。

貴族様も遣いの方も、エスカリオットの本気の殺気を前にすると震え上がって逃げて行くので、話し合えた事はないけど、話は早い。



エスカリオット不在の時は、長引く事が多いので、シャイナはあくまでも雇われの店番に徹する。

私は何の関係もありませんよ、作戦である。

これで大体追い払える。

たまに勘がいい仕事が出来る奴に見破られてしまい、そうなると少し長くはなる。


なので、本日は幸先がいい。


ほくほくしながら、シャイナはせっせと薬草を売り、ポーションを売り、大口のポーション取引の相談を受けた。

そのまま、その日はエスカリオット目当ての客は訪れず、シャイナは仕事終わりの心地好い疲れと共に店を閉めて2階へと上がった。


2階へと上がりながら、頬が緩む、本日はエスカリオットの修行の日、という事は、あれがあるのだ。

夕刻に鍋を抱えて帰宅したエスカリオットも見ている。


ふふふ、今日は何だろー。



「今日は、水餃子とカボチャのサラダを作った」

期待に溢れた眼差しで、リビングに入るとすぐにエスカリオットが教えてくれた。


そう、修行で作った料理はしっかりとシャイナの分まで持ち帰ってくれるのだ。これが嬉しい。


修行は、店で出す為に作る物をついでに教えるというスタンスなので、持って帰ってくる料理は本格的だ。

本日の水餃子は皮から作ったらしく、手作りの分厚いつるんとした皮が非常に美味しい。

中の餡には、挽き肉に加えてキノコと香草が少し入っていてじんわりと口の中で独特の風味が広がる。


カボチャのサラダにはクリームチーズとレーズンが入っていて、ちびちび食べれる。お酒が進みそうな一品だ。

これにバゲットを添える。

カボチャサラダを乗せてもよし、スープに浸してもよしだ。


「美味しいぃ、美味しいです、エスカリオットさん」


「ああ」

舌つづみを打つシャイナをエスカリオットが満足そうに眺める。

シャイナはちょっと、きゅんとしながら餃子を飲み込んだ。


「水餃子のスープは少し残しておいて、明日の朝ごはんにもいただきましょうね」


大満足のエスカリオットの修行だ。



エスカリオットは習った料理は、その日の内にレシピをノートに書く。夜にこの作業をしているエスカリオットの、ペンを走らせながら考え込んだりしている様は妙に色っぽい。

本当に何でも絵になるのだ。書いてるのはレシピノートなのに。


そのレシピノートは、綺麗な字で、見やすく整理されて記してあり、さすが元貴族だとシャイナは感心する。


後日、暇な午前中にキッチンで料理するエスカリオットは、ゆったりとリラックスした様子で、機嫌がいい。

最初にフレンチトーストを作ってくれた時も思ったのだが、料理は好きなようだ。


その内、鼻歌なんかも歌ったりするのかなあ、とシャイナはこそこそと盗み見ている。






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