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92話 合縁奇縁

 ブラッドリー領に戻って来てから、約一月が経過した。その間、コーネリアス殿下の議案が通り、女性も領主権を持てることが法制化された。

 このティセーリン国における、歴史的革命の瞬間だった。



 そして私はというと、離婚が広まった当初、出戻り女として貴族間で揶揄されつつあった。

 しかし幸いなことに、王都に居たティナの三人のお兄様たちが、社交界で広まりかけた私に関する悪評を払拭してくれた。



 ちなみに、ティナの実家であるパイム男爵家はパイム芋を開発した功績を認められ、なんと伯爵位を賜った。この地位の高まりが、払拭力を強めたのだろうと推測できる。



――人生とは、本当に何があるか分からないものね。

 とにかく、本当にタイミングが良かったわ。

 ティナのお兄様も、今度招待してお礼をしないと。



「ティナ、あなたのお兄様たちはいつパイム領に戻られるのかしら? 帰る前にお礼をしたいわ」

「よろしいんですか!?」

「もちろんよ。私の恩人だし、何よりティナのお兄様だもの」

「っ! ふふっ、兄たちは今月末には戻ると思います」

「そうなのね。じゃあ、再来週の初めくらいに招待して――」



 なんて話をしている時だった。



「お姉様、パーティーをするの?」



 廊下を歩きながら話をしていたせいだろう。部屋の中に居たビオラの耳に届いたようで、彼女が部屋から顔を出し訊ねてきた。



「パーティーという訳ではないけれど、招待して一緒にお食事……な、何!?」



 訊ねられたことに答えている途中だというのに、ビオラが突然私の腕を引っ張った。かと思えば、いつの間にか部屋の中に引きずり込まれていた。



「お食事会ね! だったら私の婚約者も呼んでいいかしら?」

「何でビオラの婚約者をって……え?」



 聞き間違いだろうか。まさか、ビオラの口から婚約者なんて言葉が出る訳が無い。

 そもそも、婚約者なんて絶対にお兄様が黙っていないだろう。

 それに、ビオラの婚約に関して私が知らないなんてことは有り得ない。



「婚約者って一体何の話? あなたには婚約者なんていないでしょう!?」



 慌てて訊ねると、ビオラは優雅にカナリアのような笑い声でフフッと笑う。そして、何かに想いを馳せるようにうっとりとした表情をしたかと思えば、そっと私の耳元に口を近付け手を添えた。



「婚約者にしたい人を呼びたいの。お兄様には秘密にしてね。サプライズよ!」



 そう告げると、ビオラはそれは幸せそうな笑みを浮かべた。



――お兄様は知らないのね。

 サプライズで呼んだら、お兄様は倒れてしまうんじゃ……。

 というか、その人はいったい誰?



「ビオラ、そもそも相手は誰なの?」

「エルフォード家のディーン様よ」



 エルフォードといえば、非常に真面目な忠臣として有名な伯爵家。ビオラが言うディーン卿は、確かエルフォード家の長男で年は二十七歳だったはず……。



――お兄様よりも年上の方ね。

 それは良いのだけれど、まさかあの方がビオラを選ぶなんて有り得ないわ。



 私がそう思った理由。それは、ディーン卿の性格にある。というのもディーン卿は、それはそれは非常に厳格な性格が有名な方なのだ。



 ヴァンロージアの事業関連で数回話をしたことがあるが、真面目で誠実さを感じる彼に私は素直に好感を抱いた。

 人当たりが良く、マナーも完璧で、法に明るく建設的な話が出来るような人とも思えた。



 ただ、こうして彼をただの優しい人と見ることが出来るのは、彼の逆鱗に触れなければの話……。

 彼は自身の許容ラインを超える無礼を働いた者には、冷血漢という言葉がぴったりなほど冷酷な態度を取るようになるのだ。



 そのせいで、彼は一部の貴族たちから「氷の悪魔」と呼ばれている。そして、氷の悪魔と呼ばれる彼の粗相なんて、此の方一度も聞いたことがない。とにかく、自分にも他人にも厳しい人なのだ。



 ちなみに「氷の悪魔」という二つ名に通ずる逸話もある。実は彼は十回以上の婚約経験があるのだが、女性側が彼の厳しい性格に耐え切れず、ことごとく婚約が破談になっているのだ。



 彼の家は資産が豊富で陛下からの信頼も厚いため、条件的に嫁ぎたい女性は多くいる。にもかかわらず全て破談になったことを考えると、彼はなかなかに厳しい人間なのだと思える。



――だからこそ、彼がビオラのような性格の女性を婚約者に選ぶはずがないと思うのだけれど……。



「ビオラ、ごめんなさい。ディーン卿があなたを婚約者にするとはとても思えないわ。もしかして……あなたが一方的に好きなの?」

「ええ、そうよ!」



 あまりにも清々しい答えに、思わず力が抜けそうになる。



「あなたの想いをディーン卿は知っているの?」

「もちろんよ! 会うたびに求婚しているわ!」



 最近のお兄様は私と共に領地の見直しをしながら、新たな事業に取り掛かっていたため、今までに無いほど仕事に集中していた。

 一方ビオラは、お兄様と私が領地経営の業務をしている間、一人で頻繁に外出をしていた。



――その間に求婚をしていたというの?

 ディーン卿の居るところに押し掛けて、迷惑をかけたんじゃ……。



 もしそうだとしたら……。それが想像できるからこそ、ビオラが怖くなる。

 そして、ディーン卿に謝らなければならない可能性を考え、頭を抱え込みそうになる。



「そもそも、出会いはいつなの?」

「先月に王城であった舞踏会よ! 彼は私の運命の人だって、直感がそう言っているの!」



 まさかのまさかである。

 私にとっては地獄でしかなかったあの場で、ビオラに好きな人が出来ていたとは……。



 それ以前に、お兄様も一緒なのに一体いつ出会ったのかも甚だ疑問だ。

 会えたとしても、さほど会話する時間は無かったはず。どうしてそんな短時間で、求婚するほど好きになれるというのだろうか。



「はあ……そもそも何がきっかけでディーン卿を好きになったの?」

「彼ね、私にちゃんと怒ってくれたの! うーん……叱ってくれたが正しいのかしら?」

「えっ……?」



 発言の意味が分からない。

 怒ったと叱ったの違いなんてどうでもいい。

 怒ってくれたから好きになるという発想や、怒らせたということ、その全てが理解できない。

 だが、こんなにも混乱している私を置き去りに、ビオラは恍惚とした表情で話を続けた。



「皆、いつも私の見た目を褒めてくれるでしょう? でも、彼は忖度なく私の内面をちゃんと見てくれたの。お父様やお姉様と性格が似ているし、彼はきっと私と相性ぴったりだわ! お姉様やお兄様のことも、大切にしてくれる人よ!」



 何があって、何を根拠にそんなことを言っているのか分からない。そのような混乱の最中、ビオラだけが浮かれた様子で私の腕に絡まるように抱き着いた。



「お姉様、大人数の方がきっと楽しいわ。ティナのお兄様たちと一緒にディーン様も招待しましょうよ!」



 ね? と言いながら、楽しそうにパーティーの未来図を描いているのであろうビオラ。そんな彼女に、私は冷静に言い放った。



「呼ぶわけないでしょう。今からディーン卿に謝罪の手紙を書いて送るわ」



 そう宣言して、私はビオラの腕を引きはがし、早速エルフォード家のディーン卿への謝罪の手紙を綴って早急に送った。

 するとその翌日、美しい端正な字で綴られたディーン卿の手紙が送られてきた。



 その手紙には、一度会って話がしたいこと。そして、エルフォードの屋敷に来て欲しいから良き日時を教えて欲しいという旨が綴られていた。

 そのため、私は了承と共に可能な日時を添えて手紙を送った。



 するとその翌日、私宛の手紙が二通届いた。そのうちの一つはディーン卿、そしてもう一つはカリス殿下からの手紙だった。



 ディーン卿の手紙には、指定した日時でも良いことと、迎えの馬車を出すということが綴られていた。そして、最後に【ビオラ嬢は絶対に連れて来ないでください】という一文が、他の文とは異なるインクの滲みを携え、しっかりと明記されていた。



 一方カリス殿下の手紙の方は、前に話した通り訪問したいという旨と、出来ればこの日時に訪問したいということが記されていた。そして、奇しくもそれはディーン卿の邸宅に訪問する日と同日だった。



――同じ日なのね……。

 でも、カリス殿下は最近忙しいようだし、日付は変えない方が良いわよね。



 というのも最近耳にした噂なのだが、どうやらカリス殿下は内密の任を受けて各所で奔走しているという。

 どのような仕事をしているのかは分からないが、見かけた情報を聞く限り、休んでいるとは思えないほど忙しそうだ。



 実は、私は約一月前に改めて殿下にお礼の手紙を綴り送った。殿下はそれに対する返信を送ってくれたのだが、その手紙を最後に私達の交流はパタリと途絶えていた。



 前ぶれなく届いた殿下の手紙は、きっと忙しさの合間に書いてくれたもの。しかも、指定の日時は殿下が捻出してくれた時間だと思うと、変えて欲しいとはとても思えなかった。



――指定の時間はディーン卿と会った後でも十分間に合う時間だから、その日で了承として送りましょう。

 ディーン卿との会話でかなり精神的にすり減っているだろうけど、気持ちは気合で切り替えたら大丈夫なはずよ。



 エルフォード家に訪問して帰ってきた後、カリス殿下の訪問を受ける。その計画で行こう。

 そう決定した私は、指定された日時を了承する手紙を綴った。



――疲れているでしょうから、この匂いにしましょうか。



 便箋に纏わせる匂いとして、ラベンダーを選ぶ。そして、ほのかに香り付いた便箋を封筒に入れて蝋封をし、カリス殿下へと送った。

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