7話 時にはドラスティックに
次の日の正午、五割の使用人が提出書類を持って来た。
ジェロームには正午までという期限を設けていなかったが、流石は仕事が出来る人だ。昨日のディナー後に提出してきた。
――五割ね……。
想定よりも提出数が少なく、がっかりした気持ちになる。だが、私は私のやり方を貫く。そう心に決め、ジェロームに書類を提出していない使用人の呼び出しを頼んだ。
そして大広間に行くと、いかにも怠そうに不貞腐れた顔をした使用人たちが集まっていた。
「今ここに集まった人は、正午までに書類を提出しなかった人です。なぜ提出しなかったのでしょうか?」
先ほどまでは、グチグチボソボソと悪口を言っていた。そんな彼らは、私が質問をした途端急に黙りこくった。
「私が提示した期限が短すぎましたか?」
人によっては書類一つ作るのに、すごく時間をかけてしまうこともある。書類作成関連の使用人なら話は別だが、普段職務上で書類を書かない人ならもう少し期限を延期しようと考えた。
しかし、皆否定も肯定もせずに黙ったままだ。
「もしかして……文字が書けないのでしょうか? それでしたら、私がまとめるので口頭で――」
皆が文字を習っているわけではない。貴族出身でない人なら、尚更だ。
平民の識字率の高いブラッドリー侯爵領で暮らしていた私は、うっかりそのことを考慮し忘れていた。
そう気付き、口頭でと提案しようとした。だが、その声は一人の使用人によって遮られた。
「何でそんなことしないといけないんですか!? 何年もカレン家に勤めているのに、疑われているようで嫌ですっ……」
そう言うと、彼女は嘲るような笑いをしたかと思えば、もっと怒った様子で言葉を続けた。
「はっ……そもそも、父親が死んで後ろ盾もない他所のご令嬢の面倒を見させられる私たちが、何でこんなことまでいちいちやらされるんですか?」
もう私も我慢の限界だった。ここまで好き勝手言われる筋合いはない。
それにこの言葉を聞き、ここに集まった使用人の顔を見てピコンと来た。
クスクスと私を嘲るように笑っていた者に、ティナにキツイ態度をとった者。
わざと捨てる水をかけようとしてきた者に、慇懃無礼に偉そうな態度をした者。
挨拶をしても強気な言葉を返したり無視したりした者に、コソコソと私たちの悪口を言っていた者たちの顔ばかりが並んでいる。
「……他の皆さんも同じ意見でしょうか?」
そう尋ねると、勢いよく首を縦に振ったり、躊躇いながらも頷いたりして、最終的にその場にいる皆が肯定の意を示した。
「あなたたちの意見は分かりました。……あなたの一月の給与はいくらですか?」
「30ルーデです」
代表で話をしていた女性使用人に訊ねると、彼女は躊躇い無く自身の給与を教えてくれた。
――カレン辺境伯家と言うだけあって、給与も平均水準より高いのね。
「そうですか……では、ここに居る皆さんには、各々の給与の10倍を支払いましょう」
そう告げた瞬間、大広間には歓声が響いた。女性使用人もキラキラと目を輝かせ、喜びに溢れた笑顔を見せている。私はそんな彼らに言葉を続けた。
「ということで、今日付けであなたたちには暇を出します」
「へ……?」
一瞬何を言われたのか分からなかったのだろう。使用人たちは混乱した状況で一気に静まり返ったかと思うと、「酷い!」と口々に言葉を浴びせ始めた。
「酷いでしょうか? 私はこの家の女主人になりました。その私に仕えられない人を雇う理由なんてありません。そんな人達に払う賃金があるのなら、誠心誠意この家のために働いてくれる者にその分を回します」
私のこの発言に、使用人たちは悔しそうな顔をしている。だが、額も額……。ジェロームが慌てた様子で話しかけてきた。
「暇を出すことには反対いたしません。しかし、どこからその資金を出すというのですか!?」
ジェロームは本気で心配しているのだろう。その金銭負担が自身や部下、領民たちに響くかもしれないのだ。だが、そんな心配は無用だ。
私は丸腰でやってきた令嬢では無く、私はここの新たな女主人。それを証明すべく、私はこのジェロームの発言を利用させてもらうことにした。
「私の財産から出します。私に後ろ盾が無い? 勘違いも甚だしいですね。元々私が持っている資産と、亡き父から受け継いだ資産があります。それらは個人資産にして良いと、カレン辺境伯……いえ、お義父様は承認してくださいました」
使用人たちはジェロームが止めてくれると期待しただろう。しかし、ジェロームは「用意周到ですね」と言いながら、反論どころか感心していた。皆に知らしめるためのこの作戦は無事成功だ。
そしてその結果、それぞれの給与の10倍の手切れ金を渡すことで、不誠実な使用人たちを解雇することに成功した。
ちなみに、辞めた人たちのほとんどが、ジェロームからの評価もすこぶる悪かった。
こうして私は重たい一仕事を終えた。だが、それで仕事は終わりでは無い。これからがやっと始まりなのだ。
ということで早速、昨日時点で目を通している者の分も含め、提出してくれた使用人の書類を確認することにした。
一番最初に提出してくれた使用人は、元々伯爵家の令嬢だったが没落したため使用人として働いている人物だった。
昨日彼女と偶然接する機会があった。そのとき、教養ある人だと思った理由が分かったような気がした。
次に見た人は、代々カレン家に仕え続けている家系の人物だった。他の書類も探ると、両親も健在で働いており、ジェロームの評価は家族皆が非常に良かった。
こうして全ての使用人の書類とジェロームの情報を合わせて確認し、それぞれの仮采配を考えてみた。
そしてその後、使用人一人ずつと面談の時間をとり、希望の配属や不満がないかを聞き取ることにした。
すると、午後のティータイムの時間の半ば辺りになった頃、在留する全ての使用人との面談が終わった。
皆が真っ先に喜んでくれたのは、給与アップのことだった。
また面談を通して、本人に配属や役職の希望を訊ねてみた。その結果、彼らの希望が私が構想していた人員配置に限りなく適合することも判明した。
その他、不満な点も聞いたが解雇対象の人とのトラブル以外、不満という不満は特に出てこなかった。
強いて言えば、制服が夏冬共に少し動きづらく、冬の制服は寒いという声があったくらいだ。
また不安なことについては、今年の冬の食料が心配という声が複数人から上がった。邸宅内でなく、領地全体で見てだそうだ。
これらに関しては、今すぐ対処できるものは即座に対処し、少し時間がかかりそうなものも計画に取り掛かった。
◇◇◇
「奥様、長時間お疲れ様です。少し休憩なさってはいかがですか?」
ティナは心配そうに声をかけてきた。だが、私にはまだやることがある。ジェラルド様に会いに行かなければならないのだ。
「今からジェラルド様のところに行くの。昨日、約束したでしょう? 早く行かないと、本当に来るのかと不安に思うはずよ」
「それはそうでしょうが……少しくらいは――」
「その少しで信頼を損ないたくないの。この屋敷の人全員にとって、今の私はきっとまだ得体の知れない十七歳の少女よ。だからこそ、皆に認めて受け入れてもらわないといけない今、私が休むわけにはいかないの」
そうティナに伝えると、ティナは苦々しい顔をしながらそれ以上はもう何も口にしなかった。その反応を納得だと受け取った私は、早速ジェラルド様の部屋へと向かい歩き始めた。