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68話 エミリアの兄妹〈マティアス視点〉

――随分と仲が良いんだな。



 俺の視線の先には、楽しそうに話をしているエミリアとコーネリアス殿下が居た。そのことに少々胸がざわついたが、気付かないふりをしてそのまま二人との距離を縮めた。



 そして、互いに手を伸ばせば届きそうだという距離に来た。そのとき、思わぬ光景が目の前で繰り広げられた。

 信じられぬことに、コーネリアス殿下がエミリアとの距離をグッと詰めたのだ。その後すぐに距離をとったものの、なおもコーネリアス殿下は普通ではない目でエミリアを見つめている。



――俺の妻だぞ……?

 王太子だからと調子に乗るなよ!?



 距離の近い二人を見て、思わずカッと怒りで燃え上がりそうになる。

 しかし、勢いで行動してはエミリアと関係を修復することは不可能。そのことは流石に学んだ。



 それに、王妃のエスコートをしているから、駆けだすことも出来ない。

 そのため、俺は出来る限りの急ぎ足で距離を詰め、二人を引きはがすべくエミリアの手を握った。



「エミリア、待たせたな」



 そう声をかけると、エミリアが俺と目を合わせた。その瞬間、エミリアを取り返せたような気持ちになった。

 そのことに少し優越感を抱きながら、俺はすかさずコーネリアス殿下に声をかけた。



「コーネリアス殿下、妻と踊っていただき、誠にありがとうございました」

「いいや、礼を言いたいのはこちらの方だ。実に楽しい時間だった。ありがとう」



 そう言いながら笑うコーネリアス殿下の笑顔は、俺の心にいともたやすくさざ波を立てた。本気で心から楽しそうに笑っていたからだ。



――何で俺ばかりがこんな思いをしなくちゃならない。



 エミリアが心を開いてくれないと感じている俺にとって、和やかそうな二人の空気は毒でしかない。見ているだけでイライラする。



――コーネリアス殿下に、これ以上ここに居られちゃ堪らない。



 そう思っていると、意外なことに殿下は王妃を連れてすぐにこの場から立ち去った。そのことに内心安堵しながら、俺は手を握っているエミリアに視線を戻した。

 刹那、予想外なことにエミリアから口を開いた。だが、その口から零れた言葉はダンスの誘いでなく、休憩したいという言葉だった。



――王太子と踊ったから、気を遣って疲れたんだろう。

 休憩すると言うのなら、エミリアの介抱をしよう。

 そうすれば、エミリアが俺のことを見直すに違いない。



「そうか。では、俺も一緒に――」



 俺に対するエミリアの心証を良くするチャンス。そう考え、一緒にテラスに行って休もうと言おうとしたが、そんな俺の言葉を優しく軽やかな声が遮った。



「お姉様、やっと声をかけられたわ!」



 誰だ。

 そう思いながら声が聞こえた方へと目をやると、この世の者ではない、まるで天使と見紛うほどの美貌を携えた少女らしき人物が、こちらに駆け寄る姿が映った。その後ろには、これまた容姿端麗という言葉がぴったりな美青年もいる。



――二人とも……エミリアに似ている。

 それに、お姉様と聞こえたよな?

 まさかこの二人が、エミリアの兄と妹か……?



 なんて思っていると、近付くなり少女の方はエミリアの腕にギュッと抱き着いた。かと思えば、男の方はエミリアの頬にまるで恋人かのように手を滑らせ、エミリアの心配を始めた。



――何なんだこいつらは……。



 もう、茫然としか出来なかった。突然やって来た二人の驚きの行動に、何か言おうにも言葉が出てこない。



 するとそんな状況下で突如、俺を紹介しろとエミリアの妹がエミリアにせがみ始めた。そのため、エミリアは彼らに俺を紹介した。

 そう、エミリアが俺のことを家族に紹介したのだ。



――ここでエミリアの家族に親切にしておけば、きっとエミリアへの心証を回復させられるはず。

 無礼な義兄と義妹に寛容な俺の姿を見せたら、エミリアの俺に対する好感度が上がるはずっ……!

 ブラッドリー侯爵は普通で良いだろうが、妹の方には特に恐怖心を与えないように優しくしないとな。

 王都の女である自身の妹に優しくする姿を見たら、エミリアの俺に対する態度も変わるだろう。



 この好機を逃してなるものか。

 そんな思いで、エミリアの兄妹に対応していると、ビオラ嬢が「お姉様ったら、お義兄様がこんなにかっこいい人なら早く教えてよ!」なんて言い出した。



 自身でも自然と口角が上がるのが分かった。



 何にも考えていなさそうなこの口から出た言葉は、きっと本音だろう。この忖度の無い言葉は、最近窮地に立たされ悪者扱いを受けていた俺にとって、不意打ちの喜びだった。



 そのため、笑みが隠し切れないことを自覚しながらもビオラ嬢に視線を向けると、ビオラ嬢が俺に一緒に踊ろうと誘って来た。しかも、それは決定事項だというような口ぶりだ。



 だが生憎、今日はエミリアを一人にするつもりは無い。そのため、何とか断ろうとしたが、そのタイミングでカリス殿下が現れた。

 そしていきなり、エミリアをダンスに誘っても良いかと訊ねてきた。



 瀟洒な身なりに、軽妙な語り口で俺の顔を窺う殿下。そんな殿下を目の当たりにし、思わず呆気にとられた俺は思考が停止してしまった。



 しかし意識はすぐに現実に引き戻され、咄嗟に先ほどの茫然さを取り繕おうとした結果、気付けば俺はカリス殿下に許可を出してしまっていた。

 そして、エミリアの後押しもあったため、俺はビオラ嬢と踊ることになった。



「お義兄様と踊れるだなんて、とっても嬉しいですわ!」

「俺も義妹と踊れて光栄だ」

「お義兄様は口がお上手ね! お姉様の旦那様がお義兄様で良かったですわ。話してみたら優しいお方だし、ヴァンロージアの領地経営や事業を、お姉様はとっても楽しんでいるみたいだもの!」



 思わずギクッとした。しかし、その動揺を誤魔化すべく笑い返すと、ビオラ嬢も嬉しそうな笑みを向けてきた。



 そんなタイミングで、ダンスの始まりを告げる音楽が流れ出した。すると、それと同時にビオラ嬢による一方的な話が始まった。



 ブラッドリー家に居た頃のエミリアの話。

 ヴァンロージアの砂糖や、リラード縫製のドレスについての話。

 どれもこれも最終的にはエミリア、またはヴァンロージアにまつわる話ばかりだった。



 そして、その中で俺にとって特に印象的だったのは、ヴァンロージアを称賛する内容だった。

 自身の領地や領民をこれほど褒められる機会なんてめったにない。だからこそ、第三者からの客観的な称賛を受け、ついつい頬が緩むのが自分でも分かる。非常に良い気分だ。



 そして話を遮らなかった結果、ビオラ嬢の一方的な話はダンス終了まで続いた。



「――それで、小言ばっかりでうんざりすることもあるけど、お姉さまは誰よりも愛情深いんです。私のお母様のような存在なんですよ」



 一歳違いですけどね、と付け加えると、ビオラ嬢は背景に花畑の幻覚が見えそうな、天使と見紛うほどの笑みを浮かべた。



――兵士たちがビオラ嬢の話をしていたのも分かる。

 この美貌と話術、そして彼女の纏う独特の雰囲気を併せて考えると、社交の花と言われるのも納得だ。



 幸福が満ち満ちたような笑みを向けてくるビオラ嬢を見て、今までの噂を心の中で理解する。そんなことをしているうちに、ダンス音楽は終わりを告げた。



「あら、あっという間だったわ。お義兄様ったら聞き上手なのね。私ばかりが喋ってしまいましたわ」

「気にするな。楽しい話だったよ。ありがとう」

「ふふっ、嬉しい! 滅多に会えないと思いますけれど、これからもよろしくお願いいたしますねっ」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」



 こうして、エミリアの妹であるビオラ嬢を丁寧にエスコートし、彼女の元へと戻った。

 ここまでは、全て順調にいっていた。



 それなのに、ブラッドリー侯爵とビオラ嬢が、最後の最後で俺に対し無礼な物言いを繰り返した。味方に剣を向けられたような気分で、腸が煮えくり返りそうだ。



――エミリアの兄妹だと思って優しく接したのにっ……。

 とんだ尽くし損じゃないか。



 だがそう思うと同時に、ブラッドリー家でのエミリアの処遇の想像が心を過ぎった。

 そして、もしこれが日常だとするならば……そう考えるとエミリアが哀れに思えてきたため、俺はその怒りをグッと胸に押し留めた。



 こうして俺が葛藤している間に、終始一貫無礼だった義兄妹たちは去って行ったため、俺はエミリアに迎えに来たと声をかけた。



――言われたことを気にしていないと思われるよう、きちんと装わなければ。



 そう意識しながら、エミリアに笑みを向けてみた。しかし、俺の努力も空しく、彼女は俺の顔を見るなり謝ってきた。



――笑ったのに謝るのなら、無理に取り繕う必要は無かったな。

 そんなことより、早くカリス殿下に声をかけなければ。



 そんな考えが先行し、エミリアには適当に言葉を返して、カリス殿下に声をかけた。

 すると、会話の中で明日カリス殿下がエミリアに会う、正確には王都のカレン家に訪問するという情報を入手した。



――エミリアは知っていたのか?



 自分だけ知らなかったと言うのなら、良い気分はしない。そのため、エミリアの表情を読み取るべく彼女を一瞥した。

 だが、彼女の真意を探りきる前に、俺の名を呼ぶ声がそれを遮った。



 声の聞こえた方向を見やれば、そこにはジュリアス殿下が居た。そして、殿下はやって来るなり、男性陣で話をしないかと誘って来た。



――行きたいが、今日はエミリアがいる……。



 心の中でそうやって葛藤していると、エミリア本人が行って来いと後押しをした。しかも、殿下がシーシャも用意してあるという。

 そう言われてしまっては、もう行くしかないだろう。



 こうして大義名分を得られた俺は、ジュリアス殿下とカリス殿下と共に、男性陣たちと話をすべく談話室へとやって来た。

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