67話 点数稼ぎ〈マティアス視点〉
今回の舞踏会を機に、俺が心を入れ替えたのだと知ってもらう。そして、少しでも彼女の中の俺の信頼を回復させなければならない。そう思って、彼女と会場までやって来たが……。
――こちらがどれだけ歩み寄っても、全く今までのように接してくれないじゃないか。
軍営からヴァンロージアに帰ったとき、彼女は少なくとも俺に対し、優しさを持ち合わせた接し方をしていた。
だが、今の彼女は一部の隙さえ与えないと言うほど、事務的で冷たい対応しかしてくれない。
昨日の謝罪の後、彼女は捨て置けば良いはずなのに、俺に傷薬をくれた。だからこそ、意外とすぐに良好な関係になると思っていた。
しかし、現実はどうやらそう簡単にいかないみたいだ。現に、彼女は俺と一切視線を合わせようとはしない。
それに、彼女が言われて喜びそうなことを言ってみても、彼女は嬉しさの片鱗すら見せない。
――このままじゃまずいな……。
彼女の芳しくない反応に焦り、心が急くのを感じる。そんな感情を抱えたまま、俺は冷たいエミリアと共に貴族たちの鋭い視線の集中砲火を浴びながら会場入りした。
◇◇◇
――俺には愛想が無いのに、他人には愛想が良いなんて……。
会場入りしてから数分後、俺の心には先程の焦りに加え、靄がかかり始めていた。その靄の原因はもちろん、エミリアの言動だ。
――気に食わない。
真剣に心から謝ったんだから、少しは余地くらい与えてくれても良いんじゃないか?
どう頑張っても俺とは最低限の会話しかしないエミリアが、他人とは談笑している。
その様子は、見ているだけで胸が痛むほど堪える。まるで、自身の愚かさの写し鏡を見せつけられているかのような気分になるのだ。
正直な話、ジェラルドとまでは言わないが、俺にもイーサンと同じくらいの接し方をするようになってほしいとは思っている。
仕方なくだが、これから夫婦として過ごすのだ。それくらい願っても良いだろう。
しかし、今のままではそれもまた夢の夢だ。全然うまくことが運ばず、イライラしてくる。
――はあ、ミアと結婚出来ていれば、こんな思いもしなくて済んだのにな……。
って……それにしても、本当に話しかけてくる奴らが多いな。
エミリアと一緒に対応しているが、入場以降、貴族たちの声掛けが絶えることは無い。
彼女は想像以上に、貴族たちの注目の的だったらしい。もうきりがないくらいだ。
――俺よりも五つ離れているから、イーサンよりも下なんだよな。
一人でずっとこうしてやって来たのか……。
自分よりもずっと華奢で年下なのに、背筋を伸ばし毅然とした様子で笑みを浮かべ、貴族たちと対等に会話を交わしているエミリア。
その姿を見ていると、かつて自身がエミリアに掛けてしまった言葉の数々が脳裏を過ぎり、罪悪感で思わず彼女から目を逸らしたくなった。
そのときだ。会場の入り口から王家入場の合図がかかった。そのため、俺はすぐさま作法として頭を垂れた。
――足音からして、王室の主要メンバーがいるみたいだな。
皇太子妃は出産が近いと聞いたからいないだろうが……。
なんて考えていると、陛下が皆に頭を上げるよう指示を出した。それに従い、俺も指示通りに頭を上げたところ、突如猛烈に射貫かれるような強い視線を感じた。
反射的にその方向を見やれば、そこにはこの国の第三王子が立っていた。
――カリス殿下は何故こちらを見ているんだ……?
そんなことを考えていると、ばっちりと視線が交差した。……かと思ったが、よくよく視線を辿れば俺から少しズレた場所を見ていることに気付いた。
そう、それこそ俺のちょうど隣に立っている人物あたりを。
――エミリア……?
まさかな、偶然こちらを向いていただけだろう。
きっとそうに違いない。
そう思っていたが、その後の挨拶の際、カリス殿下はエミリアのダンスの相手に名乗りを上げた。
――なぜエミリアと踊ろうとする。
エミリアは俺の妻だぞ……?
先ほどの視線が妙に気になったせいなのか、本能的にそのような感情が込み上げた。
しかし、その感情はすぐに引っ込むことになった。その後コーネリアス殿下も名乗りを上げたことで、俺はすべてを察したからだ。
――そうか……。
三男のくせに、敵いもしない長男を相手取って点数稼ぎをしようとしていたのか。
合点がいった。そう思っていると、案の定陛下はコーネリアス殿下の方にエミリアと踊るよう言いつけた。
――俺の妻なんだ。
王太子と踊るというのが、まあ当然の流れだろう。
こうして、陛下の賢明な判断により、俺の心は少し軽やかになった。その後、俺はエミリアに声をかけ、踊るべく王妃をダンスフロアへとエスコートして移動した。
◇◇◇
「マティアス卿は、結婚相手が夫人で本当に幸運ね」
躍り始めるなり、いきなり王妃がそう告げてきた。
――そりゃあ、領地を大崩壊させるような女で無かっただけマシだが、幸運と言われても上手く飲み込めん……。
でも、ミアに似通ったところがある数少ない女という点では、まあ……幸運寄りか。
とりあえず適当に流しておこう。
「っ……確かにそ――」
「突然辺境に行くことになって、一人で本当に大変だったと思うわ」
答える前に、王妃が言葉を重ねてきた。そして王妃は柳眉を八の字にすると、エミリアを労うような発言を始めた。
「お世辞ではなくて、本当にあなたは幸運なのよ。夫人のように聡明な人は滅多におりませんわよ」
「っ……」
「ねえ、あなたは私が夫人をお茶会に誘ったことを知っているかしら?」
――王妃から妻が招待されていたことを知らないとは言えないだろう。
「はい、軽くは……」
「そう……。実は、主催者ではあったのだけれど、緊急の用事でお茶の席を外したのよ。そのとき、彼女にはかなり嫌な思いをさせてしまったの……」
茶会、嫌な思い……愛しい人の死を連想させる言葉だった。
「それは、どういうことでしょうか。嫌な思いとは、彼女に何が――」
「あなたが辺境から帰って来ないことをネタに、他の招待客たちに執拗に詰められたの」
「は……」
「もちろん彼女には謝罪の手紙は送ったわ。ただ、彼女がそのとき他の人たちに返していた言葉を知っておいて欲しいの」
「彼女は何と……」
「夫は責任感のある人で、自身の地位の重みを誰よりも理解している。だからこそ、身を挺しこの国を守るために常に辺境に留まっている。そんな夫に不満は無い、そう言っていたと聞いたわ」
手先が急速に冷えていくのを感じた。心拍も急激に早く、そして強くなっていく。
「たった一人で領地を支えながら、夫人はこんな思いであなたを待っていたの。って……分かっているわよね。余計なお世話をしてごめんなさいね」
「っ……とんでもないです。彼女がそのようなことを……」
「ヴァンロージアの変革も、きっとあなたたちが安心して帰って来られる場所を作ろうと彼女が主となり頑張った結果なのでしょう。実に健気な方ね。大切になさい」
そう言うと、王妃は優美な笑みを浮かべた。その余裕に満ちた笑みは、俺の焦燥を煽った。
――分かってる。
だから昨日も謝罪をしたんだ。
だが、エミリアは一向に俺のことを認めているような様子を見せてくれない。
一体どうしたら良いんだっ……!?
結局、その答えが簡単に出るはずも無く、ダンスの音楽が鳴りやんだ。
そして、俺はエミリアに伝わらない感情に対するもどかしさを増幅させたまま、王妃とともにエミリアとコーネリアス殿下の元に向かった。
そのときの俺は、王妃の視線が俺の薬指に向いているなんて知る由も無かった。
投稿期間が空いてしまい、申し訳ございません。
にも関わらず、ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。
お読みくださる方、ブクマやご感想をしてくださる方には本当に元気をもらっております。
いつもありがとうございます。
次話も、マティアス視点が続きます。




