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64話 思いがけない手回し

 カリス殿下と共にダンスフロアへと移動する道中、近くにいた貴族たちの話し声が耳に届いた。



「ねえ、あれ見て。コーネリアス殿下の次はカリス殿下よ!」

「本当だわ。王族もかなり彼女に関心を示しているのね」

「当たり前だよ。彼女が砂糖事業を成功させたも同然だからね。もっと事業が拡大したら、国益にもなるかもしれないんだぞ?」

「それだけじゃない。ヴァンロージアが一気に肥沃な土地になっている。そのうえ、領主は軍総司令官に息子は軍指揮官と副指揮官、息子嫁は賢妻だ。もし謀反でも起こされたら……」

「っ……!」

「もう分かっただろう? だから王族たちも目をかけてるんだよ」

「そういうこと……。なら、男性陣はマティアス卿と、女性陣はエミリア夫人と仲良くなっておかないといけないわね」



――周りからはそう見られているのね。

 謀反なんて起こすわけがないのに……。



 ビオラの性格が周知のものであることが功を奏したのか、私とマティアス様が不仲だという声は聞こえてこない。それに、カリス殿下が私をダンスに誘ってくださったことについて、不自然だと疑問を呈す人はいないようだ。



 まあ、その理由は決して人聞きのいいものではないが……。

 でも、絶対に謀反は起こさないから問題ではない。



 そう思い、内心ほっと胸を撫で下ろしていると、いつの間にかダンスフロアへと到達していた。



「手を取ってくれてありがとう。誘ったのに断られたら、ちょっと恥ずかしかったからさ」



 ダンスフロアに着くなりそう言ったかと思うと、カリス殿下は苦笑とはにかみが入り混じったような表情を向けてきた。



――ありがとうはこちらの台詞よ。

 気遣わせないように言ってくれているのね。

 いったい、この人の優しさはどこから来ているのかしら?



 カリス殿下の発言の裏に隠された意味を感じ取り、思わず胸がギュッと締め付けられる。

 しかし、彼が隠している意図を指摘するのは無粋というもの。



 それに、カリス殿下が私を誘った理由に牽制の意味はないことは、私が一番よく分かっている。そのため、私は彼の意図に気付いていないふりをし、礼を告げることにした。



「カリス殿下が来てくださって良かったです。こちらこそ、誘っていただきありがとうございます」



 見上げてそう告げると、私の言葉に呼応するようにカリス殿下はふっと優しく微笑んだ。と思ったのも束の間、彼の表情は一瞬で真面目を帯びた。



「ところで、エミリア」



 心臓がドクンと脈を打った。



 私の名を呼ぶ彼の声が、身体中に響くような感覚がする。だが、これは恐怖から来る感覚ではない。



――絶対に聞かれると思っていたけれど、マティアス様のことよね……。



 カリス殿下に最後に会った日となる一昨日、私は彼にマティアス様は王都には来ていないと伝えていた。それなのに、私は今日マティアス様と参加したのだ。



 私とマティアス様の姿を最初確認した時、カリス殿下の表情は確実に険しさが滲んでいた。そして今、目の前の彼は険しさこそ感じないものの、真剣そのものといった表情で私に視線を注いでいる。

 その瞳は、まるで私の心を見透かしているのではないかとすら思えてくるほどだ。



「……」

「エミリア、なぜ彼が一緒に居るんだ?」



 ついに核心となる質問をされた。刹那、ダンスが始まる音楽が流れ始めた。そのため、私は踊り始めると同時に、カリス殿下の質問に答えを返した。



「……一昨日帰宅した後、到着されたんです」

「王都に来ると知っていたのか?」

「いえ、私も屋敷の者も皆知りませんでした。突然のことでしたので……」



 隠すことなく、ありのままの事実を告げると、カリス殿下は軽く息をつく様子を見せた。

 そして、表情の強ばりを崩し、心情がそのまま表出したような声で話を始めた。



「エミリア……っ僕は君をマティアス卿と二人きりにさせたくない」

「なぜ……」

「なぜって……分かるだろう? 証明してもらうまで、僕はマティアス卿のことは信用できない。それに、そんな人とエミリアを一緒にはしたくない」



 そう言うと、彼は心配を滲ませた眼差しを向けてきた。その視線を向けられ、私は罪悪感が込み上げ始めていた。



――これは私の問題よ。

 何故そこまで……?

 私のせいでカリス殿下の手を煩わせたくないわ。

 それに証明なんて……。



「カリス殿下、大丈夫ですからどうかお気になさらず――」



 カリス殿下を巻き込むのは違うだろう。そう心が咎め、私はカリス殿下に虚勢を張ろうとした。

 しかし、カリス殿下はそんな私の言葉を一蹴するように、言葉を重ねてきた。



「あんな話を聞いて放っておけるわけないじゃないか。それとも、本気でマティアス卿と一緒に過ごしたいのか……?」



 いつもの朗らかさは一切無く、笑顔も見えないカリス殿下。その表情には、悲哀が色濃く滲んでいた。



 そんな彼の顔を見ると、本気で自分のことを心配してくれているんだということが痛いほどに伝わってくる。そのせいか、彼の問いかけに、肯定も否定もすることは出来なかった。



 何を言ったとしても、彼がすべて受け入れてくれそうだと思えてくるのだ。



――マティアス様と望んで一緒に居たいわけなんてない。

 だけど……カリス殿下に言えるわけも無い。

 もうそんなに私に優しくしないで。

 縋ってしまいそうよ……。



 助けてほしいと思ったり、優しくしないで欲しいと思ったりする自分の矛盾さに、心が追い付かない。カリス殿下の顔を見ていると、思わず気が緩んで何もかも溢れさせてしまいそうになる。



 でも、私はヴァンロージアもブラッドリーも背負っている。その場から、逃げ出すなんて許されない。自身の言動一つに民の命や生活が懸かっているのだ。



 そのため、それらの気持ちを殺し自制しようと、軽く目線を下に向け、カリス殿下を視界から外した。

 だがその瞬間、カリス殿下のひときわ優しい声が耳に届いた。



「無理に話さなくていい。大丈夫だから」

「えっ……」



 反射的に彼を見上げた。すると、困りの色は見えるものの、軽く口角を上げ、穏やかな表情をしたカリス殿下と目が合った。

 そして、そんな彼は思ってもみない発言を始めた。



「今日は少なくとも、エミリアがマティアス卿と二人きりになることは無いようにしたんだ」



――ん?

 どういうこと……?



 カリス殿下が何を言っているのか自体は分かるが、理解が追い付かない。

 そのため、反射的に質問を投げかけた。



「どういうことですかっ……」

「その言葉の意味通りだよ」



 そう言葉を返すと、カリス殿下はさも当たり前とでも言うような口調で、淡々と説明を始めた。



「ジュリアスに協力を仰いで、エミリアとマティアス卿が二人きりにならないようにしたんだ」

「ジュリアス……殿下?」

「ああ、そうだ。勝手なことをって思ったかもね。でもその通りだから、嫌だったら僕を責めてくれ。これは、僕がスッキリするための自己満足だし」



 そう言うと、彼は踊りには支障ない程度に、軽く肩を竦めるような動作をした。

 一方、私はそんな彼の様子を見て悟った。



――自己満足なんかじゃない。

 気付いているんだわっ……。



 そう思った時には、自然と言葉が口を衝いて出ていた。



「私があなたを責めることはありません」



 その言葉を聞くと、カリス殿下は目を見開いたかと思えば、踊り始めてから初めて破顔した。



「そうか。それなら良かったよ! エミリアは優しいな」



 本当に軽い言い方だった。

 ただ、これは暗い空気を払拭するためにわざとそうしたのだろう。周りの貴族に重い話をしていないと思わせる意図もあったはずだ。

 しかし、そうとは分かっているが、あまりの軽さに私は思わずポカーンとしてしまった。



 すると、茫然とした私に対し、そうだそうだと何かを思い出したかのような反応をしながら、カリス殿下が茶目っ気たっぷりの笑顔で話を続けた。



「エミリア、そのドレスはリラード縫製のドレスだろう?」

「はい」

「エミリアの魅力が引き立っていて素敵だよ。そんな素敵なドレスを選ぶなんて、エミリアはセンスがあるな」



 さっきまでの話と違い過ぎて、一瞬時が止まった。しかし、悪戯な笑みを浮かべる彼の表情を見て、本当に普段通りの彼になったのだと思い、ふっと気が緩んだ。



――周りの貴族たちに重苦しい空気を悟られないよう、私もいつものモードに切り替えなきゃ……。



「もうっ……からかっているのですか?」

「僕は思ったままを言っただけだよ?」

「本当に? って冗談です。ふふっ、ありがとうございます」



 そう言葉を返すと、カリス殿下もニコニコと楽しそうに笑ってくれた。やはり彼は笑顔が一番だと、そう思った瞬間だった。



 それ以降、カリス殿下は曲が終わるまでずっと楽しい話ばかりをしてくれた。だが、そんな楽しい時間にも終わりは来るわけで……。



――最初こそ長く感じたけれど、本当に一瞬で終わったわね。



 そう思っていると、一緒に居たカリス殿下がポツリと呟いた。



「一瞬過ぎたな」



 その声を聞き、私は自身の心の声がカリス殿下に聞こえたのかと思った。しかし、彼の視線を見るに、どうやら本当に独り言だったようだ。

 なんて思っていると、聞き馴染みのある声が耳に届いた。



「あ! お姉様! お迎えに来たわよ~」



 声が聞こえた方向を見ると、お兄様にエスコートされながらマティアス様を引き連れているビオラがいた。



 ビオラが「お義兄様、お姉様よ!」なんて言うたびに、アイザックお兄様がマティアス様に厳しい視線を向けていることに、彼女はどうやら気付いていないようだ。



――ああ、また嵐がやって来たわ……。



 そう思い、私は再び頭を抱えそうになった。

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