60話 謎の申し出
王族たちが入場してくる。そのことを理解した瞬間、会場中の視線すべてが扉に集中した。その直後、扉が開かれるタイミングに合わせ、私は急いで礼の姿勢をとった。
それからしばらくすると、入り口とは反対側から陛下の声が聞こえた。
「皆、頭をあげよ」
その声に従い、私も他の貴族と同様に顔を上げ、陛下たちのいる方に視線を移した。すると、驚く光景が目に入ってきた。
――まあ……今日は王族勢ぞろいなのね……。
すごいわ……。
視線を向けた先には、陛下や王妃様だけでなく、王太子のコーネリアス殿下、次男のジュリアス殿下、そして三男のカリス殿下までもが揃っていた。
今日のように皆が出席する会は、王室主催といえどそう多くはない。そのため、珍しいこともあるものだと思いながら、私はその光景を眺めていた。
すると、そのような中、陛下が言葉を続けた。
「今日の王室主催の舞踏会、皆よく集まってくれたな。感謝する。最後まで楽しんでいってくれ。これを以て、開会の宣言とする」
その言葉を確認し、いよいよマティアス様と踊らなければならないのかと、憂鬱な気持ちになった。それと同時に、一昨日のカリス殿下との話を思い出した。
――あの話の後にマティアス様と一緒に居るところを見られたら、何だか気まずいわね……。
カリス殿下……今どんな顔をしているのかしら?
気まずいのについ気になってしまう。遠くだからバレないだろうか?
そんな考えの元、私はこっそりとカリス殿下を盗み見た。
そのつもりだったが、カリス殿下とそれはもうばっちりと目が合ってしまった。表情にはあまり出していないが、カリス殿下はどことなく険しさを孕ませた表情をしているような気がする。
そのことに気付き、私のカリス殿下に対する気まずさがより深みを増した。
そんなとき、突然、隣にいたマティアス様が、私の耳元に顔を近付け内緒話をするかのように声をかけてきた。
「エミリア」
「な、なんでしょうか……」
「少々陛下に挨拶に行きたい。一緒に来てくれるだろうか?」
その言葉を聞き、内心なんてタイミングなんだと頭を抱えそうになった。
しかし、戦地で軍指揮官として働いていたマティアス様が陛下に挨拶に行くのはごく自然なこと。そして、妻である私も一緒行くのは当然の通り。
ということで、私はその言葉に頷くしかなく、マティアス様に連れられて陛下たちの目の前にやって来た。
――カリス殿下の視線が痛いわっ……。
私と一番離れたところにいるというのに、見なくてもカリス殿下の視線が伝わってくる。そんな中、マティアス様はそのまま陛下と話を始めた。
「マティアス・カレン、無事帰還しましたこと、陛下にご報告させていただきます」
「そうかしこまるな。そなたの指揮官としての腕は、私の耳にも届いていた。よく辺境を守り抜いてくれた。礼を言おう」
そう声をかけられると、マティアス様は「もったいなきお言葉、ありがたく存じます」と言い、屈託のない笑みを浮かべた。
すると、陛下はそんなマティアス様の笑顔を見て、さらに言葉を重ねた。
「そなたとは、より深い話がしたい。明日、そなたの父が来るとき、共に王城に来なさい。そのとき、改めて話をしよう」
「承知しました」
「ははっ、そう堅くなるな」
そう言うと、陛下は何やら閃いたように、マティアス様にある提案をした。
「マティアス卿」
「はい」
「そなたは戦に貢献した英雄だ。今日の舞踏会、ぜひ、王妃と踊ってくれ」
「王妃様と……ですか?」
予想外の提案だったのだろう。さすがのマティアス様も驚いた声を出した。だが、彼は即座に冷静さを取り戻し、陛下に言葉を続けた。
「身に余る栄誉、誠にありがたく存じます」
その言葉を聞き、陛下は満足げな笑みを浮かべた。陛下の隣にいる王妃様も、穏やかな笑顔でマティアス様に笑いかけている。
――当然のことだけれど、王妃様と踊る資格があるというくらい、陛下はマティアス様のことを認めていらっしゃるのね……。
世間と私のマティアス様に対するギャップがどんどん開いていく。そんな現実を突き付けられ、私の心にはついため息をつきたいような、そんな気分が侵食してきた。
そのときだった。突然、陛下が会話対象を私に変えた。
「エミリア嬢……いや、失礼。エミリア夫人」
「はい、陛下」
不意打ちだったが、きちんと返事が出来て良かった。そんなことを思っている私に、陛下は言葉を続けた。
「夫人は私と……と言いたいところだが、実は今日は膝の調子が悪いんだ」
そう言うと、陛下は自分の症状を強調するかのように右膝を指差した。そのため、私は陛下に申し上げた。
「私のことはお気になさらないでください。陛下が無理をなさっては、皆が心を痛めます」
――それに、マティアス様が王妃様と踊るからと言って、私が陛下と踊るだなんて考えてすらいなかったわ。
なんて内心で思っていた。すると、そんな私に陛下は貫禄のある笑みを浮かべ、言葉を返してきた。
「夫人ならそう言うと思ったよ。だが、踊る相手は必要だろう。だから、息子の誰かと――」
そこまで聞こえたところで、カリス殿下が陛下に近付き、「でしたら、私が――」と声を発したところまでは聞こえた。
しかし、そのカリス殿下の声は、ある人物によってかき消された。
「お相手には、ぜひ私をお選びください」
聞き間違いかと思った。だが、その声の聞こえた方向を見ると、そこには予想通り、笑みを浮かべて佇むコーネリアス殿下がいた。
――カリス殿下ならまだ分かるけれど、なぜコーネリアス殿下が私と……?
今まで交流一つしたことが無いというのに……。
まさか、コーネリアス殿下がそのような申し出をするとは想像もしていなかった。きっと、今の私のどうして? という思いは、皆に伝わっているだろう。
しかし、コーネリアス殿下は間髪入れず、再度陛下に口を開いた。
「父上、よろしいでしょうか?」
そう訊ねられると、陛下は少し考え事をするように視線を動かした。その直後、誰に視線を向けるでもなく、陛下が口を開いた。
「夫人は人気者だな。まあ、今回は私の代理だから、王太子のコーネリアスで良いだろう」
そこまで言うと、陛下はカリス殿下に「カリスは後で夫人に頼むといい」と声をかけ、殿下の申し出をシレっと取り下げた。
そして、陛下は私に向き直ると、社交的な笑みを浮かべながら、逃さないというように目を合わせ話しかけてきた。
「ということだ、夫人。だから、マティアス卿が王妃と踊る間、夫人はコーネリアスの相手になってやってくれ」
「は、はい……承知しました」
怖いわけではないが、陛下から妙な圧を感じる。そのため、少し戸惑いながらも、何とか承知の旨を伝えたところで、次の曲が始まる合図が聞こえてきた。
すると、隣にいたマティアス様が話しかけてきた。
「踊り終わったら、すぐにエミリアのところに行くから待っていてくれ。じゃあ、行くからな」
一方的にそう告げると、マティアス様は王妃様のエスコートを始めた。王妃様相手という要素を引き抜いて見ても、かなり真摯なエスコートだと思う。
そのことに気付き、内心驚いていると、いつの間にかコーネリアス殿下が私の目の前にやって来ていた。そして、彼もマティアス様が王妃様にしたのと同様に、手を差し出し、声をかけてきた。
「それでは、私たちもダンスフロアへ移動しましょう」
そう声をかけられ、私はコーネリアス殿下のエスコートの下、ダンスフロアへと足を進めた。




