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56話 不信感

 マティアス様がお義父様に連れていかれてから、一時間以上が経過した。そんな時、唐突に部屋の扉がノックされた。



「見てまいりますね」



 そう言って歩き出したティナの顔は、隠す様子も無く強張りを見せていた。そのため、私も扉の向こう側の人物が誰なのかと心配をしながら、扉に目を向けた。



 それから数秒後、開いた扉の先に立っていた人物を見て、私の警戒は少し緩んだ。



「ロベル卿、どのようなご用件でしょうか?」



 ティナも私と同様少しほっとしたのだろう。安堵を覗かせた口調でそう問いかけた。


 

 だが、そのティナの質問に対するロベル卿の答えを聞き、私たちの間には再び戦慄が走った。



「旦那様にエミリア様を呼び出すよう命じられて参りました」



 そう告げると、ロベル卿は気まずそうな表情をしながら、部屋の中にいる私に視線を送ってきた。



――行かない訳にはいかないわ。

 お義父様が呼び出したということは、マティアス様と私を会わせても良いと判断したからよね……。



 そうと分かっても、私の中の不信感や怖気は消えない。

 だが、仕事として私を迎えに来たロベル卿を困らせるわけにはいかず、ロベル卿に導かれながら、私はティナと共に呼ばれた書斎へと向かった。



 ◇◇◇



「では、エミリア様だけお入りください」

「どうしてですか? 何故私は入ってはいけないのでしょうか?」



 部屋に着くなり、ロベル卿に言われた言葉にティナが怒りを纏わせた言葉をぶつけた。


 

 ただ、私がこのティナの言動を咎めることは無かった。このことに関しては、私もティナと同意だったからだ。

 そのため、私もロベル卿に話しかけた。



「それ相応の理由があれば、私もその通りにいたしたく存じます。しかし、特段の理由が無いのでしたら、ティナも一緒に部屋に入らせていただきます」



 私にしては強気に出た。そのせいで、少し心臓がドキドキとする。だが、私は目を離すことなくロベル卿を見つめ続けた。



 すると、ほどなくして彼の口から言葉が零れ落ちた。



「……っ、旦那様に確認してまいります」



 そう言うと、彼は複雑そうな面持ちで室内へと入って行った。



 見つめ続けている間もだが、ロベル卿はずっと目を泳がせていた。そのことから、ふと彼の自己判断による言葉だったのではないかと思った。



――だとしたら、なぜそんなことを……?



 そんな疑問を抱えたながら、私たちは室内に入ったロベル卿を待っていた。

 すると、間もなくしてロベル卿ではなく、お義父様自らがドアを開けた。



「エミリアっ……。来てくれたこと、心から感謝する。エミリアの使用人として、ティナの入室も勿論許可しよう。さあ、入ってくれ」



 そう言うと、お義父様は扉を大きく開き、給仕のように私を室内へ入るよう促した。



 だが、入室するための一歩を踏み出そうとした私の足は竦んだ。この部屋の中に、マティアス様がいると分かっているからだ。



 お義父様が呼んだということは、恐らく謝罪が目的だろう。

 正直、最後にヴァンロージアで会ったマティアス様を思い出すと、謝罪をしてくれるなんて思えない。いくらお義父様に諭され説教されたとしても、心からの謝罪なんて考えられなかった。



――それに、ミア・オルティスのことが死んでもなお好きだと言うのに、彼が私に心から謝る理由も無い……。



 考えれば考えるほど、私自身の心が荒んでいくような感覚に陥る。

 貴族同士の政略結婚だからこそ、このようなことで悩むことになるとは思ってもみなかった。



 いや、政略結婚だからこそ起こった問題かもしれないのだが……。



 とはいえ、ここまで来たならもう腹を括るしかなった。

 そのため、私はついにマティアス様が待ち構えている部屋へと踏み込んだ。



「エミリアっ……」



 入室するなり、頬を内出血しているマティアス様と目が合った。かと思えば、マティアス様は私の方へと駆け寄ってきた。



 だが、私の身体は自然と近付いてきたマティアス様から一歩引いた。



「あっ……すまない。エミリアを怖がらせる気は――」

「お構いなく」



 別人格が憑依したのか、多重人格者なのか。

 そう思う程のマティアス様の変わりように動揺し、私は思わずピシャリと彼の心を跳ね除けた。すると、彼は一瞬傷付いたような表情をした。



――何であなたがそんな顔をするの……?



 悪いわけじゃないのに、何だか私が悪者になったかのような気持ちになってしまう。

 しかし、そんな自身の気持ちに気付かないふりをしながら、私はお義父様に向き直り声をかけた。



「私をお呼びになった理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」



 本当は分かっている。だが、一応訊ねてみた。すると、返事は案の定だった。



「エミリアに謝罪がしたかったんだ。とりあえず、そこに座ってくれ」



 そう言葉を返したお義父様の顔を見ると、悲痛を孕んだ険しい表情をしている。なんて思うが、私もきっと険しい表情をしているのだろう。



 そう自覚しながら、私は複雑な心境の中、促されるままソファに腰掛けた。

 そして、これからの流れを考えたが、それだけで辟易とした気分になる。



――謝られても、結婚しているからには答えは一つしかないわよね。

 結婚は個人ではなく、家同士の繋がりだもの。

 それに、私の選択一つに領民の未来が懸ってるわ……。



 これから謝られることを理解し、逃れられぬ現実を突き付けられたようで、一気にナーバスな気持ちになる。



 するとそんな中、マティアス様が私の前に一気に距離を詰めるように近付いてきた。



 そうかと思うと、突然片膝を突き私の目の前に跪いた。そして、そんなマティアス様の動きに連動するかのごとく、お義父様も目の前に跪いた。



 私はと言うと、マティアス様のあまりの変わりように思わず言葉を失ってしまった。


 

 ふと、眼前に跪いた彼らの背後に立っているロベル卿がふと視界に入った。すると、彼も驚いた表情をし、ティナとマティアス様を見比べるような様子を見せた。



――まさか、マティアス様がティナの前で、私に跪く姿を見せるだなんてっ……。



 そんな衝撃を受ける最中、その発端であるマティアス様が私をジッと見つめて口を開いた。



「エミリア、本当にすまなかった。結婚を認めないと言ったことも、あなたに酷い態度をとったこともすべて謝りたいっ……」



 本気で予想外だった。あまりの手のひらの返しように、様々な疑念が脳内をグルグルと回り出した。

 だが、マティアス様はそんな私を置き去りに、さらに言葉を続けた。



「俺はエミリア……あなたが王都に行った後、あなたについていろいろと考えた。そこで、自身の考えを改めねばならぬことに気付いた。……エミリア、俺はあなたとなら婚姻を続けたい」

「えっ……」



 目の前にいるのは、マティアス様にそっくりな知らない別の誰かなのだろうか。

 そう思いたくなるほどに、マティアス様はマティアス様らしからぬ発言をした。



 そんな彼に、私の理解が追い付くはずも無く、何なら頭が痛むような気さえし始めた。しかし、彼がそんな私の状況に気付くはずも無く、話は続いた。



「今まで君のことを蔑ろにし、酷く扱って悪かった。すぐに許せないのも分かる。だが、謝らせてほしい」



――何でそんなに考えが、心が、すぐに変わるの?

 何がどうなっているの……?



 そんな疑問をつい持ってしまう。そんな私に、マティアス様はとんでもないことを告げてきた。



「エミリア……気のすむまで俺のことを殴ってくれ」

「えっ……手を痛めたくないので嫌です」



 反射的にあまりにも本心過ぎる言葉が口からついて出た。だが、私は言葉を止めようとは思わなかった。



「それに、今あなたに暴力を働いても何も解決しませんから」



 そう告げた途端、マティアス様の顔はボッと赤面した。



――しまったっ……!

 怒らせたかしら……。



 彼の激昂した姿を思い出し、ハッと恐怖が蘇りかけた。

 しかし、彼は顔を軽く伏せるなり、急いで絞り出すような掠れた声で、予想に反する言葉を発した。



「そう、だよな……すまない」



 その言葉を聞いた瞬間、心臓が再び動き出したような感覚になった。マティアス様が怒りで赤面したわけではないと気付いたからだ。


 

 そのため、少し安堵した私は、ずっと疑問に思っていたことを勇気を出して訊ねることにした。



「……っなぜあんなにも私を拒絶していたのに、受け入れられたんですか?」



 そう問うと、マティアス様はギュッと顔を歪めた。その反応に思わず握りしめる手に力が入ったが、彼は意外にも大人しく言葉を返した。



「俺は君のことを何も分かっていなかった。君に勝手に決めつけるなと言われたのに、結局先入観で君を決めつけ怒鳴ってしまった。実はここに来る前、領民たちからの手紙を読んだんだ。これだ。一部持ってきた」



 そう言うと、彼は近くにあった袋から、手紙らしきものを数枚取り出した。そして、そのままその手紙を私に差し出して来た。



――領民からの手紙って、まさか目安箱のことを言っているわけではないわよね……?



 そんな懸念を抱えながら彼の手紙を見ると、『エミリア様へ』と書いている文字が目に入った。

 その文字の羅列を確認し、目安箱の投書ではなく、本当に手紙を領民が書いてくれたことを理解した。



 そのため、私は渡された手紙に素直に目を通し始めた。それから、二通目の手紙を読み始めたところで、マティアス様が私に声をかけてきた。



「クロードとビアンカとナヴィが持ってきてくれたんだ」

「っ! あの三人がですか……?」



 驚きのあまり思わず訊ねてしまった。そのことに内心焦っていたが、マティアス様は今の表情を崩すことなく言葉を返してきた。



「ああ、そうだ。……学堂の子どもたちが発端となり集まった手紙だと聞いた。本当に情けないが、その手紙を読んで、君が領地にどれだけ尽くしてくれたか、そして、君という人を粗雑に扱った俺がどれだけ愚かだったかを理解した。……本当にすまなかったっ」



 手紙には、確かに私が行ったことに対する感謝の言葉が綴られていた。


 

 ただ、手紙を読んだからには、今のマティアス様の発言に対し、一つ思うことがあった。

 手紙ではないものの、私はこのことはきちんとマティアス様に書類で説明をしていたはずなのだ。



 私の説明が不十分だったかと問われれば、それはそうかもしれない。しかし、少なくとも今手元にある子どもからの手紙よりは、分かりやすく書いていたはずだ。



 手紙自体は本当に嬉しい。こんな状況でなかったら、それは感動して読んだだろう。ずっと取っておいて宝物にしたいくらい、大切な領民の想いだと思う。



 だがその一方で、このような内容の手紙だけでこうも言動が変わるマティアス様に対し、私の中の不信感は間違いなく高まった。

前回投稿から時間が経ちすみません。

いつもお読み下さり、本当にありがとうございます✨

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