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53話 認めない理由

 予想だにしない話を聞き、頭が真っ白になりそうになる。しかし、ティナの声だけは、私の耳の中に入り込んできた。



「イーサン様から聞き出しました。当時のマティアス様は、ミア・オルティスをそれはそれは溺愛していたそうです」



 そこまで聞き、私は気が遠くなるあまり意識を失うのかとさえ思った。



 ミア・オルティス。彼女はティセーリンの貴族女性の間では、稀代の悪女として知られている有名な人物だ。そんな人とマティアス様が深い関係にあったなんて、考えてもみなかった。



 彼女は結婚して王都に来るなり、何人もの貴族男性と不倫の限りを尽くした。それも、既婚男性限定でだ。

 その勢いは増し、ついには現国王の妹君の旦那である公爵閣下にも手を出したため、女性陣の本気の社会的な制裁を受けたという。



 するとそんなある日、彼女は謝罪と称して、制裁に加担した奥方を全員呼び出した。

 そしてあろうことか、自身を責めたという罪悪感を抱かせるために、呼び出した女性たちの目の前で自決したのだ。



 その結果、彼女の思惑通り、自決させてしまったと心を病む女性陣が多数出た。また彼女らは、自身の行動が自決に繋がったと知られたくなく、ほとんどが口を噤んだ。



 一方、不倫した男性もこれ以上不倫について言及されないようにするため、ミア・オルティスのことには口を閉ざしたそうだ。

 よって、彼女の死の原因が貴族全体に広がることは無かった。



 だが、人の口に戸は立てられぬもので、女性たち限定のサロンなどを通し、女性陣の間ではその話が知れ渡った。そのため、ミア・オルティスは貴族女性の間では悪女として有名なのだ。



 その事件は、私のデビュタント以前に起こったものだ。よって、私はミア・オルティスの顔を見たことは無いが、清廉な雰囲気が漂う相当な麗人だったという。



――そんな人とマティアス様が関係を持っていた……。

 一体いつから、どういう経緯で?



 そんなことを考えていると、ティナがさらに言葉を続けた。



「ミア・オルティスですが、イーサン様の話によると、自殺前にマティアス様に結婚しないでくれという手紙を残したそうなんです。それに、自殺理由は女性たちからいじめられたことと、女性たちに騙された夫から迫害を受けたことだと、エドワード様が仰られていると……」

「は……?」



 とんでもなく都合の良い話だったため、思わず驚きのあまり間抜けな声を漏らしてしまった。すると、そんな私にティナは言葉を続けた。



「あの女、とんでもない大嘘つきですね。よくもまあ、こんなにマティアス様やイーサン様を騙したものです」

「だから……っマティアス様は私を受け入れなかったの?」

「恐らく、その通りかと……」

「では……なぜイーサン様は私にそのことを教えてくれなかったのかしら?」



 心から出た素朴な疑問に、ティナは悔しそうな表情をして答えを返してきた。



「マティアス様は長男かつ次期領主だからこそ、結局は結婚を受け入れると思ったそうです。それに、妻と認めない理由が、生者ならまだしも死者ということで、とてもエミリア様には伝えられなかったと……」

「そう……。そういうことだったのね……」



 その言い分を聞き、私は肩を落としてがっくりと項垂れた。



――マティアス様が私を受け入れなかった理由がやっと分かった。

 だけど、よりによって不倫して悪女と言われている人が原因だったなんて……。

 マティアス様が私を受け入れる未来は見えないし、一体どうしたら良いの……?

 もう何をしたって、きっと無理よ……。



 そんな思いが込み上げ、ティナの説明を聞き終えた私は絶望感に浸っていた。

 正直、これからもうどうしたら良いのかも分からない。



 夫婦関係や、跡継ぎ問題、領地経営や改革に、家の切り盛り、他にも考えなければならない問題がたくさんある。しかし、マティアス様と私の今の仲では、とてもそこまでに至らない。



――マティアス様には大嫌いと言ったのが最後だったし、これからどうなるの?

 ヴァンロージアも一体どうなってしまうの?



 そんな不安に駆られていた時だった。突然、外から騒がしさが伝わってきた。しかも、その騒がしさは、どんどん私の部屋へと近付いてきているようだった。



――どうしたのかしら?

 お義父様が戻ってきたの?



 そう思っていると、私の部屋にノック音が響いた。



「行ってまいります」



 そう言うと、ティナは立ち上がり扉に向かって歩みを進めた。そして、扉を開けるなり戦慄の表情を浮かべた。



――誰なのかしら……?



 あまりにも衝撃を受けた顔をするものだから、何だか怖くなってくる。そのときだった。

 扉が大きく開き、部屋に訪問してきた人物の全体像が見えた。



「な、何でっ……」



 私の目には、ここにいるはずのないマティアス様の姿が映った。私は夢か幻覚でも見ているのだろうか。



 そう思っていると、扉口に立つマティアス様が口を開いた。



「エミリアっ……!」



 名前を呼ばれ、思わず息が詰まった。酷く痛ましげな表情をし、切なげな声で名前を呼ばれたからだ。



――何でマティアス様がここにいるの?

 どうしてそんな顔で、声で、私の名前を呼ぶの?

 意味が分からない……。

 何が起こっているの……!?



 様々な思いが錯綜しているというのに、答えという答えは一切思い浮かばない。というよりも、私はマティアス様を見た時点で、思考が停止しているも同然の状態になっていた。



 すると、そんな私に対しマティアス様は再び声をかけてきた。



「エミリア、あなたと話を――」



 マティアス様が私に何か話をと言っていたが、彼がそれより先の言葉を続けることは無かった。



 騒ぎを聞きつけたお義父様が部屋に来るなり、マティアス様の横っ面を思い切り拳で殴りつけたからだ。

 そして、お義父様はマティアス様を殴るなり、彼に怒声を浴びせ始めた。



「帰ってきたら、俺のところに来いと言ったはずだ! よくもエミリアに話しかけに来られたものだ! 一からお前の性根を叩き直してやる。来いっ!!!!!!」

「俺はエミリアと話を――」

「うるさい! 黙れ!」



 そう言うと、お義父様は怒りの形相でマティアス様の鳩尾に攻撃を食らわせ、そのまま腕をひねり上げた。

 すると、罪人を連行するかのように、マティアス様を連れて、そのままどこかに向かって歩き始めた。



 私はというと、完全に脳がフリーズしてしまったため、目の前で繰り広げられる光景に戸惑いながら、声も発さずただただ二人を見送った。

次話、マティアス視点です。

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