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51話 決意した男〈カリス視点〉

 宮に来て用意した部屋へと案内すると、ジェラルドは興奮した様子でピアノを見てはしゃいでいた。



 そのため、ジェラルドに「弾いてくれるかな?」と訊ねると、照れくさそうな反応を見せた。かと思えば、ジェラルドはエミリアも一緒に弾くように誘い始めた。



 可愛い二人が演奏する姿を見られるなんて、最高以外の何物でもない。

 そのため、思ったままに「楽しみだ」とジェラルドとエミリアに声をかけた。



 すると、エミリアは僕の顔を見てジェラルドと同じく少し照れた顔をした後、二人でピアノを演奏してくれた。

 本当に息が合っていて、想像以上のクオリティに感心せざるを得なかった。エミリアとジェラルドという色眼鏡無しにしても素晴らしい演奏だった。



 そのため、抱っこが好きなジェラルドを、僕はお礼とばかりに抱き上げた。その瞬間、本当にマティアス卿が羨ましく思えた。



――ああ、彼は領地でこんな幸せが毎日続く生活が出来るのか。



 そう思ったからだ。



 すると、そんなことを思っていた僕に、ジェラルドが少し気を遣ったように控えめな様子で話しかけてきた。その内容がエミリアと連弾曲を増やしたいというものだった。



 エミリアとこれから共に過ごす未来があるからこそ出る発言に、正直僕は胸が軋んだ

 だが、そんな僕の感情より今はジェラルドの頼みだ。



 可愛いジェラルドからの頼み。聞けるならば聞いてあげたい。だが、あいにく僕が暗譜している連弾は一曲しかなかった。



 いつかエミリアと弾いてみたいな、なんて僕の邪心がきっかけで唯一練習した連弾曲だった。自分でも変態だということは十分自覚している。



 だが、アレンジをすれば別だが、オクターブが届かないと弾くのに厳しい曲だった。そのため、ジェラルドはまだ弾けないかもと伝えたが、聴きたいとの要望が返ってきた。



 ただ、聴きたいと言われても、連弾曲なだけに相手が居ないと聴かせてあげられない。それに、エミリアがこの曲を弾けるのかも謎だ。



――しかも、よりによってこの曲。

 一緒に弾こうと言って、引かれやしないか……。



 そんな不安と淡い期待を抱きながら、メロディーを実演しながら僕は勇気を出してエミリアに弾けるか訊ねた。



 そして、返ってきた返事がまさかの弾けるという答えで、正直驚いた。

 でも、こうして弾けると分かったからには弾くしかない。ということで、パートを決めた後にジェラルドを下ろし、エミリアと横並びになるよう座った。



 彼女とこうして横並びに座っただけで、彼女の存在を意識して恥ずかしい程にいちいちときめく。



 演奏を始めた後も、一緒に弾いていることが夢のようで、天にも昇るような思いだった。それに、彼女の綺麗な指が視界に入るたび、僕の心臓はいともたやすく跳ねた。



――こんなんじゃ彼女を一生忘れられない。

 彼女への恋心をどう手放したらいいんだ……。



 そんな思いの中、演奏が終了した。

 きっと、演奏終了時の僕は、緊張とドキドキで顔が赤らんでいただろう。それに、ジェラルドの褒め言葉も、そんな僕の熱にさらに拍車をかけた。



 でも、あまり照れた姿を見せたらかっこ悪い。そう思い、「照れるなぁ。嬉しいことを言ってくれるね」なんて、余裕ぶった返しをした。



 だが、エミリアを見ると、僕が照れている様子に気付いたように、楽しそうに笑っていた。



――やっぱり、エミリアの前では余裕を演じ切るにも限界があるな……。

 余計情けない姿を見せてしまった……。



 そんなことを考えていると、ジェラルドが後一曲だけ弾いてほしいと頼んできた。



 こんな願いは僕にとってお安い御用だ。そのため、誕生日のプレゼントの一部と称し、あの曲を弾くことにした。



 その曲は、エミリアが以前一番好きだと言っていた曲だった。ピアノを始めてすぐの頃、エミリアと話をする中で、偶然知り得た情報だった。



 そして、僕ももともと好きな曲だったため、エミリアが好きな曲だと知って以来、僕はこの曲だけはずっと練習していた。

 彼女が好きだと言うからには完璧にしたいという、完全な僕の下心だった。



 そして、演奏が終わるとジェラルドが嬉しそうに話しかけてきた。



「これリアが一番好きな曲なんだよ! 演奏してくれてありがとう!」



 うん、知ってる。そう思いながら、僕はきちんと礼を告げたジェラルドに感心していた。

 そして、楽しんでくれたかと問いかけると、ジェラルドは嬉しそうに口を開いた。



「うん! リアがピアノが上手い人は王都でモテモテだって前に言ってたんだ。カリス殿下は、明日の舞踏会でモテモテだね! ちなみに僕の目標は、リアにモテモテになることなんだ!」



 あまりにも予想外の角度から来た発言に、驚きのあまり固まってしまった。そんな僕の視界には、ジェラルドを見てにこにこと笑う彼女が映っていた。



 だが、彼女はふとこちらを見て僕と視線が交わるなり、リンゴのように真っ赤に頬を染め上げ、思い切り顔ごと僕から目を逸らした。



――これ以上僕の心をかき乱してどうする気だ!?

 本当に可愛すぎて、どうにかなってしまいそうだ……。



 そう思ったが、彼女は別の男と結婚している。そのことを思い出し、一気に虚しさが込み上げてきた。

 会えば会うほど、想えば想うほど傷付くと分かっているのに、どうして彼女を求めてしまうのかと、自己嫌悪に陥ってしまう。



 そんな僕はジェラルドの参考になり得る人間ではない。彼女を愛しているくせに、立場上の取捨選択の末、結局エミリアを失ってしまったのだ。



 そのため、僕は自身の二の舞になってほしくないという思いの元、ジェラルドに話しかけた。



「人から好かれるのはもちろん良いことだけど、本当に心から好かれる相手はそのたった一人でいいんだ。だから、誰彼構わず好かれようとするよりも、その人に好いてもらえるよう誠実に頑張れたら、きっと本当にかっこいい人になれるよ」



 そう告げたら、賢いジェラルドのことだから、色々と考え直してくれるだろう。そう思っていた。

 だが、ジェラルドの返事はまたも予想外のものだった。



「僕、カリス殿下みたいなかっこいい大人になりたい!」



 そんな返しが来ると思わず、僕は時が止まったかのように驚きの声を漏らした。しかし、愚直なまでに純粋なジェラルドの言葉に、心の淀みが取り払われたかのような気分になった。



 そのため、感謝を告げてジェラルドを膝の上に乗せた。そして、その体勢のまましばらくジェラルドを中心に、三人で楽しく話していた。



 だが、ジェラルドが「あのね、本当にカリス殿下が一番かっこいいって思ってるんだよ」と言ったかと思うと、僕の返しを聞く前に膝から降りた。

 その直後、ジェラルドは唐突に耳を疑うような発言をした。



「僕ね、前まではマティアスお兄様が一番かっこいいって思ってたんだ。だけど、だけど……っお兄様はリアをいじめるからもう知らない!」



――今のジェラルドの発言は一体どういうことだ?

 エミリアがマティアス卿にいじめられているだと……!?



 信じられない話を聞き、反射的にエミリアの顔を見た。すると、彼女は先程までの穏やかな表情はどこへやら、焦った様子で表情を強張らせた。



「エミリ――」

「す、すみません。今日はもうお暇しますね」



 名前を呼びかけたところ、彼女がその言葉を遮った。そして、ジェラルドの手を握るなり、急いだ様子で出口の扉へと歩き出した。



 だが、あんな発言を聞いてさようならと見送れるわけも無く、エミリアの正面に先回りして、彼女に問いかけた。



「ちょっと待ってくれ。今の発言はどういうことだ?」



 そう言うと、彼女は酷く困惑した表情を見て、ほんの一瞬だけジェラルドに視線を向けた。



――ジェラルドがいるから言えないのか。



 そう思い、言葉の綾と押し通そうとした彼女と共に、馬車まで移動した。今問いただしても、埒が明かないと思ったからだ。



 そして、馬車の前に到着し、僕は馬車に乗るジェラルドの補助をしがてら、出来るだけ優しい口調を意識しながら彼に訊ねた。



「エミリアはマティアス卿にいじめられているのか?」

「うんっ……」

「エミリアをいじめるのは、マティアス卿だけ?」

「うん、マティアスお兄様だけだよ……」

「っそうか……マティアス卿は今どこにいる?」

「ヴァンロージアにいるよ」

「よく教えてくれた。ありがとう。エミリアと話すから、一度馬車の扉を閉めても良いかな?」

「うん」



 そんなやりとりをし、僕は馬車の扉を閉めエミリアに向き直り話しかけた。



「今はジェラルドも聞いてない。……エミリア、今のジェラルドの発言は本当か?」



 そう訊ねたが、エミリアは言葉の綾、そして帰宅時間が過ぎているから早く帰るの一点張りだった。



 どう見ても何かを隠している。隠すのが下手過ぎるだろう。



 そう思ったが、エミリアにたった一人害を為しているマティアス卿は今ヴァンロージアにいる。

 そのため、今日はどれだけ聞いても答えてくれないだろうと思い、とりあえず帰すことにした。尋問をしたいわけではなかったからだ。



 だが、明日の舞踏会の次の日に絶対に家を訪問することは念押しをした。すると、エミリアは反論することなく、頷きだけを残し馬車に乗り込み帰って行った。



 そして僕はというと、部屋に戻り一カ月前に王都で会った時の彼女を振り返った。



 清和月の初めに会った時は、ヴァンロージアでの暮らしを楽しいと言い、心の底から楽しそうな笑みを浮かべていた。

 そのエミリアの顔を見るだけで、本当に充実した生活を送っているんだと一瞬で分かった。



 それなのに、こんな約一カ月でこんなことになるとは一体どうしたというのだ。



 ここ一カ月の変化と言えば、確実にマティアス卿たちが帰ってきたことしかありえない。

 それに、ジェラルドの話と一カ月前のエミリアの話を合わせると、非常につじつまが合う。



 そして、今日のエミリアの表情。それらを合わせると、十中八九、マティアス卿がエミリアにとって何かしらの脅威になっていることは明らかだった。



 僕はコーネリアス兄上に脅威と思われないよう、わざと遊人のふりをしていた。それは、エミリアと出会う前からだ。

 よって、エミリアを好きになった頃には、既に僕の貴族間での評判は良くなかった。人によっては地の底レベルだ。



 そのため、僕と結婚なんてしたら、相手の女性も評判が落ちる。それに、相手女性の家門も、もしかしたらとばっちりを食らうかもしれない。



 だからこそ、大切なエミリアにはそんな思いをさせたくないし、巻き込みたくなくて、僕はエミリアに求婚することを諦めた。

 そして、由緒正しき家柄かつ、悪い噂を聞かないカレン家に嫁ぐのであれば、エミリアを安心して任せられると判断した。



 そのときは、本当に悔しく自分の無力さを痛感し、どうにかなってしまいそうだった。

 唯一事情を知っているジュリアスだけは慰めてくれたが、それでも僕の心は引き裂かれたように酷く痛んだ。



 だが、そんな僕に一つだけ最後の機会が訪れた。

 マティアス卿が結婚式に来られないため、代理人が夫役をするという情報を入手したのだ。また、その役をするのがロベル卿だという情報も入手した。



 そのため、僕は汚い手と分かりながらも、どうしても諦めきれなくて、ありとあらゆる手で頼み込み、二人だけの秘密ということで、ロベル卿を買収して夫役を代わってもらった。



 最低極まりないことは重々承知だが、エミリアと実際に式を挙げたのは、マティアス卿ではなく僕だという事実だけを、心の支えや救いにすることにしたのだ。



 そして結婚式当日、彼女のウェディング姿を見たときやベールを上げた時は、本気で胸が張り裂けそうだった。



 誓いの言葉は略され、彼女は僕の顔を知らないまま進行する結婚式。

 彼女が結婚式を挙げている人物は僕なのに、実際に結婚するのは別の男。



 その事実を突き付けられるたび、かつて見たタロットカードのソードの3のごとく、心の臓を剣で貫かれるような気持ちになった。



 僕が遊人を演じなくても良かったなら、きっと彼女に想いを告げられたかもしれない。

 もしかしたら、僕が本当の夫になれたかもしれない。



 そんな思いが込み上げ、顔が隠れているのを良いことに僕は式中に人知れず、たった一粒だけ涙を零した。



 結婚式が終わり、彼女はお礼として僕にウォーターオパールのブローチをくれた。

 僕が彼女と初めて出会ったあの日、一番のお気に入りだと教えてくれたものだった。



 彼女は僕が売るだろうという前提で話していたが、僕はそれをネックレスに加工した。

 彼女を感じられる唯一のものだったため、肌身離さず身に着けていたかったからだ。



 その後は、これで良かったんだ。僕と結婚するよりも、ずっと安寧に過ごせるはず。エミリアが笑いながら、大切にされて幸せに暮らせるならそれで良い。

 そうやって、ずっと心に言い聞かせてきた。そうすることで、今日まで必死に兄上を恨むこともなく、生きてきたのだ。



 だが、現実は僕の思っていた事態とは違ったようだ。そうと分かったからには、見過ごすわけにはいかない。

 もし、マティアス卿がエミリアに不当な扱いをしているというのなら、マティアス卿を絶対に許せない。



 僕はエミリアをただ見守るだけの傍観者は辞める、そう決意した。

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