47話 近付く影
ついに、王都にあるカレン家の別邸に到着した。
ジェリーはお義父様の顔を覚えていない。そのためだろう、肖像画でしか知らないお義父様に会うことに緊張した様子を見せていた。
――ここに来たきっかけはどうあれ、ジェリーにとっては大切な瞬間になるはず。
緊張をちょっと解してあげた方が良いわよね。
そう思い、私は緊張で固まってしまっているジェリーに声をかけた。
「ジェリー、お義父様に会うのは緊張する?」
「う、うんっ……」
「そうよね。でも、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。お義父様はジェリーに会えたら、とても喜ぶはずだから」
「ほんと?」
「ええ、もちろん。それに、私たちも一緒よ。……それじゃあ、降りましょうか」
そう声をかけると、ジェリーは意を決したように立ち上がった。
すると、先に外に出ていたカリス殿下が空気を察して、馬車の中にいる私に手を差し出し、慣れた様子で降りやすいようエスコートをしてくれた。
そして、続くジェリーには脇に手を差し込み、ひょいっと一瞬で下ろしてくれた。
移動中も、毎回こうして律儀に乗降のサポートやエスコートをしてくれた。
そんなカリス殿下の最後のエスコートだと思うと、私の心の中には何とも言えぬ切なさや儚さが過ぎった。
だが、私は気持ちを切り替えジェリーと共に屋敷の方へと向き直った。
すると、そこにはちょうどお義父様の傍仕えの中で最も若いロベル卿がいた。ちなみに、ロベル卿はお義母様の遠縁らしい。
「ロベル卿、お久しぶりです!」
そう声をかけたが、ロベル卿は目を泳がせ落ち着かない様子で、返事を返してこなかった。
――おかしいわね……。
いつも明るく返事をしてくれるのに。
そう思い、私はロベル卿に再び声をかけた。
「ロベル卿? 大丈夫ですか? 体調が優れないので――」
「す、すみません! 体調には問題ございません。王子殿下の馬車から出てきたので、驚きのあまりつい……」
その答えを聞き、そう言えばそうだったと納得した。だが、それにしてもロベル卿の様子はどこかおかしい気がする。
そう思った時だった。屋敷の中から慌てた様子で飛び出して来るお義父様の姿が見えた。
その光景を見て、いよいよという気持ちが高まる。
ジェリーではないが、何だか私の心臓までドキドキしてきた。
そのため、私は私よりもずっと緊張しているであろうジェリーに声をかけた。
「ほら、ジェリー。あなたのお父様が来たわよ」
「お父様……?」
「ええ、そうよ。行ってらっしゃい」
そう声をかけ、軽く背中を押し送り出した。
すると、ジェリーは一歩また一歩と、こちらに向かってくお義父様の方へと足を進めた。
そしてお義父様の「ジェラルド!」という歓喜の声を聞いた瞬間、「お父様!」と叫んで走り出し、屈んだお義父様に思い切り抱き着いた。
「こんな感動シーンが見られて良かったよ」
ふと横から、落ち着きのある声が聞こえてきた。そのため、私はその人物に向き直り、改めてお辞儀をしながら礼を告げた。
「カリス殿下、大変お世話になりました。どうお礼をしたら良いか……。感謝してもし尽くせないです。本当にありがとうございます」
そう言ってカリス殿下の顔を見ると、陽だまりのように優しく微笑むカリス殿下と目が合った。
「僕らの仲だ。そんなに改まらなくて良いし、その気持ちだけで十分だよ。楽しかったし、良いものも見させてもらった。何だかむしろ、僕の方が得した気分だよ」
そう言うと、カリス殿下は視線をジェリーとお義父様の方に戻した。
――本当に優しい人ね。
とはいえ、今度何かお礼をしないと……。
そう思いながら、私もカリス殿下と同様に二人を温かく見守った。
◇◇◇
それからしばらくし、ジェラルドを抱き上げたお義父様が、私たちの元へやって来た。
すると、お義父様は複雑そうな表情で私を一瞥した後、社交スマイルでカリス殿下に話しかけた。
「この度は、息子と嫁と使用人を助けて頂きありがとう存じます」
「とんでもない。困っている人がいたから助けるという、当然のことをしたまでです」
そんなカリス殿下の言葉を聞き、お義父様は驚嘆の表情を浮かべた。
すると、カリス殿下はそんなお義父様に対し、さらに言葉を続けた。
「そうだ。話は変わりますが、ジェラルドの誕生日が近いと聞きました。明日ご子息を私の宮に招待しようと思っております。よろしいでしょうか?」
その言葉を聞き、お義父様は「ジェラルドを宮にですか!?」と驚いた反応を示した。
しかし、ジェリーの輝かんばかりの期待の眼差しを見て、ジェリーが望む答えがわかったのだろう。
直ぐに笑顔になり、お義父様はカリス殿下の質問に答えた。
「もちろんです! どうぞよろしくお願いいたします! 良かったなぁ、ジェラルド!」
「うん! 楽しみ!」
嬉しそうに笑うジェリーを見て、私もついつい笑みが零れる。
すると、そんな私にお義父様が話しかけてきた。
「実は、私は明日王城に行かねばならないんだ。ジェラルドの付き添いとして、一緒に行ってくれるか?」
この言葉に、私は了承の意を示した。
よって、明日は私もジェリーと共にカリス殿下の宮に行くことが決定した。
そして、軽く言葉を交わした後、カリス殿下は「じゃあ、また明日会おう」と言い、宮へと帰って行った。
その後、見送りが終わった私たちは、室内へと移動した。
◇◇◇
「ジェラルド。今からエミリアと大事な話をしないといけないんだ。少しここを離れる。また後で一緒に話そう」
先程までとは少し声音を変えたお義父様が、ジェリーにそう話しかけた。
すると、ジェリーは話の内容を察したのだろう。
「分かった! じゃあ僕はティナと一緒にいるね」
大変物分りがよろしい。そんな感想を抱くほどに清々しく答えると、ジェリーはティナと共に部屋へと向かって歩き始めた。
一方、私はジェリーたちを見送り、笑顔が消え真面目な表情をしたお義父様と共に、書斎に向かい歩みを進めた。
私たちはただただ無言で歩いた。
そして、部屋に到着し促されるまま椅子に座った。すると、目の前に座ったお義父様が罪悪感に苛まれたような表情をし、私の目を見つめ口を開いた。
「エミリア……本当にすまなかったっ……。すべてイーサンから聞いた。俺がマティアスを指導できなかったばかりに、いたずらにエミリアを傷付けてしまった。本当にすまないっ……」
「離れた距離にいますし、マティアス様は大人です。お義父様は指導しきれなかったと言いますが、自我を持った大の大人を指導するにも無理があります」
「だが、ここまでエミリアを傷付けずに済む方法もあっただろう。もっと俺が知恵や配慮を巡らせなければならなかったんだ……。どう償えば良いのか……」
そう言うと、お義父様は眉間に皺を寄せ、悲痛の面持ちで項垂れた。
しかし、すぐに今後について言及し始めた。
「マティアスは出征先から、ヴァンロージアに戻っただろう?」
「はい」
「実はな、王が報告書の提出は求めるが、王都に来ること自体は領地の現状の把握や、家族と交流をしてからで良いと言ってくださったんだ」
――どうりで、すぐに王都に行かなかったのね。
そう思っていると、お義父様は言葉を続けた。
「だが、マティアスもそろそろ王都に来て、王に会わせねばならん。だから昨日、イーサンに早馬を頼んで、マティアスに王都に来るよう指示を出した」
「えっ……」
マティアス様から逃げて来たのに、マティアス様が来るとわかり、一気に呼吸が苦しく感じ始めた。また、それと同意に鼓動が急速的に早くなるのも感じる。
すると、お義父様は漏らした声を聞いて、私がマティアス様に否定的な感情を抱いていると察したのだろう。心底心配そうな顔をし、だが、表情とは裏腹に力強い声で話しかけてきた。
「俺が必ずきつく言って聞かせて、あいつの根性を叩き直す。その後、改めてマティアスと共に謝罪させてくれ。無理に許さなくても良い。どうか、頼む」
――何回謝っても変わらない人が、お義父様の言葉で変わるのかしら……。
そう思った私は、不本意な気持ちに包まれながらも、一応頷きだけは返した。
◇◇◇
父上にエミリアさんたちのことを伝えるため、俺は王都に向かった。そして、父上にことの説明をすると、倒れるのではないかというほど憤慨した。
その流れで、お前が一番マティアスの暴走を止められる立場なのに、何をしていたんだと父上から一発平手を食らった。
何ともおかしなことに、この頬の痛みは俺の心にあった罪悪感を緩和してくれた。
その後、父上が少し冷静を取り戻し始めたかと思えば、勢いよく紙にペンを滑らせ始めた。すると、父上は書き終わるなりその手紙を俺に突き付けてきた。
「イーサン! 今すぐこれをマティアスに渡して、引き摺ってでもあいつを王都まで連れてこい! あいつが王都に来たら、ヴァンロージアはその間イーサンが取り仕切れ!」
そう言われ、俺は来た道を戻り、ヴァンロージアに向かうことになった。
それから約一日が経った頃だった。ふと、前方に見覚えのある影が見えた。
――あれは……もしや兄上か!?
瞬時にそんな直感が働いた。そのため、前方から来た人間を俺は急いで引き止めた。すると、その人物は案の定兄上だった。
「兄上、どうしてここに!?」
「俺は彼女と話をしなければならないんだ! 早く彼女に会わないと!」
「は? 彼女って……エミリアさんのことか?」
「当たり前だろう! 他に誰がいる!」
「はぁ? どの口がそんなことを言うんだ。そんなことを言う前に、この父上からの手紙を読め」
俺は急いで胸元から手紙を取り出し、兄上に渡した。そして、兄上が開いた手紙の透けた文字を読むと、そこには父上の怒りの文が書かれていた。
『今すぐ王都に来い、愚か者。お前の性根を叩き直してやる』
そう書かれた手紙を読んでも、兄上は一切顔色を変えなかった。だが、その代わりすぐに質問を投げかけてきた。
「彼女は王都のカレン家の別邸にいるのか?」
「そうだが、必ずエミリアさんに会うより前に、父上に会え」
「っ……善処しよう」
そう言い残すと、兄上は俺を一瞥すらせず、ただ前だけを見て再び馬を走らせ始めた。




