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45話 優しい人

 まさか、彼がいるとは想像もしていなかった。そんな私は、まるで熱に浮かされ幻でも見たかのように彼に話しかけた。



「カリス殿下がどうして……ここに?」

「僕はパイムイモについて調べたくてお邪魔させてもらってるんだけど、エミリアこそどうして……」



 目をぱちくりとさせながら声を漏らすカリス殿下。しかし、そんな彼は途端に何か閃いた表情へと切り替わり言葉を続けた。



「ああ、ここはティナ嬢の実家だったな……」



 そう言うと、カリス殿下はティナを一瞥し、私に視線を戻した。こうして再びカリス殿下と視線が交わった瞬間、私の意識は急速に現実へと引き戻された。



 現在、重力に逆らえない分の体重は、すべてカリス殿下にかかっている状態。それに、密着していて、いつもより近い彼との距離に思わず緊張して心臓が跳ねる。

 そのうえ、転けそうになったことと、今の体勢を人に見られていることに気付き、私は自身の顔にじわじわと熱が集まるのを感じた。



――私ったら何してるの!?

 カリス殿下にも申し訳ないし、恥ずかしいわっ……!



 そう思い、私は穴があったら入りたいほどの羞恥を抱えながら、カリス殿下を見つめ小さい声で話しかけた。



「あ、あの……カリス殿下、体勢を……」



 そこまで言うと、カリス殿下はすべてを察してくれたように「あっ……ご、ごめんっ!」と言い、体勢を戻してくれた。



 先ほどまでの体勢では、私の背中はカリス殿下の左手によって支えられていた。そして、体勢を戻すとき、カリス殿下は右手で私の左手を掬うように握り戻してくれた。



 そのせいか、カリス殿下がそっと私から距離をとった今、彼に触れられていた背中や右腕、左手には、まだ彼の熱が残っているような感覚がする。

 そして、そんなことを思っている自分に対しても、思わず恥ずかしさが込み上げてきた。



 だが、いくら恥ずかしくてもお礼を伝えない訳にはいかず、私はカリス殿下に向き直り、頭を下げてお礼を伝えた。



「助けて下さり、ありがとうございましたっ……」

「どういたしまして。エミリアが無事だったら、それだけでいいんだよ」



 笑顔でそう言うと、カリス殿下は言葉を続けた。



「でも……何でティナ嬢の実家に?」

「実は、王都に向かっていたんですが、ぬかるみに嵌まって馬車が壊れまして……」



 そこまで言うと、笑顔だったカリス殿下の顔に、一瞬で不安の色が広がった。



「大丈夫か!? 誰も怪我はしてない?」

「はい。誰も怪我無く無事でした」



 そう答えると、カリス殿下は「なら良かった」と腰に手を当て、ホッとした安堵の表情を見せた。



――カリス殿下ったら、本当に優しい人ね。

 それにしても今日の服装……こんなにラフな格好の殿下は初めて見るわ。



 そんなことを思いながら、安心して微笑んでいる殿下を見ていると、殿下は私の視線に気付いたのか、面白そうなものを見つけたように笑い、声をかけてきた。



「そんなじっと見られると照れるな……。そう言えば、こんな服装で会うのは初めてだね。どう? 似合ってる? なんて、冗だ――」

「はい……とても……」



――リラード縫製で平民向けの服として、多少違うけれどこんなデザインの見たことがあるわ。

 でも、カリス殿下が着たら別物みたい……。

 着る人次第で、服の印象もガラッと変わるのね。


 そんなことを思いながら、カリス殿下に言葉を返した。すると、カリス殿下の頬に赤みが差した。そう思ったとき、再び玄関の扉が開いた。



「エミリア様! お久しぶりです。大変お待たせいたしましたっ!」

「ごきげんよう、パイム男爵。お忙しいところ、突然訪問してすみません」

「何を仰いますか! 我が家はエミリア様ならいつでも大歓迎です! ティナも良く来たな!」

「はい! お父様! お会いしたかったです」



 そうティナが笑顔で言葉を返すと、男爵はそれは嬉しそうに微笑んで口を開いた。



「さあさあ、談話室にどうぞ!」



 そう言ったところで、男爵は私たちの配置を見て何かを察したのだろう。ティナと何やら小声でやり取りをしたかと思うと、すぐに私たちに話しかけてきた。



「エミリア様は、カリス殿下とお知り合いだったのですね。積もる話もあるでしょう。カリス殿下も談話室にいらっしゃいますか?」

「はい、エミリアさえ良ければ……」

「私は構いませんよ」



 そう答えると、男爵自ら談話室へと案内を始めた。



「ジェリー、行きましょう」

「うん……」



 そう言葉を返すジェリーは、少し戸惑ったような顔をしている。

 そのため、私はジェリーに手を差し出してみた。すると、ジェリーが嬉しそうに破顔し手を握り返してくれたため、私たちは仲良く手を繋いだまま談話室へと向かった。



 ◇◇◇



 談話室に移動し、皆が席に座った。そして、ジェリーについて紹介することになり、ジェリーが立ち上がって口を開いた。



「カリス殿下、パイム男爵、初めまして。ジェラルド・カレンと申します」



 そう言うと、ジェリーはぺこりと頭を下げた。



――ちゃんと挨拶を覚えていてくれたのね!

 お辞儀も完璧だわ!



 なんて感動をしていると、カリス殿下がジェリーに声をかけた。



「こんにちは。僕はカリス・ティセーリンだ。よろしく、ジェラルド」



 そう言うと、カリス殿下はジェリーに手を差し出した。



 こんな行動は予想していなかったのだろう。ジェリーは驚いた顔をして私を見つめてきた。

 そのため、私は笑顔でジェリーに頷いたところ、ジェリーはカリス殿下を見つめて、緊張した様子でゆっくりと手を伸ばした。



 すると、そのジェリーの手を迎えに行くようにカリス殿下がジェリーの手を握り、満面の笑みでジェリーに笑いかけてくれた。



 その殿下の笑顔を見て安心したのだろう。最初こそ緊張していたが、ジェリーの顔からは強張りが消え、次第に笑顔が広がっていった。



 その後、ジェリーはパイム男爵とも握手を交わし、紹介も終わったということで、話は本題に移った。



「嬉しいですが、これまたどうして突然来られたのですか?」

「実は王都に向かっていたのですが、ぬかるみに嵌まり馬車が壊れてしまったんです」



 そこまで言うと、代わりにティナが言葉を続けてくれた。



「本当はもう少し進む予定でしたが、馬車も壊れたので今日はここに泊まりたくて来たんです。あと、馬車も貸してほしいんです。お父様、お願いできますか?」



 そうティナが訊ねると、男爵は複雑な面持ちになり、ゆっくりと口を開いた。



「泊まる分には全く問題ないです。ですが、現在我が家にはエミリア様たちにお貸し出来る馬車が無くてですね……」



 困った様子で告げてきた男爵に、ティナが質問を投げかけた。



「馬車は五台はありましたよね? どうしてですか?」

「実は、お前の兄たちがまだ王都に居るんだよ。それに、私が乗っていた馬車も今ちょうど修理に出してて、今は馬車が無いんだ。すまない……」



 その言葉を聞き、ティナはもどかし気な表情をし、私に話しかけてきた。



「辻馬車を手配するしかありませんね……。ですが、それだとジェラルド様が……」



 その先の言葉は言わなくても分かる。それに、ジェリーだけでなく、辻馬車となると私たちも正直辛い旅路になるだろう。



 そのため、どうしたことかと頭を抱えかけたそのとき、カリス殿下が口を開いた。



「僕はちょうど明日帰るんだ。良ければ、エミリアたちも一緒に乗る?」



 あまりにもあっけらかんとした申し出に、私は思わず耳を疑った。



――本当に一緒に乗っても良いのかしら?

 いつも一緒にいるとつい気が緩みそうになるけれど、カリス殿下は一国の王子なのよ……。

 でも、ジェリーのことを考えると……。



 色々な想いが出てくるが、結局私の答えは一つしかなった。



「同乗させていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろん、よろこんで」



 優しい声でそう言うと、カリス殿下はにっこりと私たち三人に微笑みかけてくれた。



 こうして話をし、今後の段取りがついたため、疲れていた私たちは話が終わり次第、案内された部屋へと移動した。そして、明日の移動に備えしっかりと休息をとることにした。



 すると自分でも驚くことに、他の人の家だというのに、久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。

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