43話 執着の理由〈マティアス視点〉
エドは俺の姿を確認すると、部屋の中に入ってきた。そして、俺の目の前まで歩き立ち止まったかと思うと、ポツリ悲しげな声で呟いた。
「……マティアス、イーサンから全部聞いた。ミアのことで、俺がお前を呪縛しているのか?」
――呪縛……いや、あれは俺にとって誓いだ。
呪縛されたつもりは無い。
「エドが呪縛しているわけじゃない」
椅子に座ったまま、目の前に立ち竦んだエドを見上げ言葉を返した。
すると、エドは悲痛に顔を歪ませ、俺と視線がかち合った瞬間、口を開いた。
「じゃあ、あの手紙のせいなのか……?」
あの手紙、それは俺がミアにもらった最後の手紙だった。
◇◇◇
あの女と出会ったのは、俺が五歳の頃。オルティス夫人が母上の友人だったため、二人を連れてカレン家に遊びに来たことが出会いのきっかけだった。
俺は遊び相手が少なく、同い年だったエドとはすぐに仲良くなった。
だが、エドの姉のミアとはすぐには仲良くなれなかった。というのも、ミアはオルティス伯爵の妾の子だったのだ。
そのため、オルティス夫人はミアのことを、友人の子である俺と関わらせないようにしていたのだ。
当時無知だった俺は、関わらせたくないのに、何で連れてくるのだろうと疑問に思うことがあった。
しかしそれは後に、妾の子であるミアを一人家に置いてくることは、夫人が狭量な人間と判断されてしまう可能性が高いため、体裁上、一応連れて来ていたのだと分かった。
ミアはオルティス夫人に酷く邪険にされているらしく、最初は夫人の友人の子である俺に警戒を示していた。妾の子として、嫌がらせをされると思ったのだろう。
しかし、俺はミアに嫌がらせをする気など、さらさらなかった。
なぜなら、エドが一歳年上のミアのことを唯一の姉だからと受け入れ、差別することなく対等に接していたからだ。
友人のそんな姿を見ていると、ミアに嫌がらせをしようなんて考えは一切湧いてこなかった。
そして、俺はエドを介して次第にミアと仲良くなり、夫人の目を掻い潜って三人で遊ぶ機会が増えた。
また成長するにつれ、俺とミアの距離は別のベクトルで徐々に縮まっていった。
人生で初めてのデートはミアだった。
初めて宝石のプレゼントを買った相手もミア。
キスもそれ以上も、初めては全部ミア。
本気で恋をした人も、愛した人も、後にも先にもすべてミアだった。
本当に幸せな時間だった。
あの女は、いつも俺のことを子ども扱いしていた。俺より一歳年上ということもある。しかし、それだけではなく、彼女は実年齢よりも大人びた性格をしているのだ。
そして、いつも「マティアスはまだまだ子どもね」と言っていた。
だからこそ、今言っても意味が無いと思い、自分が十八歳になったらミアにプロポーズしようとずっと考えていた。
そしたら、あの女と一緒になれて、こんな幸せな時間がずっと続くと思っていたのだ。
だがそんなある日、俺の人生は一変した。
その日、十七歳の俺は彼女に呼び出され、オルティス領に向かった。喜んでくれるだろうかと考えながら花束も用意して、指定された約束の場所へと向かった。
約束の場所に到着すると、既に来ているミアの姿が見えた。そのため、俺はミアの元へ駆け寄り、後ろから声をかけ彼女を抱き締めた。
そして、ミアを腕の中から解放し、彼女の喜ぶ顔を想像しながら花束を差し出した。
しかし、ミアは花を受け取らず、俺から距離を取るように一歩下がって、澄まし顔で淡々と喋り出した。
「マティアス、私ね、王都に行かないといけなくなったの」
「王都にいる友達に会いに行くのか?」
そう訊ねたが、彼女の答えは完全に予想外のものだった。
「ううん……。私ね、結婚相手が決まったの」
「えっ……」
まさしく、青天の霹靂だった。ミアの口から、俺以外の誰かと結婚するという言葉が出ることは、まったくと言っていいほど予想していなかった。
「何で……俺はミアのことが好きなんだっ! 俺たち、両想いだろう? 俺はミアと結婚を――」
「駄目よ!」
「どうして!?」
「だって、私は妾の子だもの」
「そんなこと気にしない! 俺が好きなのはミアだけだから――」
そう声をかけると、彼女は黙り込んだ。そのため、俺は更に彼女に言葉を重ねた。
「俺が何とかするから、そんな他の誰かとなんて――」
やめてくれ。そう言おうとしたが、俺の言葉を遮り彼女が怒声を浴びせてきた。
「いい加減にして!」
「えっ……」
「私は別に、マティアスのことは好きじゃない! 新しい結婚相手の人はとっても素敵な人なの!」
そう言うと、ミアは徹底的に俺を叩きのめすかのように言葉を繰り出してきた。
「お金も沢山持ってるし、ずっと王都で暮らせるの! それに、嫁ぎ先はヴァンロージアみたいに危ない場所じゃない! とにかく、あなたとはもう会えない。それを言いたかったの。……明日行くから」
「そんな突然……! 嘘だ!」
「嘘じゃないわ。……それじゃ、今までありがとう」
そう言うと、彼女は俺に背を向け走り出した。
だが、この状況で彼女のことをそのまま帰らせるわけにはいかない。
そのため、俺は走り去ろうとする彼女を追いかけ、肩を掴んで振り向かせたところ、彼女はキッと射貫くような強い視線を俺に向けてきた。
その視線を向けられ、俺は何故か動けなくなってしまった。嫌悪さえ感じるようなその視線を向けられ、身体が思うように動いてくれなかったのだ。
すると、彼女は再び俺に背を向けて走り去り、次の日、本当に王都に行ってしまった。
こうして彼女と突然の別れを迎えた一年後、彼女は死体になって帰ってきた。社交界でのいじめと、それを守ってくれない夫を苦にした自殺だった。
俺は彼女への未練が絶ち切れず、オルティス領に赴いて彼女の葬儀に参加した。そして、葬儀終了後、エドが絶望している俺に声をかけてきた。
「姉上は、本当はお前のことが好きだったんだと思う。死ぬ前に、俺にこれをマティアスに渡してくれと送ってきたんだ」
そう言うと、エドは俺に手紙を渡してきた。
「ミアが俺に手紙を送って来ていたのか……?」
「ああ、読んでやってくれ。読み終わった頃、また戻って来るよ」
そう言われ、俺はエドが離れたのを見計らい、その場でミアからの手紙を開いた。すると、そこにはもうこの世にはいない、ミアの最後の言葉が綴られていた。
『マティアスへ
突然、こんな手紙を送ってごめんなさい。
実はここ最近、私は自分の人生について振り返っていたの。それでね、私を一番大切にしてくれたのはあなただったってようやく気付いたの。私を心から愛してくれたのもあなただけだった。
思い返せば、楽しい思い出はすべて、あなたが隣にいたわ。あなたと過ごす間、私の心は常にあなたの愛で満たされていたんだって、ここ最近で本当に実感したの。
本当はね、私はあなたと結婚したかった。あなたと、あなたの子どもと一緒に暮らして……そんな人生にしたかった。
お父様とお母様の命令に逆らえず、王都に行ったことを本当に後悔してるわ。
王都の女性は、皆、妾の子である私を酷くいびり馬鹿にしたの。優しい人なんて、ただの一人もいなかった。優しそうに見えても、仮面を被っていただけだった。
皆、私がいじめられているのを見て楽しんでいたの。本当に王都の女性は恐ろしい人たちばかりよ。
誹謗中傷も、いわれのない噂にも、私は耐えられない。彼女たちに耐えるには、私が弱すぎたの。もう限界よ。
だから、私はあなたに最後の言葉を残そうと思って、手紙を書いたの。本当は駄目だと分かっているけど、あなたに伝えたかったことよ。
長男のあなたにこんなことを言うのはいけないって分かってる。だけど、私以外の誰かと結婚しないでほしい。あなたにとっての唯一は私だけにしてほしいの。
私の唯一は、ずっとあなた。今も昔もあなただけなの。
あの日の好きじゃないなんて言葉は嘘。愛しているなんて言葉じゃ足りないくらいに、本当はあなたを愛してた。
だからこそ、あなたには幸せな人生を送ってほしい。そのためには、結婚しないといけないことは分かっているし、あなたの幸せのためならそうして欲しい。
だけど、私のこの人生最後の願いをあなたが聞いてくれると、ほんのほんのほんの少し期待しているわ。
さようなら、マティアス。誰よりも愛しているわ』
手紙はその言葉で締めくくられていた。手紙は所々インクが滲んでおり、彼女が泣きながら書いたであろう様子が窺える。
そんな手紙を見て、俺は涙を堪えることが出来なかった。
すると、俺が読み終わった頃合いだろうと、エドが俺の元に戻ってきた。そして、泣いている俺を見つけて駆け寄って来たため、俺は駆け寄ってきたエドの肩を掴み宣言した。
「俺は、ミアと結婚するつもりだった。今ここで、亡きミアとエドに誓おう。あの女以外の女とは結婚しない!」
「でも……お前は長男だから領主にならなきゃ――」
「もちろん、貴族の長男の義務として、領主はきちんと務める。それに、結婚しなくても、俺には弟がいるから跡継ぎの問題は無い」
そう言うと、エドは涙を流しながら輝くような笑顔を見せた。
「本当か!? 姉上のためにそこまでしてくれるなんてっ……。お前が親友で良かったよ。お前がそうしてくれたら、きっと死んだ姉上も浮かばれるはずだ! 本っ当にありがとうっ……」
――これで良かったんだ。
ミアの最後の願いを聞いてやれる。
これがミアへの餞の誓いだ。
こうして、俺は誰とも結婚しないと決めた。そのことは、カレン家に帰り報告した。すぐに一蹴されたが……。
そして、今回の出征から帰還し、一週間オルティス領に行ったメインは、ミアの墓参りだった。毎日、ミアの墓に足を運んだ。
そして、帰って来て早速このざま。
誓いを破った証明である彼女を、エドの視界に入れたくなかった。だが、事態は最悪の方向に行ってしまった。
エミリアという名前、その名前がミアに少し似ているという時点で、抵抗感があった。そして、実際に会ってからも、その思いは強まった。
実年齢よりも大人びた性格や、時折見せる彼女の強い眼差し、それらが、よりあの女を想起させたのだ。
だからこそ、エミリアを断じて受け入れてはならないという思いが、より強まった。誓いを破ることになってしまうと思ったからだ。
そして、エドが訊ねた手紙のせいかという質問に、俺はそのせいではないと返した。
だが、エドは信じていないというような表情で俺をジッと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「あのときは、つい感情的になってしまった。だけど、姉上のためにマティアスの人生を駄目にしたいわけじゃない。やっぱり俺が、いや、俺たちがお前を呪縛してたんだな。どう責任を取ったら良いか、分からない。すまない、マティアス」
そう言って、エドは頭を抱えてずっと俺に謝り続けた。
◇◇◇
気付けば、次の日になっていた。
すべてのことを頭から消し去りたくて、酒を飲んだことだけは覚えているが、エドが来てからの記憶が酷く曖昧だ。
そして、俺は痛む頭を押さえながらソファから起き上がったところ、部屋の扉がノックされた。すると、その直後ジェロームが部屋に入ってきた。
「大旦那様から、お手紙が届きました」
次回、エミリア視点に戻ります。




