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37話 弟たちの怒り〈マティアス視点〉

「あなたは私の夫です。これから共に夫婦として暮らすので、せっかくですからあなたの好みを知っておきたいとーー」



 そう言いかけた彼女に、俺は我慢できなかった。



 どうして俺の意見を完全に無視するのか。どうして頑なに妻だと言い張り続けるのかと、怒りが込み上げてきた。



 そのため、自分が妻だという考えを打ち消させたくて、妹の方が良かったと言ってしまった。だが、本気でそんなことを思った訳じゃない。

 なぜなら、俺にとっての妻はあの(ひと)以外は考えられなかったからだ。



 とはいえ、流石に勢いでも言い過ぎた。あれは、酷すぎと言われても仕方ない。

 だが、俺には生涯唯一と決めた(ひと)がいる。



 結婚報告の手紙の返信で父上に抗議文を送った際、次また同じことを言ったら、当主としての未来はないと思えと一蹴されたが……。



「はあ……何でこうなったんだよ」



 そう呟いていると、勢いよく俺の部屋の扉が開いた。かと思えば、怒り声が飛んできた。



「ジェロームに聞いたぞ。いくら気に食わなかったとしても、言っていいことと悪いことがあるだろ! それに、わざわざ妹と比べるなんて下劣すぎる。自分が同じ立場だったらどう思うか考えてから物を言え!」



 そう言うと、イーサンは深く息を吐き、ドサッと椅子に座って話し始めた。



「はあ……。エミリアさんは、妻以前に人として出来た人だ。人格も手腕も文句の付けようがないほど良い」



 そう言うと、イーサンは俺に威圧的な視線を向け、静かに言葉を続けた。



「人の顔をどうこう言うのは嫌いだが、兄上のために敢えて言おう。エミリアさんは俺が今まで見た中で、一番美しい人だ。顔だけじゃなく心も……。なのに、こんな男の妻だなんて、エミリアさんが不憫でならないよ」



 勝手に結婚した彼女の方が不憫だと言うイーサン。

 しかも、彼女を美しいとまで言い出したこいつに、俺は猛烈な怒りを感じた。



「は……? お前は兄の妻を女として見てるのか!?」

「あ? 今大事なのはそれか? 認めないって言ってるくせに、よくそんなことが言えるな!? でもまあ、俺が夫だった方がずっとましだっただろうな。これだけは断言できる」

「お前何を――」

「だが、次期当主は兄上だ。跡継ぎの問題はどうする」



 そう問われ、俺はずっと前から考えていたことをそのまま告げた。



「お前や、ジェラルドがいるじゃないか」



 そう答えを返すと、イーサンは顔を歪めて、急に椅子から立ち上がった。

 そして、吐き捨てるように、俺に言葉をぶつけてきた。



「指揮官としての才能や才覚は認めよう。だが、次期当主としては、無責任で無能、つまり不適格だ。本当にあきれ――」

「黙れ。……もう出て行けっ!」

「……っああ、言われなくてもそうするよ」



 そう言うと、イーサンは呆れたという顔をして、手をひらひらとさせながら出て行った。



 イーサンの今の発言は、耳に痛いことばかりだった。だからこそ、余計に腹が立ち俺はイーサンを部屋から追い出した。



 だが、すぐに次の訪問者がやってきた。拙いノック音だったためすぐにジェラルドだと分かり、俺は扉を開けた。

 すると、そこには紙と色鉛筆を持ったジェラルドが真顔で立っていた。



「マティアスお兄様、そこに座って」



 そう言われ、俺は自分の部屋だというのに、ジェラルドに言われるがまま椅子に座った。

 すると、ジェラルドは俺に向かって、持って来た紙と色鉛筆を差し出してきた。



「この紙全部を、この色鉛筆で塗りつぶしてっ」

「どうして塗るんだ?」

「とにかく全部塗って! 全色使って塗って!」



 少し怒った様子で指示を出すジェラルド。そんなジェラルドは初めてで、俺は困惑しながらも言われた通りに紙を色鉛筆で塗りつぶした。



「塗り終わったぞ」



 そう声をかけると、ジェラルドは突然ポケットをゴソゴソとし始めた。そして、字消しを差し出してきた。



「じゃあ、これで今塗ったのを全部消して」

「せっかく塗ったのにか?」

「そうだよ。いいから消して」



――何で塗ったのに消すんだ。

 もう訳がわからん。

 六歳ってこんなものなのか……?



 そんなことを思いながら、俺は言われるがままに塗った紙を字消しで擦った。だが、どれだけ頑張っても、完全に色鉛筆の色を消すことは不可能だった。

 そのため、俺はジェラルドにそのことを告げた。



「ジェラルド。頑張ったがもう限界だ。これ以上は綺麗にならない」



 そう言うと、ジェラルドは厳しい顔をして俺に話を始めた。



「今から言うことは、リアが僕に教えてくれたこと。よく聞いておいてね!」



――は? 何の話だ?



 そう思っていると、ジェラルドは一切笑うこと無く説明を始めた。



「人を傷付ける言葉をかけたり、傷付ける言動をしたら、いくら謝っても取り消せないんだよ」



 そう言うと、ジェラルドは指で示し始めた。



「この消しきれなかった色鉛筆の色が、どれだけ謝っても消えない心の傷だってリアが教えてくれたんだ。使った色鉛筆分が失った信頼、消すために消費した字消し分が、悪い事をした人が自分を下げた証拠だって言ってた」



 その言葉に俺の胸はざわついた。だが、ジェラルドは真剣な表情で話を続けた。



「でも、消しきれないということは、払いきれない代償や、取り戻せない信頼がある証拠だって教えてくれた。……ねえ、この紙を破ってよ」



 そう言われ、俺は言われるがままジェラルドの言葉に従い破った。すると、予想通りの言葉を発した。



「じゃあ、この紙を元通りにしてよ」

「……無理だ」



 そう伝えると、ジェラルドは口元を震わせながら、言葉を続けた。



「そうだよ。無理なんだよ。人の心を引き裂いたら、元通りにすることは出来ないんだよ。ぜんぶぜんぶリアが教えてくれたっ……」



 そう言うと、ジェラルドは目に溜まった涙を零さないように必死に堪えながら、声を震わせ言葉を続けた。



「リアをいじめないって約束したのに、どうして約束を破ったの? さっき、リア傷付いた顔してた。リアは何も言わないけど、ずっと一緒にいたから分かるもん! あんなリアの顔、もう見たくないよ!」



 その言葉を聞き、本当に悪いことをしたと思った。

 ジェラルドのようにずっと一緒にいたわけではない俺でも、彼女が一瞬だけ見せた傷付いた表情に気が付いた。



――別にわざわざ人を傷付けたいわけじゃない……。

 自分の譲れない意見を押し通そうとしたら、傷付けることになるなんて……。



 そう思っていると、ジェラルドは言葉を続けた。



「心は元通りにならなくても、だからって悪いことをしたのに謝らないのは、(けだもの)と同じなんだよ?」



 その言葉を聞き、謝らなければジェラルドや彼女にとって、俺は獣と同等に成り下がるのだと瞬時に理解した。



 ◇◇◇



 使用人から、彼女がディナーを食べ終えたとの情報を聞き出し、俺は彼女の部屋の前に来ていた。



――最初になんて声をかければいいんだ。

 どうやって謝る?



 そんなことを考えながら、彼女の部屋の扉の前を行ったり来たりしていると、突然部屋から彼女が連れてきた侍女が出てきた。



「マティアス様……? 何か御用でしょうか」



 愛想無く淡々と喋るその侍女に、俺はギクッとしながらそれを悟られぬよう言葉を返した。



「彼女に……話があるんだ。今話せるか?」

「確認してまいります」



 そう言って部屋の中に入ったかと思うと、侍女は直ぐに戻ってきた。そして、俺を部屋の中に促した。

 そのため部屋に入ると、意外なことに口角を上げた彼女がそこにいた。



――なんだ……。

 あまり怒ってないのか?

 いや、ジェラルドの話を聞いたあと、そう安直には考えられん。

 とにかく謝ろう……。



 そう腹を括り、俺は意を決して彼女に告げた。



「ティータイムの時はその……勢いとはいえ、言い過ぎた。言って良いことにも限度があった。すまなかった……」



 少なくとも、妹の件は言うべきではなかった。

 そう思いながら謝ると、彼女は驚くでもなく、ただ淡々と言葉を返してきた。



「私も突然出て行ってすみませんでした。謝罪に来てくださり、ありがとうございます」

「っああ……」

「今日はもうお疲れでしょう。おやすみなさい」



 そう言われたかと思えば、俺は入室してものの三分で部屋の外に出ていた。



――こんなあっさり終わるものなのか……?

 俺ばかりが、気にしてたのか?

 でも……謝罪を受け入れたってことだよな。



 ……何となくスッキリした気分にならない。

 そんな俺は、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、彼女の部屋から自室へと戻った。

エミリア視点に戻ります。

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