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36話 笑顔の秘密と抉られる傷

 目が覚めた私は、見慣れぬ風景に驚き慌てて飛び起きた。

 すると、ぐっすりと眠るジェリーが視界に入り、それと同時に私の肩からはらりとブランケットが落ちた。



 そしてその瞬間、私は昨日の出来事と、今どうして私がここに居るのかという状況を理解した。



 時計を見れば、まさかの七時。私にとってはいつもより一時間も遅い、ジェリーの起床時間だ。そのため、私はジェリーに声をかけた。



「ジェリー、おはよう」



 そう言うと、ジェリーは何かをむにゃむにゃ言ったかと思えば、突然ぱっと目を開けて起き上がった。



「リアっ、おはよう!」



 そう言うと、昨日のことはまるで忘れてしまったかというように、ジェリーは満面の笑みで挨拶を返してくれた。



――この様子なら、大丈夫そうね。



 そう思い、私はジェリーに部屋に戻る旨を伝えることにした。



「私は今から部屋に戻って身支度をするんだけど、朝食は一緒に食べる?」

「うん! 今日は僕がリアを迎えに行くね!」



 そう言って胸を張る彼に、私はそのお礼を伝えて、ジェリーの部屋を出た。そして偶然にも、私を迎えに来たティナとちょうど鉢合わせた。

 そのため、私はティナと共に自室に戻った。



 すると、部屋に入ったところで、ティナがいきなり真剣な表情になって話を始めた。



「奥様。ジェロームさんから伝言があります」

「どうしたの? 何かしら?」

「マティアス様から、ライザのことについて話したいから、今日のティータイムは奥様も来るようにと言付かったようです」

「マティアス様が……?」



 そう呟くと、ティナは苦苦しい表情で話を続けた。



「実は昨晩、奥様がジェラルド様と部屋に戻った後、ライザが屋敷に来ていたんです。そこで、マティアス様とイーサン様が、ライザがジェラルド様を虐待していたことを知りました。そして、マティアス様は最終的に、ライザを拘置所送りにしました」



――えっ……。

 マティアス様が信じる証拠が何かあったの?

 ジェロームが言ってくれたのかしら?

 それとも、イーサン様がジェリーの言葉を伝えたのかしら?



 昨日の今日でいったい何があったというのだろうか。全く頭の整理が追い付かない。

 だが、一先ず誤解なくライザの件が二人に伝わったということは分かった。



 そのため、私はティータイムに詳しい話を聞くことにし、迎えに来てくれたジェリーと共に朝食を食べることにした。



 ◇◇◇



 ティータイムの時間が近付くたび、私の中で緊張が高まっていた。



――ライザの報告とはいえ、ティータイムということは他の話もするはず。

 今までより、少しはマティアス様に歩み寄れるかしら?



 そんなことを考えながら、いつもより少し身嗜みに気遣い、万が一を考えティナにライザの資料を託し、私は指定されたティータイムの場所へ向かった。



 こうして指定場所に行くと、足を組んで眉間に皺を寄せたマティアス様が居た。イーサン様はおらず、部屋にはマティアス様たった一人だ。



 そのため、私は驚きながらもマティアス様に恐る恐る話しかけた。



「お待たせいたしました」



 そう声をかけると、マティアス様は私を一瞥し言葉を返した。



「っ、ああ」



 そんな素っ気ない返しだが、あなたのことは待っていないと言われるよりはずっといい。そう思いながら、私はマティアス様にもう少し話しかけてみた。



「マティアス様と二人きりなのですね」

「俺だけじゃ不満だったか?」



 そう言いながら、マティアス様は不機嫌そうな表情を見せてきた。そのため、声のかけ方を間違えたと胸を痛めながらも、私は笑顔でマティアス様に言葉を返した。



「いいえ。二人で話せることは滅多にないので、良い機会だと思ったのです」



 そう返すと、マティアス様は拍子抜けしたというような表情をして、ふんっとそっぽを向いた。かと思えば、私の方をチラッと見たため、私はそんなマティアス様に笑みを返した。



 なぜこうしていつも笑顔を意識するのか。それはある言葉がきっかけだった。

 以前私は、自身の悪口を聞いてもいつも笑っているカリス殿下を見て、何でいつも笑っているのかと聞いたことがあったのだ。



 すると殿下は、きょとんと驚いた顔をした後、直ぐにいつもの輝くような笑顔を見せ、優しい口調で教えてくれた。



『ずっと不機嫌な顔をしてる人が居たら気分が下がるし、悲しそうな人が居たら心配するだろう? でも、笑顔だったら周りの人をネガティブな感情にしなくて済む。まあ、時と場合にはよるんだけど……。それに、平静も装えるし、何より笑顔は伝染するんだ。ほら、エミリアも今笑ってるだろう? その顔を見たら、俺も笑顔になれる。そしたら、自然と気持ちも安らぐんだよ。でもこれは僕の場合。辛いときや泣きたいときは、無理に笑う必要はないよ。その方が良いこともあるからね』



 こう言った後、キザすぎてちょっと恥ずかしいな~と言いながら、カリス殿下ははにかんだ。

 だが、私は全然恥ずかしいこととは思わず、むしろ自他ともに思いやる思慮深い考えだと思い、同感した。



 それ以来、私はずっと笑顔を意識しているのだ。

 ちなみにここ最近は、使用人たちの前で平静を装うことと、自分で自分の機嫌を取る際に最強の効果だと痛感している。



 だが、残念なことにマティアス様に笑顔の効果は一切通用せず、彼は私を見て呆れたようにはーっとため息をつき、昨日の件について話を始めた。ちょっと悲しい。



「聞いただろうが、昨日ライザが来ていた。そして、ライザの所業が判明し拘置所に送った。そのとき、あなたがジェラルドを救ってくれたのだということも知った。……礼を言う」



 意外なことに、目を合わせながらマティアス様が礼を告げてくれた。そのため、私は驚きはしたものの、咄嗟に言葉を返した。



「マティアス様たちにとって、ライザは優しい方だったと伺いました。にもかかわらず、適切に対応して下さりありがとうございます」



 そう告げ、私は念のために持って来た資料をついでに渡すことにした。



「こちら、ライザに関する報告書です。ご査収ください。……マティアス様が適切な判断をして下さったため、ジェラルド様も安心して過ごせます。ありがとうございます」



 そういうと、マティアス様は面食らったような顔をしながら報告資料を受けとった。そして、念押しとでも言うように私に言葉を返した。



「ジェリーは俺の大切な家族だ。俺はその大切な家族である弟のために当たり前の対応をしただけだ」

「ですが、乳母に対し、その判断を出来る人はそう多くないでしょう」



 本当に心から思った気持ちを伝えると、マティアス様は顔を真っ赤にして投げやりに言葉を返してきた。



「もうやめろ! 茶でも飲め!」



 そう言われ、確かにティータイムだったと思い出し、私は言われるがままにお茶を飲んだ。



「美味しいです。こちらはファーストフラッシュですか?」

「そうだ」

「マティアス様は、お紅茶がお好きなのですよね?」

「は? ……ああ、嫌いじゃない。っなんでいちいちそんなことを聞く?」

「あなたは私の夫です。これから共に夫婦として暮らすので、せっかくですからあなたの好みを知っておきたいとーー」



 ぶっきらぼうながらも、きちんと受け答えをしてくれていたため安心していた。

 だが、突然言いかけた言葉を遮るように、マティアス様が机を拳で叩いた。その勢いで、茶器も私の肩も跳ねた。



「ちょっと良い人だとは思ったが、それとこれは話は別だ。俺はあなたを妻と認めてない」

「認めて貰えるよう努力いたします」

「しなくていい」

「ですが、あなたのお父様も国王様も、この婚姻を承認してくださいました」

「それを俺は知らなかったと言っているんだ!」



 そう怒鳴ったかと思うと、マティアス様は私にとってトラウマのような言葉をぶつけてきた。



「妻だと言うが、どうせ嫁いでくるのなら、あんな辺鄙な戦地にまで届くほど美女と名高い、あなたの妹の方が良かったよ!」

「――っ!」



 もう限界だった。笑ってなんていられなかった。

 そのため、私は何も言葉を返すことなく無言で立ち上がり、部屋の扉に向かって歩いた。



――何で美醜のことを気にするの?

 それが私を妻として認めない理由なの……?

 何よりも顔が大事だとでも言いたいわけ?

 いくら勢いで言った本音だと仮定してもあんまりよ……!



 マティアス様の発言で、私の努力をすべて無下にされたような気持ちになり、心にどす黒い感情が渦巻き始めた。

 そんな私は、マティアス様を置き去りにして部屋から出た。だがその瞬間、ちょうど前からジェリーが歩いてきた。



「あっ! リア! さっきまでね、クロードと一緒に植物の勉強をしてたんだ! それで――」

「ごめんなさい、ジェリー。ちょっと大事な用事があるの。今日は無理かもしれないから、その楽しそうな話は、明日のお勉強の時間に聞かせてくれる?」

「う、うん……。分かった……。明日話すね!」

「ありがとう。今日はお話しできなくてごめんね」



 そんな話をしていた時だった。扉を閉めていたから気付かなかったのか、マティアス様が部屋から出て来てしまった。



 すると、ジェリーはマティアス様と私の顔を見比べ、何やら慌てた様子で突然走り出してどっかに行ってしまった。私が注意しているからか、曲がり角のところだけは慎重に歩いて移動したが……。



――突然走り出してどうしたのかしら?



 そう思いながらも、今の私にジェリーを追いかけるほどの余裕は無かった。よって、私はそのまま無言で自室に戻り、無心で仕事に取り組んだ。



 それから時は経ち、あっという間に夜になった。そして、私はティータイムのことを思い返していた。



――はあ……なんで怒っちゃったのかしら。

 いつものことだったのに、久しぶりだからつい免疫が薄れていたみたい……。

 あれが普通の意見、大して怒ることでは無かったわよね。

 ジェリーにも明日謝らなきゃ……。



 そう思いながらも、私は一つ確信したことがあった。



 それは、マティアス様と仲良くなることは不可能だということだ。

 そのため、私はマティアス様にはもう何も期待しないでおこうと、完全に見切りをつけることにした。

次話、一話のみマティアス視点です。

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