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3話 夫のいない結婚式

 宣言した通り、お義父様は立派な式を用意した。結婚式の会場が、お義父様が国王陛下から賜った宮に決定したのだ。

 しかも式は、シーズン期間と重なったことと辺境伯からの招待ということも相まり、多くの貴族たちが参列することになっている。



 そして現在私は、お義父様が用意したウェディングドレスに身を包んでいた。

 鏡に映る煌びやかなドレスを着た自身を見て、分不相応なものを着てしまっていると感じてしまう。



「お嬢様、大変お綺麗ですよっ!」



 はしゃいだ様子で笑顔のティナが声をかけてくる。だが、私の心はどんよりと曇っていた。



「こんなに豪華で人も集まってるのに、肝心の夫はいないなんて惨めね。王女様もこんな気持ちだったのかしら?」

「惨めだなんてそんな……! マティアス様の代理の方がいますから、たった一人で人前に立つわけではないですよ!」



――夫の代理の人と式を挙げる人生なんて、考えたことすら無かったわ……。

 顔は隠すみたいだけれど、何だかこれじゃあ誰と結婚しようとしているのかも分からないわね。



 そんな複雑な思いを抱え、私は重い足取りで馬車に乗り込んだ。会場に着くと、正装に身を包んだお兄様が出迎えてくれた。



「エミリア、とても美しいな。さすが自慢の妹だ」



 告げられた言葉に、私は思わず耳を疑った。こんなにお兄様がストレートに褒めてくれるのは初めてだ。

 私をビオラと間違っているんじゃないかと思ってしまう。



「あ、ありがとう……お兄様」



 むず痒く気恥ずかしい気持ちになり、ついグッと上がりそうになる口角を抑えてお兄様に伝えた。



 だがその直後、お兄様が私とビオラを間違えるわけなんて無かったんだと思い知った。



「恥ずかしがらなくていい。だが……そのドレスをビオラが着たらもっと可愛いんだろうなぁ~」



 気持ちがスーッと氷点下まで冷めた。そんな言葉を続けるんだったら、いっそのこと褒めて欲しくなかった。一瞬でも浮かれた自分が馬鹿だった。

 こんな気持ちの中、入場なんてしたくは無かった。しかし、無情にも式場の扉は開かれてしまった。



 ティナの言っていた通り、マティアス卿の代理となる新郎役の人物が、レースで顔を隠してバージンロードの先で待っている。



 それとなく招待客に目を向けると、面白いものでも見に来たかのように嘲り笑うご令嬢が数人いた。



――はあ……どうせ夫不在で結婚式を挙げてバカみたいな女だって言いふらされるのよね。

 でも、領民とお父様のために挙げる結婚式だもの。

 それに、式を挙げたら辺境にすぐに行くわけだし、彼女らの顔もしばらく見なくて済む……。



 そう思いを振り切って、私は新郎役の人の横に立った。近付いても、レースの向こう側の顔は見えそうで見えない。



――こんな役を引き受けさせて申し訳ないわ……。



 そんな罪悪感に駆られ、式はスタートした。とはいえ、当然ながら新郎役が指輪交換やサインをすることは無い。

 よって、新郎役がしたことといえばベールアップと、誓いのキスの代わりに手合わせの儀をしたことくらいで。



 そして、人前式で最も重要な誓いの言葉は、皇帝陛下直筆の婚姻成立証明書の読み上げを代替とし略した。



 こうして、長いようで短いイレギュラーな式は順調に進行し、ようやく退場の時間がやってきた。



 退場のために振り返ると、参列席の最前に座るお父様と目が合った。涙ぐんで微笑みを浮かべる弱ったお父様を見て、思わず涙が出そうになる。

 だが何も知らない他人は、こんな結婚式で泣いたら醜聞として広めるだろう。そのため、グッと涙を堪え微笑みを絶やさぬよう意識した。



 退場を始めると、哀れみや嘲るような視線を向けてくる人がほとんどだった。中にはすれ違いざま、心無い言葉をかけてくる人もいる。



「独り芝居お疲れ様~」

「侯爵家のご令嬢なのに惨めねぇ」

「こんな豪勢な式なんて挙げて、恥ずかしくないのかしら?」

「夫がいない式なんて、哀れでほんと笑えちゃう」

「私だったらこんなことするくらいなら死んじゃうかも。ふふっ」



 そんな言葉が、祝いの言葉や拍手、賛美歌に紛れて聞こえる。



――何て心が貧しいのかしら?

 きっと想像力が欠落してるのね。



 ……無理のある理由だとは思ってる。だけどそう思い込むことで、笑顔をキープしたまま退場することが出来た。



 こうして退場できたのは、新郎役の彼がいたからだと思う。顔は見えないが、彼もいわば見世物仲間。

 彼には悪いと思う。しかし、そんな同じ境遇の人がいることが、私の心を支えてくれたのだ。



――早く彼にお礼を渡さないと。



「新郎役を引き受けてくださり、ありがとうございます。一人で挙げるより惨めにならずに済みました」



 きっと、お義父様が信頼を置く縁戚の誰かだろう。そう思いながら、退場場所の付近に待機していたティナから物を受け取った。



「今日のお礼です。どうか、お受け取りください」



 気は心だ。受け取って欲しい。そう思いながら、私は新郎役を務めてくれた男性に、私物のブローチを差し出した。



「ブローチで売るよりも、ブローチに付いた石単体で売った方が高く換金できるかもしれません」



 そんな補足情報も付け加えてみた。そう言ったら、きっと受け取ってくれるだろうと思ったのだ。

 だが意外なことに、彼は直ぐには受け取らなかった。その代わり、慌てた様子になり小声で話しかけてきた。



「このような貴重な品、本当に受け取ってもよろしいんですか? 大切な品なのでは……」

「構いません。このような役目を引き受けてくださったんです。もう会うこともないでしょうから、最後に受け取っていただきたいのです」



 この言葉が効いたのだろう。彼はおずおずと手を差し出すとそっと受け取り、とても大事そうにブローチを手のひらに抱えた。



「ありがとうございますっ……」

「お礼を言うのはこちらです。どうもありがとうございました。それでは、失礼いたします」



 すぐに移動しなければならない。そのため馬車の方へと振り返ったところ、新郎役の男性が背後から話しかけてきた。



「エ、エミリア様っ……! 先ほどの参列者の戯言など気にしないでください! あなたは気高く聡明な女性です。どうか、お幸せにっ……」

「――っ!」



 まさかそんな言葉をかけてくれる人がいるとは思ってもみなかった。そのため慌てて振り返ったが、そこにはもう新郎役の男性はいなかった。



 そして、私はそのままティナと共にお父様が待っている家に急いで帰った。



 ◇◇◇



 家に着くと、お父様と共にお義父様もいた。



「エミリア、これを見てくれ!」



 帰るなり、意気揚々とお義父様が紙を差し出して来た。よくよく見ると、その紙は式で読み上げられた婚姻成立証明書の現物だった。



【辺境伯エルバート・カレンと侯爵バージル・ブラッドリー、この両家当主の合意に基づき、カレン家長男であるマティアス・カレンとブラッドリー家長女であるエミリア・ブラッドリーの婚姻を承認並びに証明する】



 そう書かれた紙には、しっかりと国王陛下の印が押されている。



――私って本当に結婚したのね……。



 結婚式をしたというのに、展開が早すぎてとてもじゃないが既婚者になったという実感が湧かない。



 だが、名前と年齢以外ほぼ何も知らないマティアス・カレンという男と、夫婦として法的に認められたということは分かった。



 そして、ふとお父様の方に視線を移すと、笑顔のお父様と目が合った。



「綺麗だ……。エミリアは本当に最高の我が娘だ。心から誇らしいぞ」



 そう言ってくれるお父様の言葉に、偽りなど一切感じなかった。本音で言ってくれているんだと分かり、思わず感極まって涙が出てくる。

 お義父様もしみじみとした様子で、私たちを見て目元を潤ませていた。



 だが、そんな儚く幸せな空気を打ち壊す声が聞こえてきた。



「お姉様! さっきの式、とっても綺麗だったわ! ねぇ……脱いだらそのドレスを私に着させてくれない? アイクお兄様からもお姉様に頼んでちょうだい?」

「エミリア、いやー本当にお姫様みたいだったよ。だから、ビオラにも着させてやってくれよ。ビオラが着たら、そのドレスの魅力がもっと引き立つからさ」

「やっぱりそうよね~」



 どうやら、この場に私以外の人がいることは本当に気にしていない様子だ。ねだるような視線を向けるビオラと、期待の眼差しを向けるお兄様にうんざりする。



 そう思っていると、突然雷のような怒声が響いた。



「黙って聞いていれば、エミリアに何てことを言うんだ!!!!!!」 



 その怒鳴り声の主は、お義父様だった。すると、そんな怒りを他人から向けられたのは初めてだったのだろう。ビオラはあっという間に泣きだし、お兄様に泣きついた。



「何で怒られないといけないの? 私悪いこと言ったかしら? グスッ……」

「ビオラ、泣かないでくれ。ビオラは何も悪いことなんて言ってないよ。なあ、父上」



 お兄様がお父様に声をかけた。そう思った瞬間、ゴスッと鈍い音が鳴った。……お父様がお兄様を殴った音だった。



「父上……何で……」



 そうお兄様が声を漏らすと、ビオラがお父様に駆け寄った。



「お父様酷いわ……! お兄様に何てことするの!」



 悲鳴にも近い叫び声を上げている。そんなビオラはあろうことか、お父様の腕を両手で掴み揺さぶり始めた。



「何してるの! ビオラ、やめなさい!」



――お父様をあんなに力いっぱい揺さぶるなんて、何を考えているの!?

 お父様にもしものことがあったら……!



 動きやすいようにウェディングドレスを手で掴み、慌てて駆け寄ろうとした。すると、パンッ……と乾いた音が部屋に響いた。

 そして、床に倒れ込んだビオラとお兄様に向かい、お父様が怒声を浴びせた。



「酷いのはどっちだ!? どれだけ言ってもエミリアへの態度を改めない! エミリアが優しいからと図に乗って、どれだけエミリアを苦しめれば気が済むんだ!?」

「そんな苦しめる気なんて……」

「そうよ。私たちはお姉様のこと大好きだも――」

「本当に好きだと思っているのにこんなことをしているんだったら、お前らは狂ってる! エミリア以外、もう我が子とは思いたくもない!」



 そう言うと、お父様は酷く咳き込み始め、その場でよろけた。そんなお父様を間一髪で受け止めたところ、純白のウェディングドレスが鮮血に染まった。



「お父様……!!!!!!」

「エミリア……すまない……」



 そうボソリと呟くと、お父様はその場で力なく気を失った。完全に脱力しきったお父様は、急に重たくなり支えきれない。

 そう感じた瞬間、お義父様がサッとお父様を支え、そのまま急いで寝室へと運んでくれた。

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