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29話 翻弄〈マティアス視点〉

 ジェロームに事の真意を確かめようと思った。

 しかし、ジェロームにしては珍しく、明日の正午まで休暇を取っていたため、会って話を聞くという目的を果たすことは出来なかった。



 それに時間はもう夜だ。そのため、食事後に少し仕事をして、今夜は大人しく床に就くことにした。



 だが、ぶつけきれない怒りを抱えていた俺は、苛立ちの持続によりろくに眠ることが出来なかった。

 その結果、ちゃんと眠ろうと努めはしたものの、いつしか朝を知らせるように太陽が昇ってきた。



――はあ……王に提出する報告書でも書くか……。

 少しでも、あの女のことを忘れたい……。



 そうして仕事に没頭していると量が多かったこともあってか、気付けば五時間ほどが経過していた。



――少しジェラルドの様子でも見に行ってみるか……。



 そう思い立ち、俺はジェラルドの部屋へと向かった。そして、ジェラルドの部屋に到着すると、ジェラルドは意外なことに俺を笑顔で迎えてくれた。



「ジェラルド、昨日はごめんな。久しぶりに会ったのに、言い過ぎたよ」

「うん。お兄様は怖かったんだもんね! 僕もう怒って無いよ! それより、久しぶりに不朽読んでほしいな!」



 今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。だが、今日はジェラルドの要望に尽くさざるを得ない。

 そのため、久しぶりに読み聞かせをすることにした。



「じゃあ、いつもの七章を読むか?」

「ううん! 僕、三章が良い!」



 この発言に、俺は違和感を覚えた。



 ジェラルドは、エルメギが自身にとっての不朽を見つけるシーンである七章が好きだったはずだ。逆に、ハテニアがあまり好きじゃないからと、俺が一番好きな三章にはそこまで興味が無かったはずだった。



――なのに、そのジェラルドが三章を読んでくれだと?

 一体どういう風の吹き回しだ……?



 そんなことを思っていると、早く早くと急かされたため、俺は三章のページを開いて読み始めた。



「人は泡沫(うたかた)(すが)るものだ。だが、不朽を見つけた者こそが誠の強を得る」



 俺の一番好きな台詞。その部分を読むと、ジェラルドがなぜかふふっと笑った。

 この笑いが妙に気にかかり、読んでいる途中ではあったが、俺はジェラルドに話しかけた。



「どうしたんだ?」

「ふふっ。お兄様が前、何で人は泡沫に縋るものだって言ったかの説明をしてくれたでしょう?」

「ああ、そうだ。嬉しいな。覚えていてくれたのか?」

「うん! あのね、本当にその説明通りだって、やっと僕、分かったんだ!」



――心の機微に気付けるくらい成長してたんだな。



 ジェラルドの成長を感じ、感慨深さと喜びに浸った。そんな俺は、久々に訪れた和やかな空間で、ジェラルドに読み聞かせを続けた。



 そして、一章分の長い読み聞かせが終わると、ジェラルドはきちんと「ありがとう」と礼を言ってくれた。

 その流れで、俺もジェラルドに花の礼を伝え、これでもかと褒め称えた。



 すると、ジェラルドはとても嬉しそうに照れながら喜んだ。その反応を見て、ジェラルドは本当に可愛らしい息子のような弟だと、ますます愛おしさが増した。



 だが、そろそろ仕事に戻らなければならない。

 そのため、部屋に戻ると伝えようとしたその時、ジェラルドが少し緊張した面持ちで話しかけてきた。



「ねえ、マティアスお兄様。お兄様は突然リアが家にいたから怖かったんだよね。でも、安心して! リアは怖い人じゃないよ!」

「――っ!」

「それと、いくらリアが可愛いからって照れていじめちゃダメだよ!」



――ジェラルドは何を言っているんだ……?

 怖い人? 可愛いからって照れていじめるな?



 あまりにも予期せぬことを言われ、一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。だが、すぐにジェラルドに変な入れ知恵をした人物が頭に浮かんだ。



――イーサンのやつ、ふざけやがって……!



 へらへらと笑っているあいつの顔が頭に浮かび、怒りが込み上げてくる。

 だが、純粋で何も知らなそうなジェラルドの前でその怒りを出すわけにはいかない。ジェラルドの体調を崩したくない。



――大嫌いなんて言われるのも、もう二度とごめんだ。



 その結果、俺はジェラルドの緊張を解くべく、口角をぴくぴくとさせながらも何とか微笑み、ジェラルドに言葉を返した。



「あ、ああ……っ分かった……」



 色々な意味で分かりたくない。そう思いながらも、俺はジェラルドに何とか模範的な言葉を返した。



 すると、ジェラルドは狙い通り、一気に緊張が解け安心した顔になった。かと思えば、突然抱きついてきた。



「マティアスお兄様、昨日は勢いで大嫌いなんて言ってごめんね……。本当は大好きだよっ……」



 その言葉に、俺は何とも言えぬ罪悪感を抱き、胸がズキンと傷んだ。



 きっと俺を信じて大好きと言ってくれたのだろう。

 だが、俺はジェラルドが期待していること全てに応えきれる自信が無い。

 とはいえ、そのことをジェラルドに悟られるのは良くないはず。



――ジェラルドの前では、あの女に対する感情を隠さなければ……。



 そう考え、俺はジェラルドを抱き締め返し、くれた言葉に返事をした。



「ありがとう。俺もジェラルドが大好きだぞ」



 そう告げると、ジェラルドはそれは幸せそうに笑ってくれた。



――これで良かったんだ……。



 そう自分に言い聞かせ、ジェラルドと別れて部屋から出た。

 そしてその後、俺は真っ先にイーサンの部屋へと向かった。



「おい……イーサンっ!」



 ノックもせずにイーサンの部屋のドアを開けると、呑気にベッドで寝ているイーサンが目に入った。



「いつまで寝てるんだ。起きろ! つい最近まで戦場に居たやつとは思えん!」

「あれ、兄上。もう朝? 久しぶりの家だから気が緩んじゃったよ」

「はぁ……。それよりお前、ジェラルドに何を吹き込んだ」

「えー、何って何?」



 覚えがないと言うように、ふあぁ~と呑気にあくびをするイーサンに苛立ちが募る。そのため、俺は先程ジェラルドに言われた言葉をイーサンに伝えた。



「リアは怖い人じゃない、可愛いからって照れていじめるなと言われた。昨日の今日でこれだ。どう考えても、お前が入れ知恵をしただろう!」



 そう言うと、イーサンはきょとんとした顔をした。かと思えば、腹を抱えて息も絶え絶えというほどに大爆笑をし始めた。



「笑うな!」

「あはははっ! それで、兄上は何て返したんだ? ジェラルド相手だ。どうせ、分かったとか言ったんだろう? あははははっ!」



 図星すぎて、恥ずかしさと怒りで一気に顔に熱が集まるのが分かった。

 すると、そんな俺の様子を見て、イーサンはより勢いよく笑い出し、俺はそんなイーサンの反応を見て、これ以上怒っただけで無益だと悟った。



「もう好きに笑え! その代わり、今すぐ準備をして報告書作成の仕事をしろ!」



 そう言うと、イーサンは笑いながらも準備を始めた。そして、俺は準備が出来たイーサンを引き連れ執務室に行き、共に仕事を始めた。



 だが、時間はもう昼。そのため、仕事を始めて直ぐだったが、俺たちはランチの代わりの軽食を食べた。

 そして食事を終えたあとは、俺もイーサンも集中して仕事を進めた。



 それから数時間経ち、いつしか時刻はティータイムになっていた。また仕事の方も、そろそろ一段落というところになっていた。



 すると突然、執務室の扉がノックされた。



――誰だ?

 ジェロームだろうか?



「入っていいぞ」



 そう声をかけると、「失礼します」という女の声が聞こえた。



――ティータイムだし、ジェロームが使用人に茶も持って行くよう手配したんだろうか?



 そう思いながら顔を上げると、そこにはニコニコと微笑んでいるエミリア・ブラッドリーが居た。



――何でこの女が来たんだ?

 昨日あれだけ言ったのに、どうして……。



 俺の言葉が何も届いていなかったのかと思い、沸々と怒りが込み上がってくる。

 そのため、その怒りの対象である目の前の女に、俺は問いかけた。



「……何の用だ」



 すると、この女はあろうことか俺とイーサンを、茶に誘ってきた。



 何でこの状況で、イーサンはまだしも俺に対して茶の誘いが出来るのだろうか。ニコニコヘラヘラと笑うその顔も腹が立つ。



――これだから王都の女は……。



 そう思うと、もう止められなかった。



「エミリア嬢、ここは王都じゃない。遊ぶために来ているのなら、あなたのためにも、とっとと都に帰ったらどうだ」



 そう言うと、女は口角こそ上げているものの、目元の笑みを完全に消した。きっと図星だったのだろう。

 そう確信を持った俺は、目の前の女に勢いで昨日の話をぶつけた。



「それに、ここに来て直ぐ、半数ほどの使用人を解雇したと聞いた。使用人はあなたの物や奴隷じゃない。雇用契約がある以上、気に食わないからと簡単に辞めさせるなど、決して許されることでは無い。俺の妻という立場を笠に着て、権力を振り翳すなど以ての外だ!」



 そう言うと、イーサンが少し強めに俺を引き止めようと声をかけてきた。するとその直後、女が口を開いた。



「マティアス様は少々誤解をされている様です。解雇理由を説明させてください」



――誤解とはなんだ。

 本人から聞いても意味が無い。

 客観的で公平公正な第三者から聞く方が、ずっと良いに決まってる。



「説明なら他の人間から聞く。仕事をしていたんだ。出て行ってくれっ……」



 そう言って、俺は女を追い出した。ここまでしたのだ。



 だからこそ、まさかあの女が戻ってくるなんて思ってもみなかった。

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