28話 読めない女〈マティアス視点〉
イーサンの顔をチラッと見ると、吹き出すのを必死に堪えているような顔をしている。
いつもだったら怒るだろうが、もう怒りすら湧いてこない。
そんな俺を見て、イーサンも何かを思ったのだろう。普通の顔に戻り、そろそろディナーに行こうと声をかけてきた。
そのため、俺は何も言うこと無く、ただ素直にイーサンについて行った。
◇◇◇
ディナーの席に着きジェラルドを待っていると、あの女が一人でやって来た。
そして、やって来るなり「お待たせいたしました」と俺らに向かって話しかけてきた。
その言葉を聞き、なぜ俺たちが自分を待っているという前提なのかと苛立ちが募り、俺はその気持ちをそのまま言葉にしてぶつけた。
「別にあなたのことは待ってない」
そう言うと、女は一瞬面食らったような顔をしたが、落ち込むでも無表情になるでもなく、なぜか微笑みを絶やすことは無かった。
――なぜ笑う?
何がおかしいんだ。
予想外の反応に、目の前の女の心理状態を完全に見失ってしまった。
そんなとき、突然イーサンが席から立ち上がったかと思うと、女をエスコートして座らせた。
かと思えば、イーサンは俺の方を見ながら、「俺の唯一のお義姉様だからね」と女に声をかけた。
――こいつっ……。
他人事だからって調子に乗りやがって!
そう思ったが、ジェラルドが来るかもしれない。そう考え、睨みつけるだけに留めた。
すると、そんな俺を見てそこまで怒っていないと思ったのだろう。イーサンはへらへらと笑いながら口を開いた。
「それにしても、ジェラルドまだ来ないね?」
それは俺も思っていたことだった。
――さっきのこともあったし、様子を見に行こう。
そう思い立ち上がろうとする寸前、女が口を開いた。
「私、今から様子を見てきま――」
「あなたは行かなくていい」
俺は言葉を被せた。
この女はあくまで部外者。そんな女が、この家の人間のように振る舞うその姿が許せなかったからだ。
それに、幼く純粋なジェラルドまで手懐けているところも悪質さも持っている。
そんな女を、これ以上ジェラルドに近付けたくなかった。
そのため、大声にはならないように気をつけながら、思っていることを再びぶつけることにした。
「どうやってか知らないが、あなたは幼いジェラルドを籠絡しているようだな」
「籠絡だなんて――」
まるで窘めるような、その優しい話し方がより癪に障り、俺はまたも女の言葉を遮った。
「俺はあなたを妻だなんて認めた覚えはないっ……。出しゃばらないでくれ。……っ俺が見てくる!」
――俺があいつにしか許す気の無かった場所に勝手に居座ってるくせに、何で平気な顔をして笑ってるんだ!
俺の気持ちも知らないでっ……。
そんなむしゃくしゃした気持ちを抱えながら、俺は再びジェラルドの部屋に向かった。
すると、様子を見てくれと頼んでおいた使用人がちょうど部屋から出て来た。そして、俺を見つけるなり話しかけてきた。
「旦那様っ!」
「ん? ジェラルドはどうした?」
「それが、ジェラルド様が発熱していらっしゃいまして、ディナーには行けないとちょうどご報告に上がろうと……」
「熱が出たのか……?」
さっきまでは元気そうだった。もしかしたら、俺がジェラルドを泣かせてしまったからかもしれない。
そんな思い当たる節があり、俺は急いでジェラルドの部屋に入った。
すると、ベッドで眠るジェラルドが目に入った。ジェラルドの額にそっと手を当てると、確かに熱が出ていることが確認できた。
「冷えた水とタオルを持ってきてくれ」
そう告げると、準備途中だったのか、使用人は想像よりも早くそれら一式を持って来た。
そして、俺はそれを受け取り、タオルを桶に入った水に入れ、濡らし絞って、眠っているジェラルドの額に乗せた。
――ジェラルドは眠っているし、今はそっとしておいた方が良いだろう。
明日改めて様子を見に来ることにしよう……。
そう決めた俺は、ジェラルドの部屋から静かに退室した。
そして、近くにいた使用人にジェラルドが熱を出したことと、俺は自室で食事をするとイーサンたちに伝えてくれと、言伝を頼んだ。
こうして俺は、重たく沈んだ気持ちを抱えたまま、自室に向かって一人歩き始めた。
◇◇◇
歩き始めて、しばらく経った頃だった。見知った使用人よりも、知らない使用人をよく見かけることに気付いた。
そのため、見覚えのない人物だったが、俺はすぐ近くにいた使用人の男に声をかけた。
「仕事中にすまない。質問があるんだが」
「っ! だ、旦那様! どういたしましたか?」
「見知った使用人をあまり見かけないが、皆の休みが被っているんだろうか? それに、見知らぬ使用人も多い。新しく雇ったのか?」
ライザはいつも今日と明日の曜日は休みだ。だから会えないことは分かっている。
しかし、他の使用人をこんなに見かけないのはおかしいだろう。
そう思い質問をすると、目の前の使用人は合点がいった様子で話し始めた。
「はい! 本日が休みの者もおります。ですが、奥様がここに来られてすぐに半数ほどの使用人に暇を出され、大規模な使用人の入れ替えがあったんです」
――は……?
俺は何も聞いてないぞ?
「……なぜ暇を出したんだ?」
「すみません。実は私は最近雇われた身なのです。そのため、詳しい内容は存じておりません」
――あの女は、雇用契約というものを知らないのか?
使用人だって人間なんだぞ!?
これだから、王都の女は……!
あの女は一体どんな考えをしている!?
今一度、大量解雇に関して調べてみる必要がある。
そのことに気付いた俺は、自室へと再び歩みを進めた。
 




