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26話 決めつけないで

 激動の昨日を乗り越え、目覚めた私はいつも通り使用人たちに挨拶をして回った。その後、朝食や昼食を食べに行ったが、その席には誰もいなかった。



――会えないことには、マティアス様と打ち解けるなんて無理よね……。

 ジェリーの部屋にいるかもしれないわ。

 行ってみましょう。



 ということで、私はジェリーの部屋にやって来た。しかし、そこにマティアス様はいなかった。



 ちなみに、ジェリーの熱は下がっており、私のことをとても歓迎してくれた。そのため、一旦当初の目的は忘れ、ジェリーと楽しくお話をした。



 すると会話の中で、マティアス様は既に今日ジェリーの部屋に来ていて、一時間ほどジェリーとお喋りをしたという情報を得た。


 

 そして、私もマティアス様と同じくジェリーと一時間ほど過ごし、そろそろお別れというタイミングで、ジェリーが爆弾発言をした。



「あっ、そうだリア! 僕さっきちゃんと、マティアスお兄様にリアは怖くないよって言ったからね! あと、可愛いからって照れていじめちゃダメだよって伝えたよ!」

「ほ、本当にそのとおりに、言ったの……?」

「うん! そしたらね、お兄様ってば林檎みたいに顔を真っ赤にしてたんだ。でも、ちゃんと分かったって言ってたよ! 思ったより照れ屋さんだったんだね!」



――絶対に怒りで顔が赤くなったに決まってる……。

 でも、分かったって言ったってことは、私の存在を認めてくれたってこと?

 いや、そんな楽観視しちゃいけないわよね。

 だけど、昨日とは随分と反応が違う気がするわ……。



 ジェリーの純粋さに思わず眩暈がしそうになったが、ほんの少しだけ光が見えたような気がする。

 そんな気持ちを抱き、私はジェリーの部屋から出た。すると、ちょうど廊下の反対側を歩いているジェロームが目に入った。



「ジェローム!」



 一番マティアス様のことを知っていそうなジェローム。そんな彼から情報を仕入れようと考えていたが、珍しく朝からジェロームを見かけなかった。今日は随分と忙しいのだろう。



 だからこそ、こうして会えた今がチャンスとばかりに、私はジェロームを呼び止め駆け寄り、マティアス様について質問をした。



「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、五分ほど大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ、奥様が最優先ですから、五分と言わず何なりとご質問ください」

「ありがとうございます。あの……マティアス様について聞きたいんですけど、彼の好きなものとか知りませんか?」

「マティアス様の好きなものですか……」



 そう呟くと、ジェロームは考え込むような様子を見せた。だがすぐに、私に聞き返して来た。



「もしや、親交を深めるための質問でしょうか?」

「はい。私のことを否定的に見ていることは存じていますが、一応夫婦ですし、少しでも打ち解けたくて……」



 妻と認めていないと言われたが、既に夫婦関係は成立しているし、貴族はそう簡単に離縁なんて出来ない。それに、ブラッドリー領地を守ってもらうためにも、尚更離縁なんてできない。

 その気持ちの一部をジェロームは分かってくれたのだろう。

 彼は少し考えた後、ある案を出してくれた。



「マティアス様は、お茶を好まれます。一緒にティータイムを過ごしてみてはどうでしょうか?」

「お茶……ですか?」

「はい。落ち着くので好きだと以前おっしゃっていました。今は執務室におられます。そろそろ休憩の時間でしょうから、お誘いしてみてはいかがですか?」



 そう提案され、私は早速マティアス様が居るという執務室にやって来た。そして、お茶会に誘うべく扉をノックすると、室内から返事が返ってきた。



「入っていいぞ」

「……失礼します」



 マティアス様が入室を許可する声が聞こえた。そのためそっと扉を開けると、そこにはマティアス様とイーサン様の二人がいた。

 そして、何やら作業をしていたらしいマティアス様は顔を上げて私を見るなり、険しい顔つきになった。



「……何の用だ」

「マティアス様を、お茶のお誘いに来ました。イーサン様も居らしたのですね。お二人とも、よろしければご一緒にいかがですか?」



 いざマティアス様を見ると急激に緊張が高まり、自身の心臓がドキドキと鳴る音が聞こえてくる。

 それに、険しい視線を感じて少し怖さも感じる。



 だが、そこで怯えの表情を出したら、きっと私の印象は悪くなる一方だろう。

 そう考え、私は自分で自分の感情を偽る意味も込めて、口角を下げないように意識し、マティアス様の反応を窺った。



 誘いの言葉をかけてから、沈黙が広がる……。



 そんな中、その静寂を切り裂くように、呆れを孕んだ長いため息が室内に響いた。

 そしてその直後、ため息の発信源であるマティアス様が口を開いた。



「エミリア嬢、ここは王都じゃない。遊ぶために来ているのなら、あなたのためにも、とっとと都に帰ったらどうだ」



 あまりにも心外だった。



 私はこれまでヴァンロージアに来てから、遊び惚けていた自覚は無い。

 お茶会だってジェリーとするくらいで、ここに来てからはほとんどしたことは無い。


 

 確かに、金を湯水のごとく使い、社交レベルを逸脱したお茶会やパーティーを開き、享楽に浸る御夫人やご令嬢は存在する。また、王都にそういった人物が多いのも事実だ。

 王都は、派手さや華美さがステータスとなる世界。生まれてからずっと王都で暮らして来た私に、マティアス様がそんなイメージを抱くのも理解できなくは無い。



 ただ最も心外なのは、私がここに来た理由を遊ぶためだと言われたことだ。



 結婚したくてしたわけじゃない。ヴァンロージアだって、最初は来たくて来たわけじゃない。

 だが、ブラッドリー領をお義父様に守ってもらっている分、お義父様や結婚相手となったマティアス様に恩を還元できるようにと、自分なりに精一杯やって来たつもりだった。



 だからこそ、そんな言われように衝撃を受け、驚きのあまり反論よりも絶句の方が勝ってしまった私は、直ぐに言葉を発することが出来なかった。



 すると、そんな私の様子を見て、マティアス様はやっぱりな……というような表情をしながら、言葉を続けた。



「それに、ここに来て直ぐ、半数ほどの使用人を解雇したと聞いた。使用人はあなたの物や奴隷じゃない。雇用契約がある以上、気に食わないからと簡単に辞めさせるなど、決して許されることでは無い。俺の妻という立場を笠に着て、権力を振り翳すなど以ての外だ!」

「おい、兄上!」



 強めの口調で、マティアス様を諫めるイーサン様の声が聞こえた。そのときやっと声を発せる状態になった私は、マティアス様に話しかけた。



「マティアス様は少々誤解をされている様です。解雇理由を説明させてください」

「説明なら他の人間から聞く。仕事をしていたんだ。出て行ってくれっ……」



 そう言われたかと思うと、私はいつの間にかマティアス様に部屋から追い出されていた。部屋の外にいたジェロームの方を見ると、今にも死にそうなほど酷い顔色をしたジェロームと目が合った。その瞬間、ジェロームが口を開いた。



「私が要らぬ提案をしたばかりに、大変申し訳ございません!」

「謝らないでくださいっ……。ジェロームは何も悪くありません!」

「ですが、奥様があんなに言われるなんて――」



 そう言うと、ジェロームは必死に私に謝り続けてきた。



 だが、これは私とマティアス様の心の溝が、想像以上に深かったことが原因で起こった問題。

 そして、ジェロームの案を受け入れ採用した、私の選択が問題だったという話だ。



 そのため、私はジェロームに安心してもらいたくて、大丈夫と伝えるために微笑み声をかけた。



「本当に気にしないでください。私は大丈夫ですから」

「っ! だとしても、このままでは――」

「はい、その通りです。このままと言うわけにはいきません。ですのでジェローム、私に協力してください」

「なんでもいたします! どうしたら良いのでしょうか?」

「今から解雇理由をまとめた書類を取りに行ってきます。その後、戻ってきたらマティアス様に補足説明をしてほしいのです」



――こうなったらやってやろうじゃないの。

 絶対にマティアス様を納得させてやるわ。



 そう心に決め、ジェロームの快諾を受けた私は部屋に戻った。

 そして、こちらから暇を出した使用人の解雇理由とジェロームの評価、問題行動についてまとめておいた書類を持ち出し、再びマティアス様の部屋へと足を進めた。



「マティアス様、エミリアです」



 そう扉に向かって声をかけると、室内から足音がした。かと思うと、不機嫌そうな顔をしたマティアス様が扉を少し開け、ぶっきらぼうに声を放った。



「どうしてまた来た。何の用だ」



 潔白を証明するためには、しつこくて上等。

 そんな気持ちで、私は持って来た書類の束をマティアス様の胸に思い切り押し付けた。

 すると、予想外の行動だったのだろう。マティアス様は険しい表情を崩し、勢いでその書類を受け止めた。



「これが解雇理由についてまとめた書類です。不明な点はすべてジェロームが説明してくれます。私は清廉潔白に家の切り盛りをしてきたつもりです。私を糾弾したいなら、せめてこの内容を確認してから糾弾してください。私は遊びでここに来たわけではありません。勝手に偏見や先入観で決めつけないでくださいっ……」



 ……言い切った。



 僅かだがそんな奇妙な達成感を覚え、今までは怖くて見られなかったマティアス様の目をジッと見つめた。



 すると、マティアス様は少し困惑したような表情を浮かべ、「分かった……」と言いその書類を確実に受け取ってくれた。



――これ以上は、私が居ても意味が無いわね。

 後は、ジェロームに任せましょう。



「では、失礼します。ジェローム、よろしくお願いします」

「はい、お任せください」



 その言葉に安心し、これでマティアス様の考えが少しでも変わればと祈りながら、自室へと戻った。

次回から数話、マティアス視点です。

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