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25話 最優先課題

 部屋は一瞬にして、気まずさに包まれた。



 だが、用意してもらったディナーを食べない訳にはいかない。そのため、私とイーサン様は無言でいつもより豪華なディナーを食べ進めた。



 そして、二人ともが食べ終わったそのとき、イーサン様がおもむろに話しかけてきた。



「実はね、兄上は結婚した後に、結婚したってことを知らされたんだ。だから、反対も出来ないし、自分の意思や人権がまるで無視された感覚になって、むしゃくしゃしてるんだと思う。本当にごめんね……」



 私はこのイーサン様の言葉を聞いて、頭が殴られたかのような衝撃を受けた。



 確かに結婚式までの期間の短さゆえ、マティアス様の意見が反映されているかは未知だと思っていた。

 それに、彼にとって私が望まぬ相手かもしれないということも考えていた。



 だが、もともとはカレン家からの打診により決まった結婚。そのため、多少なりともお義父様とマティアス様の間で話をつけていると、心のどこかで思ってしまっていた。



 貴族のあいだでは、その結婚一つで自身の人生は大きく変わる。そんな結婚を自分の意思なく勝手に決められ、帰ってきたら知らない女が家にいて、妻ですと挨拶されたら……。



――酷いと思っても、今くらいの態度ならマティアス様の言動を責め立てられないわ。

 せめて結婚相手としてはマシだと思ってもらえるよう、今まで以上に何とかしないとっ……。



 私とマティアス様の心の距離や、認識の乖離を把握し、自身が思った以上に事態を楽観視していたことに気付いた。

 そんな私は、イーサン様に言葉を返した。



「そうだったんですね……。それなら、私に対するマティアス様の言動も……理解できます。あの方の立場に立って考えたら無理もないです……」

「いや、あれは一方的すぎだ。とにかく、俺も兄上と話してみるよ」



 その言葉を最後に、ネガティブな空気がズーンと漂ってしまった。するとそんな空気を打ち払うように、イーサン様が話題を変えた。



「そうだ! 気になったから使用人たちに聞いたんだけど、エミリアさんが制服を変えることを提案したんだって?」

「は、はい……」

「良い案だったね。使用人たちがとても喜んでたよ」

「ありがとうございますっ……」



 何を言われるのかとドキッとしたが、予想外に褒めてくれた。

 なんだか、私という存在に不自然なほど順応している分、マティアス様よりもイーサン様の方が異常な気がしてきた。



 だがそんな私の心情を知らないイーサン様は、ありがとうという言葉を聞き、うんうんと頷きながら優しく微笑みかけてくれた。



 その彼の笑顔を見ると、不幸中の幸いのような気持ちになり、少し安心を感じられた。

 すると、イーサン様が思い出したかのように訊ねてきた。



「あっ……そろそろ部屋に戻るよね?」

「はい、そのつもりです」

「もし良ければ、一緒にジェラルドのところに行かない?」



 部屋に戻る前に、ジェリーの様子を見に行くつもりだった。

 そのため、私はこの誘いに乗り、イーサン様と共にジェリーの部屋に訪れることになった。



 ◇◇◇



 部屋に行くと、そこには熱で辛そうにしているジェリーがいた。ジェリーは起きており、ベッドから私たちに視線を向けた。



「ジェリー、イーサン様も一緒に来たわよ」

「あ、リア……お兄様……」

「楽にしてあげるからね」



 そう声をかけ、私はジェリーの頭のタオルを濡らし、絞って載せ直した。すると、ジェリーは安らいだように、気持ちよさそうな表情をした。



 そんな様子に安心したんだろう。私の隣にいたイーサン様が、ジェリーに話しかけた。



「ジェラルド、今日花を植えてくれたんだってね。綺麗だったよ、ありがとう。兄上もすごく喜んでたよ。楽しかったか?」



――マティアス様も、そういうのを喜ぶのね。

 意外だわ……。



 そんなことを思っていると、ジェリーがイーサン様に言葉を返した。



「うん、初めてだったけど楽しかったよ。……リア……っごめんね」



 イーサン様と話していると思っていたのに、急に謝られて混乱してしまう。なんせ、私にはジェリーに謝られるようなことをされた記憶が無いのだから。

 そのため、私は焦りながらジェリーに問いかけた。



「もしかしてミミズのこと? あれは気にしなくて大丈夫よ」

「そっちじゃないよ……」

「じゃあ、本当に謝られる覚えがないわ。どうして謝るの?」



 そっちじゃないとはどっちだ。そんなことを思いながら訊ねると、ジェリーは泣き出しそうに悲し気な表情で言葉を紡いだ。



「……っマティアスお兄様がリアに酷いことしちゃった」

「それはジェリーが謝ることじゃないわ」



 まさか、ジェリーがマティアス様の言動で罪悪感を抱いているなんて考えていなかった。身内の罪は自身の罪だと重ねて考えてしまったのだろうか。



 ただでさえ、ジェリーは繊細な子。何とか今のうちにその罪悪感を抱かないようにしておかないと、今後マティアス様の行動を見るたびに罪悪感を抱くことになってしまうだろう。



――だって、マティアス様が急にイーサン様のように接してくれる姿なんて、想像つかないもの……。



 そう結論付けた私は、子ども騙しだとは思うが、ジェリーに嘘をつくことにした。嘘も方便だと許してほしい。



「ジェリー、知らない人が家に居たらどう思う?」

「怖いし、びっくりする……」

「でしょう? ジェリーは私のことを知っているけど、マティアス様は私のことを知らなかったみたい。だから、そんな私が家に居て、怖くて驚いちゃったのよ」



 そう言った後、私は話を合わせてくれと祈りながら、隣にいるイーサン様を見つめた。

 すると、イーサン様は呆気にとられたような顔をしていたかと思えば、急に吹き出すように笑いだしてジェリーに語りかけた。



「そうそう、お兄様は怖がりなんだ。あと、とっても照れ屋なんだよ。だから、本当は酷い人じゃないぞ?」

「ほんと? ずっとリアのこと悪く言ってたのに?」



――マティアス様ったら、ジェリーにそんなことを言ったの?

 だからストレスで熱が出たんじゃ……。



 そう考えていると、イーサン様が少し真剣な顔をしてジェリーに質問をした。



「どんな悪いことを言ってたんだ?」

「僕がリアに騙されてるって……。あと、勝手に嫁いでくるのに良い奴なわけがあるかって言ってた」



 そう言うと、ジェリーは目に涙を溜めながら、布団の端をギュッと握りしめて言葉を続けた。



「っリアは悪い人じゃないのに……。僕が寝込んだら看病もしてくれるし、一緒に出掛けたり遊んでくれたりする。雷が怖かったら一緒に寝てくれるし、どんなに忙しくても、この家で一番僕の話を聞いてくれる。勉強も、それに僕の好きなピアノだってリアが教えてくれてるんだよ? なのに――」

「あなたがそう思ってくれるだけで十分よ」



 ジェリーの言葉を聞き、思わず私の涙腺が緩みそうになった。止めないと、本当に危ないところだった。

 そんな私は気合で溢れそうになった涙を止め、ジェリーを休ませるために言葉を続けた。



「ジェリー。元気になったら、一緒にピアノを弾きましょうね。でも、そろそろ休んだ方がよさそうだわ。今日はもうおやすみよ」



 そう言うと、ジェリーは潤んだ瞳で私を見つめ、躊躇いがちに消え入りそうな声で声をかけてきた。



「寝るまで……っ一緒にいてほしい……」



 五歳の頃は良く言っていたが、最近はあまり言わなくなっていた。そんな言葉がジェリーの口から出てきたため、驚いた私は思わず一緒にいるイーサン様に目を向けた。

 すると、イーサン様は少し驚いた顔をしながらも、優しく微笑み頷きを返してくれたため、私はジェリーに言葉を返した。



「ええ、良いわよ。眠るまで私もイーサン様も一緒よ」



 そう声をかけると、安心したようにジェリーは目を瞑りすぐに眠りの世界入った。



 こうして完全にジェリーが寝たことを確認し、私とイーサン様は音を出さないよう細心の注意を払って、そっと部屋から出た。



 ◇◇◇



「あんなジェラルド初めて見たよ」



 ジェリーの部屋から少し離れた廊下で、唐突にイーサン様が話しかけてきた。

 そして曲がり角まで来ると、イーサン様は足を止め、私に向き直って言葉を続けた。



「兄上のことは無視して、どうかジェラルドと一緒に居てあげてほしい」

「出来ればそうしたいです。ですが、それで仮にジェリーが怒られることになったら……」

「大丈夫。ジェラルドが真に望んでいると分かれば、兄上も怒らないよ。俺やジェロームからも説明しとく」



――本当に分かってくれるのかしら?

 でも、イーサン様とジェロームが説明してくれるなら、少し安心かも……。



「では……お任せいたします」

「うん、任されました! それじゃあ、俺の部屋こっちだから……って知ってるか。今日はゆっくり休んでね。おやすみ」

「イーサン様もゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」



 こうして私たちは別れ、それぞれの部屋へと戻って行った。そして、今日分かった私が優先的に解決しなければならない課題を改めて確認した。



――イーサン様もだけれど、誰よりも何よりもマティアス様と早く打ち解けないとっ……。

 明日、ジェロームにマティアス様と少しでも関係を改善させるヒントを聞いてみましょう。

 とにかく、何でも即実践して試してみるしかないわ!



 そう意気込みながら、私は明日に備えて眠りについた。

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