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24話 マティアス様にとっての私

――私が見えていなかったわけじゃないわよね……?

 わざと……無視したってこと?



 あまりにも明らかな拒絶の反応に、頭が一瞬真っ白になった。

 だが、時間が経つにつれ、一人取り残され惨めな状態になっているということを自覚し、私は急いで頭を上げた。



「奥様っ……。どうかお気になさらず」

「だ、大丈夫です! きっと疲れてたんですよ!」

「もしかしたら、奥様が美しすぎてびっくりしたのかも――」



 玄関に集まっていた使用人が、口々に慰めの言葉をかけてくれる。だが、その言葉を噛み締めるたび、心の中に惨めさが募っていくような感覚になった。



 だが、ここで私が本当の感情を表出させたら、使用人もこれ以上どうしたら良いか分からなくなるだろう。

 そう考えた私は、心配かけないようキュッと口角を上げ、ティナをはじめとする使用人たちに声をかけた。



「いきなりで戸惑うのも無理は無いですし、きっと兄弟水入らずになりたかったんでしょう。私は大丈夫ですから、気にしないでください。ね?」



 そう言うと、私のすぐ隣に居たティナが不服そうに声を漏らした。



「でも――」

「ティナ。本当に大丈夫だから。きっとディナーの時にでもお話はできるはずよ。今はそっとしておきましょう」

「……はい」



 そんな話をしていると、ジェロームが近付きそっと耳打ちをしてきた。



「……奥様、続いてイーサン様が入って来られます。お出迎えしましょう」



 そう言われ、私たちは最初の定位置に戻った。するとすぐに、イーサン様が目の前の扉から入ってきた。

 そして礼をした頭をあげると、先ほどのマティアス様とは異なり、イーサン様とは、ばっちりと目が合った。



「もしや、あなたがエミリア様ですか……?」



 そう声をかけてきたかと思えば、イーサン様は私の方へと歩み寄ってきた。

 そのため、私はイーサン様にマティアス様には出来なかった挨拶をした。



「おかえりなさいませ、イーサン様。ブラッドリー家から参りました。マティアス様の妻となった、エミリアと申します。無事ご帰還下さり幸いでございます」

「お出迎えありがとうございます。兄上がいないってことは……失礼なことをしたんですね。すみません、俺が代わりに謝ります」



 そう言うと、イーサン様は私に向かい頭を下げ謝ってきた。そして、顔を上げると再び話を続けた。



「ご存じかと思いますが、俺はマティアスの弟のイーサンです。今まで本当にありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いします」

「っこちらこそ、よろしくお願いいたします」



 あまりにもアベコベな兄弟の対応に、つい戸惑いながらも言葉を返した。すると、イーサン様はそんな私を見てクスっと笑い、ある質問をしてきた。



「そうだ……ジェラルドはどうですか? 元気にしていますか?」

「はい、元気に過ごしております。先ほどまで、私と一緒に花植えをしておりました」



 素直に答えると、イーサン様は驚いたように「えっ……」と声を漏らし、目を見開いた。



「なぜか、俺と兄上の二人にしか心を開かなかったんです。そんなジェラルドが誰かにこんなに心を開くなんて……。あなたのような人が兄上の妻で良かった。ジェラルド含め改めて、どうぞよろしくお願いします」

「イーサン様の方が私より年上です。どうか気軽に、普通に接してください」



――でないと、気まずすぎるわ。



 そう思いイーサン様に告げると、イーサン様は安心したように目を細め、口を開いた。



「分かったよ。じゃあ、エミリアさん。新しい家族として、カレン家にようこそ」



 そう言うと、イーサン様は手を差し出して来た。



――これは……握手ってことで合ってるのよね?



 そんな気持ちで恐る恐る手を差し出すと、私を歓迎するようにイーサン様はその手を握り返してくれた。



 ◇◇◇



 マティアス様とイーサン様の出迎えが終わり、私は一度自室に戻っていた。そして、今日初めて会った二人について考えていた。



 まず、イーサン様。彼は本当に物腰柔らかだった。お義父様の説明通りの印象だったし、彼とはうまくコミュニケーションを取れそうだと安心できた。



 それに、イーサン様はいかにも王都の女性に好かれそうな、少しキリっとした甘いマスクをしている人だった。それは、マティアス様も同じだ。



 だが肝心の夫であるマティアス様の方は、同じ系統の顔でもイーサン様とは正反対のような性格だと感じた。

 今のところ、上手くやっていけるビジョンが、全くと言っていいほど見えない。

 お義父様の義理人情に厚いという言葉は、私にとっては今のところ幻だとしか思えない。



――どうしましょう……。

 私、マティアス様とちゃんとやっていけるのかしら?

 でもやるしかないのよね。

 リセットなんて、出来ないもの……。



 私だって望んだ結婚ではなかった。だが、もう結婚はしてしまった。

 だからこそ、マティアス様の対応に嘆いてばかりじゃなくて、今からをどうするか考えないといけない。



 そう気持ちを切り替え、私はこれから始まるディナーに行くため、気合を入れて部屋を後にした。



 ◇◇◇



 ディナーの部屋に着くと、既にマティアス様とイーサン様が先に来ていた。



「お待たせいたしました」

「別にあなたのことは待ってない」



 いきなり、マティアス様が強烈なカウンターを打ってきた。そのため気分が落ち込みそうになるが、何とか控えめの笑顔をキープすることで、平静を装うことにした。



 すると、席に座っていたイーサン様がマティアス様を窘めながら立ち上り、私の方へと近付いた。かと思うと、私の座る席の椅子を引いた。



――何で私の椅子を……?



 突然の行動に驚きイーサン様を見ると、イーサン様は「俺は待ってたよ。さあ、座って」と言いながら、私を席に座らせてくれた。



「あっ、ありがとうございます」

「いえいえ、俺の唯一のお義姉様だからね」



 そう言うと、嬉しそうにイーサン様がマティアス様を見て笑った。



――マティアス様はどんな反応をしているのかしら?

 ちょっと怖いけど、気になるわ……。



 イーサン様の今の言葉を、マティアス様がどう受け止めているのか気になる。そのため、チラッとマティアス様の顔を見ると、マティアス様はイーサン様をとてつもなく鋭い眼光で睨みつけていた。



――何であんな怖い顔を向けられて、イーサン様は笑っていられるの!?



 この兄弟の関係性が分からなくて、私の心の中の恐怖はただ増幅されるばかりだ。

 すると、そんな私をよそに、ずっと笑っていたイーサン様がおもむろに話題を切り替えた。



「それにしても、ジェラルドまだ来ないね?」



 確かに私も同じことを考えていた。ジェリーは私よりも先にディナーに来ることが多いのに、まだ来ていないからだ。



――ここに居ても気まずいだけだし、ちょうどいいわ。

 ジェリーの様子を見てきましょう。



 そう考え、私は思い切って二人に申し出ることにした。



「私、今から様子を見てきま――」

「あなたは行かなくていい」



 私の言葉を遮るように、マティアス様が口を開いた。そして、彼はそのまま言葉を続けた。



「どうやってか知らないが、あなたは幼いジェラルドを籠絡しているようだな」

「籠絡だなんて――」

「俺はあなたを妻だなんて認めた覚えはないっ……。出しゃばらないでくれ。……っ俺が見てくる!」



 言い捨てるようにそう言うと、マティアス様は部屋から出て行った。



 思い切りドアを開けたから、バタンと思い切りドアを閉めるかと思った。

 しかし、ドアを開けると少し動きを止め、しばらくして静かに部屋から出て行き、マティアス様はジェリーの部屋へと向かった。



――マティアス様にとって、私は妻じゃない。

存在を認められていないみたいだわ……。

これって、覆せるのかしら?



 あまりのマティアス様の言い草に、途方もない絶望を感じ、放心しかけてしまう。すると、イーサン様が心配そうな顔をして、私に話しかけてきた。



「ごめんっ、エミリアさん。いくら何でも言い過ぎだ。代わりに謝るよ。怖かったよね」

「いえ、怖いと言うか……。私の想像力が乏しかったのだと感じていたんです……。イーサン様が謝る必要はありませんよ」



 まさか、マティアス様がそこまで私のことを妻として認めていないとは思っていなかった。

 その想像力さえあれば、こんなにも傷付かずに済んだのかもしれない。



 ジェリーやジェロームたちの話を聞いて、マティアス様に勝手に期待してしまっていた自分がいる。

 だが、そんな期待を今すぐ捨てなければない。そう気付かされた。



 すると、しばらくして使用人が私たちに話しかけてきた。



「奥様、イーサン様。マティアス様からの言伝をお伝えしに参りました」



 言伝と聞き、私はこの場にマティアス様が戻ってくることは無いのだろうと思いながら、使用人の話に耳を傾けた。



「まず、ジェラルド様は熱が出たのでディナーには来られないそうです。また、マティアス様はジェラルド様が居ないため、自室で食べるとのことです」



 その言葉を聞き、私とイーサン様は思わず顔を見合わせた。

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