22話 領地の変化と進展
皆への挨拶を済ませ、私はジェロームにマティアス様とイーサン様が帰って来るという話をした。
そして、いつ帰って来ても大丈夫なようにと、処処の準備をお願いした。
その後、ジェリーが帰ってきたお祝いにとピアノを演奏してくれた。王都に行く前よりぐっと上達し、何より楽しそうに演奏するジェリーを見て、不安でいっぱいだった私の心はかなり癒された。
そして演奏終了後、私はジェリーに手紙を渡すことにした。
「ジェリー、お義父様がジェリーに手紙をくれたの」
そう言って手紙をジェリーの前に差し出すと、彼は目を真ん丸にしてゆっくりとその手紙を両手で掴んだ。
「お父様が本当に僕にくれたの……?」
「ええ、そうよ。ジェリーのための手紙よ。だから、他の人には中身は見せないでと言っていたわ」
「リアもダメなの?」
「私は良いって言われたけれど、ジェリーが見せたくないなら私は見ないわ」
「……緊張するから……っ一緒に見て欲しい」
私に出会うまで、自分は父親に嫌われていると思っていた子。そんな子が、嫌われていると思っていた相手からの手紙を見るのに緊張するのも無理はない。
そのため、私はジェリーの緊張緩和剤役として、その手紙を一緒に見ることにした。
封を開けると、便箋は三枚入っていた。そして、畳まれた便箋をそっと開いた瞬間、私もジェリーも思わず絶句した。
――何なの……この手紙……。
お父様がお義父様のことを以前不器用な人間だと言っていたけれど、こういうこと?
ジェリー宛のお義父様からの手紙。その手紙の大半は、大好き、愛している、ハートマーク、この3つの文字や記号でびっしりと埋められていた。
愛息子に宛てた手紙というより、もはや何らかの呪いのようだ。
ジェリーはというと、目を見開いたまま手元の手紙を見て固まってしまっている。
「ねえ、リア……」
「な、なあに? どうしたの?」
「もしかして……お父様って、これしか文字を知らないのかな?」
どこか悲し気な目で見つめてくるジェリーに、私は思わず突っ込みを入れた。
「ジェリー、お義父様はたくさん文字を知っているわよ」
「でも、ほとんど同じことしか書いてないよ? 三枚もあるのに……」
「お義父様は、ジェリーのことがとっても大好きだし愛しているって伝えたいのよ。それで、その思いの強さがこの文章量になったんだと思うわ」
お義父様が他の人に見せないでほしいと言った理由はよく分かった。確かに他人に見られたら、恥ずかしいなんてものではないだろう。
貴族たちから豪傑と言われているお義父様が書いたとは思えないような手紙だ。
――だけど、嫌われていると勘違いされるよりずっと良いわ。
それ以外の意味に取りようがない言葉だもの……。
だから、下手に文を書かずにこんな書き方をしたのかしら?
そんなことを思いながらジェリーを見ると、ジェリーは真ん丸の目からスーッと一粒の涙が零れた。
「じゃあ本当に僕、お父様に嫌われてないの?」
「もちろん! お義父様はジェリーのことが誰よりも大切で大好きなのよ」
その言葉で、自身の中の心の中にあったしこりやわだかまりが解けたのだろう。ジェリーは大粒の涙を流しながら、手紙を読み始めた。
それから数分後、泣き疲れたのかジェリーはそのまま眠ってしまった。
――ずっと確信が持てないままだったのね。
誤解が解けて良かったわ……。
こうして、私は風邪をひかないように、ジェリーにそっとブランケットをかけた。
そして、ジェリーの頭を一撫でし、静かに部屋を出て次の行動に移った。
◇◇◇
「奥様、おかえりなさい!」
「エミリア様が帰って来たわよ!」
「ビアンカ先生! 早く来て!」
そんな声が聞こえるここは、学堂だ。久しぶりに領地に帰ってきたため、私は色々なところを回ることにしたのだ。
そして、まずは出向しているビアンカに、学堂の様子を聞くことにした。
「ビアンカ、皆さんの様子はどうですか?」
「実は、魔法使いの方がボランティアで勉強を教えてくれるようになったんです。皆さん最初は怖がっていたんですが、砂糖の件もあり関わりが増えて、今では人気の先生ですよ」
「それは良かった! それにしても、ビアンカもとても人気の先生になっていますね。嬉しいです!」
そう声をかけると、ビアンカは一呼吸おいて話し始めた。
「……私、今の仕事がとても気に入っているんです。奥様が私を見出してくださって、本当に感謝しかありません」
「感謝するのは私の方です。突然やって来た私に付いてきてくれて、本当にありがとうございます」
使用人の半数が否定的な中、真っ先に書類を出してくれた彼女。そんな彼女に少しでも報えたような気がして、温かい気持ちに包まれた。
その後、私は学堂からオズワルドさん達のところへ移動するため、馬車に乗り込み畑を眺めていた。
馬車の中からだが、畑を見ると作物が順調に成長しているのが分かる。
それに、牛で畑を耕している人も目に入り、牛を取り入れるという選択が正解で良かったとホッとした。
すると、そんなことを考えているうちに、いつの間にか目的地に辿り着いた。
そして偶然にも、外に出て来ているオズワルドさんが目に入った。
「オズワルドさん!」
「お、奥様っ!? 帰っていらしたんですか!?」
「はい、そうなんです。実は、王都で販路拡大に成功したので、それをお伝えしたくて来ました」
そして、私は現在確保できた販路の説明と、お義父様の一時的な引き継ぎに関する説明を済ませた。
すると、オズワルドさんは作業員である魔法使いの人々を全員連れて来て、改めてお礼を言ってくれた。
そんな中、そのうちの一人の魔法使いが唐突に口を開いた。
「実は、奥様が王都に行かれている間に、領民の方とかなり打ち解けられたんです。その話を他領の魔法使いに話したら、ヴァンロージアに住みたいと言われました。……っそいつらを呼んでここで働かせても良いですか? こんなに魔法使いに優しい領は、ここ以外無いんですっ……」
――魔法使いに優しい領……。
本人がそう言うくらい、退役戦闘魔法使いの人たちの暮らしが改善したのね。
本当に良かったわ……。
「私の許可は要りません。本人のやる気があれば、ヴァンロージアはいつでも歓迎しますよ。働くかの判断は、責任者のオズワルドさんに任せます」
その言葉に安心したのだろう。皆がホッとしたように嬉しそうに笑い、活気に溢れた様子で仕事に戻って行った。そんな彼らの様子を見て、私も安心しながら最後の目的地へと向かった。
「街の人から聞いておりました! おかえりなさいませ、奥様!」
そう言うと、ウォルトさんは満面の笑みで私を出迎えてくれた。そう、私の最後の目的地はリラード縫製だった。そして、私は王都での話をウォルトさんにすることにした。
「手紙でも送りましたが、王都に店を出すという話が出ています。が、最終決定は働いている当事者にしてほしいので、判断はウォルトさんに任せます。すぐには決められないかもしれませんが――」
「やらせてください! ぜひ、挑戦したいです!」
「ふふっ、分かりました。では、その方向で話を進めて行きましょう」
物事が良い方に進展している実感があって、とても充実したような気持ちになる。
そんな私はウォルトさんに、出店以外の嬉しい情報を教えてあげることにした。
「実は、第三王子のカリス殿下も、リラード縫製のドレスを素敵だと褒めてくださったんですよ!」
「えっ……! 王子がですか!? そんな光栄なことが……。では、ますます頑張らないといけませんね!」
「はい! では、引き続きよろしくお願いします」
「お任せください!」
こうして、回れる範囲の領地を回り、私は邸宅に戻った。
そして、マティアス様とイーサン様がいつ帰って来ても良いよう、帰還に向けて準備を進めた。
次回、ついに……!
ここまで展開が長すぎてすみません(*;ω人)




