21話 ただいま、ヴァンロージア
しばらく馬車に揺られ、王宮から別邸に到着した。
そして、どっと押し寄せる疲れを振り払うようにし、馬車から降りてあたりを見回すと、ふとある異変に気付いた。
――お義父様は今日ずっと家にいると言っていたのに馬車が無いわ。
どうしたのかしら……?
そんなことを思っていると、私たちが乗っていた馬車の後ろに、タイミングよくお義父様の馬車が止まった。
すると、馬車から降りたお義父様は私の姿を確認するなり、慌てた様子で話しかけてきた。
「ああ! エミリア、ちょうど良かった! 大事な話があるんだが、今大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですよ」
「では、書斎に移動しよう」
そう言うと、お義父様はズンズンと書斎に向かって歩き出した。そのため、私はお義父様を速足で追いかけ、二人でお義父様の書斎に入った。
「疲れているだろうに、帰って来るなりすまない」
「いえ、お気になさらず。それより、突然重要な話とは、一体どうされたのですか?」
「ああ。実はな、先ほどまで王に呼び出されていたんだ。そこで、バリテルアの王が崩御したとの知らせを受けた」
「――っ!」
――だから王妃様は急いで出て行ったのね!?
ということは……これでバリテルアからの侵略が終わり、自衛戦争も休戦状態になる。
その後、条約を結べば戦争が終わる……。
「崩御したということは、辺境の前戦に居る方たちは――」
「ああ、帰って来ることになる。一部の兵士は残るが、マティアスもイーサンも本邸に戻るはずだ」
いつかは帰って来ると分かっていた。だが、あまりにも予期せぬタイミングだったため、帰って来ると言われても突然過ぎて現実味を帯びない。
二人が急に帰ってきたら、私のヴァンロージアでの生活はどうなってしまうのだろうか。環境がガラリと変わってしまうのかもしれない。
そう思うと、真の主であるマティアス様たちには悪いが、彼らが帰って来ることが少し怖く感じる。
喜ぶべきなのに、素直に喜べない自分。
ヴァンロージアにとって元々は部外者だったくせに、いつからそんな風に思ってしまうようになったのか。
とにかく、そんな自分に嫌気がさしてしまう。
だが、そんな私の心境を知るはずもなく、お義父様は私にとある指示を出した。
「エミリア」
「はい……」
「まだシーズンは終わっていないが、今すぐヴァンロージアに戻ってやってくれ。事業のことは心配するな。王都での仕事は私が引き受けるから、どうか安心してほしい。それだったら、問題ないよな?」
心臓が激しく脈打ち出した。
お義父様が事業を引き受けることが心配なわけではない。むしろ安心だ。
それに、ヴァンロージアに帰りたくないわけではない。
問題は、マティアス様とイーサン様が帰ってくることで、私のヴァンロージアでの在り方がどうなるか分からないということだ。
でも、マティアス様の妻である以上、私がヴァンロージアに帰るのは当然のこと。それに、ブラッドリー領に関しては、お兄様は無自覚だがおんぶにだっこ状態だ。
よって、お義父様からのこの指示を私が受けるしかないということは、誰の目から見ても明白だった。
だからこそ、私の答えは一つしか残されていなかった。
「……っ承知しました。では、明日ヴァンロージアに戻ります」
「ああ、恩に着る。エミリア……ありがとう」
そう言うと、お義父様は安心したように微笑んだ。
何かが変わってしまうかもしれないと、漠然とした不安感に苛まれる。
そんな自身の不安感を悟られないようにすべく、笑いかけてくれるお義父様に私も微笑みを返した。
そうでもしないと、大丈夫だと自分に言い聞かせる術が無かったからだ。
かくして、社交期が終わらぬ内に、私は急遽ヴァンロージアに戻ることが決定した。
そしてその後、お義父様はヴァンロージアに帰るにあたり、今後の説明を始めた。
「――ということだ。エミリア、帰るにあたって他に何か気になることはないか?」
「気になることではないですが……一つお願いがあります」
「ん? 珍しいな。何でも言ってみなさい」
「ジェリーに手紙を書いてほしいんです」
そう言うと、お義父様は机の引き出しを開け、一つの封筒を差し出して来た。
「エミリアがいつ帰ることになるか分からないから、実は事前に用意していたんだ。変な手紙だから、ジェラルド以外は誰にも見せないようにしてほしい」
――変な手紙ってどういうことかしら……?
そんな疑問符を頭に浮かばせる私に、お義父様は何故か少し顔を赤らめ言葉を続けた。
「……エミリア限定という条件を守るなら、ジェラルドと一緒に見ても良い。だが、内容は絶対に絶対に他言しないでくれ」
「は、はい……。承知しました」
「くれぐれも息子たち、ヴァンロージアの領民をよろしく頼む」
そんな話をした翌日、私たちは早速ヴァンロージアに向けて出発した。
今回もお義父様は馬車に魔法をかけてくれていた。しかも、私たちが前回大丈夫だったからと、より強力な魔法をかけてくれていたため、ヴァンロージアの本邸には三日で着くことが出来た。
以前と異なり多少酔ったが、八日から十日かかる距離を三日で進めたため良しとする。
今回の帰りは突然過ぎたため、門兵は私たちを見て驚きながらも笑顔で出迎えてくれた。そしてその後、すぐに邸宅内の使用人たちに私たちの帰りを知らせてくれた。
そのお陰で、私たちが玄関に入る頃には、使用人全員が出迎えのために集まってくれていた。
私の目の前には、ニコニコと笑うジェリーもいた。すると、ジェロームの合図を皮切りに、使用人たちが一斉に口を開いた。
「「「「「奥様、おかえりなさいませ」」」」」
「リア! 会いたかったよっ……! おかえり!」
使用人に続けてそう言うと、ジェリーは私に駆け寄り飛び付くようにして抱き着いてきた。
――いつの間にか、私にもおかえりと言ってくれる人がこんなにも出来ていたのね……。
私に対し笑顔でお帰りと出迎えてくれる人々を見て、急に感傷的な気持ちになり、思わず涙腺が緩みそうになる。だが、帰って来るなり泣いたらきっと皆を困らせてしまう。
そのため、私はそのことを悟られないよう、ジェリーを抱き締め返し皆に笑顔を見せるよう意識して、言葉を返した。
「皆さん、お出迎えありがとうございます。ただいま!」




