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20話 理想の兄

「あれ? 母上に演奏を頼まれていたのですが、いませんね……」



 そう独り言つ人物。それは、この国の第三王子であるカリス殿下だった。



 そして殿下が来たと理解した瞬間、皆が席からサッと立ち上がり挨拶とともに礼をした。

 ゆっくりと顔を上げてカリス殿下の方を見ると、カリス殿下とばっちり目が合った。かと思うと、なぜかカリス殿下はウインクを飛ばして来た。



――えっ……何でウインクを?



 不可解な彼の行動に対し、思わず頭に疑問符が浮かぶ。だがそんな中、カリス殿下はマイヤー夫人に近付くと彼女に話しかけ始めた。



「これはこれは、マイヤー夫人。お久しぶりです」

「あら、殿下。お久しぶりですね」



 王子に一人だけ声をかけられて嬉しいのだろう。知らない人が見ても分かるくらい、誇らしげな笑みを浮かべ、彼女は意気揚々と挨拶を返した。



 すると、そんなマイヤー夫人に笑いかけながら、カリス王子が言葉を続けた。



「扉の向こうから、マイヤー夫人の楽しそうな声が聞こえておりましたが、どのような話で盛り上がっていらしたんですか?」

「あっ、そ、それはですね……エミリア夫人に、カレン家での生活をお伺いしていたんです。辺境だと何かと大変でしょうから、少しでも助けになりたかったのです。そしたら、つい熱くなってしまいまして……」



――よくもまあ、そんな嘘をいけしゃあしゃあと吐けるわね。

 あれが助けなら、助けなんていらないわよ。



 当たり前と言えば当たり前だが、平気な顔で嘘をつく夫人を見て、腸が煮えくり返りそうになる。



 だが、このマイヤー夫人の優勢は、次のカリス殿下の言葉によって一瞬で崩壊した。



「マイヤー夫人は本当にお優しい方だ……。だから、ご友人にも夫をお貸ししてるんですね! すごいです……。私は狭量ですから、到底そんな真似できませんよ!」



――えっ……。



 時が止まったのかと錯覚するほど、一瞬にしてこの場は静寂に包まれた。だが、すぐに口を開いた人物がいた。



「貸すだなんてそんな! レナードがそのようなことをする人だとでも!? あっ……」



 ずっと黙り込んでいたマーロン夫人が突然喋り出したかと思えば、秒で自滅していった。あまりにも見事過ぎて、ある意味感心してしまいそうになるほどだ。



 そして案の上、憤怒の相を浮かべたマイヤー夫人がマーロン夫人に対し怒声を上げた。



「まさかそんな訳はないって思ってたけど……あなた! やっぱりそうだったの!?」

「ちがっ……! そんなんじゃ!」

「ふざけないで! この女狐が!」



 そう言うと、マイヤー夫人はマーロン夫人に飛び掛かった。まるで獣のように叫びながらマーロン夫人を襲う彼女は、貴婦人としての品格は皆無だった。

 しかも、マーロン夫人は開き直った様子で仕返しを始め、二人は掴み合いの喧嘩を始めた。



――散々人に高説を垂れていたのに、とんでもない醜態ね……。

 ここが王宮だと忘れてしまったのかしら?



 貴婦人としての品位を薙ぎ払った彼女らに辟易していると、王宮侍女たちに部屋から出て行くよう促された。そして、そのままお茶会はお開きになってしまった。



 そのため、こうして私とティナは予定よりも早く、馬車乗り場に向かって歩いていた。



「奥様! 御者に声をかけてきますので、こちらでお待ちくださいね」

「ありがとう。お願いね」



 そう声をかけ、私は少し放心状態気味のまま、大人しくティナと馬車が来るのを待っていた。すると、突然背後から男性に話しかけられた。



「やあ、エミリア」



 驚きパッと振り返ると、そこにはカリス殿下が立っていた。



「カリス殿下!」



 背後に立っていた人物が分かり、慌てて挨拶の礼をしようとした。すると、挨拶相手のカリス殿下に止められてしまった。



「挨拶はもう十分。それより、久しぶりだね。ヴァンロージアでの生活はどう?」

「大変だし手探りですが、何とかやっていけていると思います。不安でしたが、使用人たちが助けてくれるので楽しく過ごしておりますよ!」

「……っ……それは良かった!」



 そう答えると、カリス殿下は無邪気な微笑みを見せた。



 実はデビュタントして、私が初めて家族以外でダンスを踊った相手はカリス殿下だった。そして踊った日以来、カリス殿下は私を見つけると、なぜかこうして気まぐれに話しかけてくれるのだ。



 彼は人々からは、遊び人でいつもフラフラしていると言われている。だが、私と話をする時の彼は、アイザックお兄様がこんな人だったらな……と思うくらい、理想の兄のように接してくれる。



 だからこそ、人々は第三王子は損はあっても何の利益も無いから関わるなと言っているが、私は彼にも他の人も同じく普通に接していた。



――結婚の話が出た頃からずっと会っていなかったけれど、元気そうで何よりだわ。



 そんなことを思っていると、カリス殿下は優しい表情である質問をしてきた。



「マティアス卿とは、まだ会えてないのか?」

「はい……。なので、顔も分からないままです」

「そうか……。実は僕は弟のイーサン卿と社交界デビューが一緒だったんだ。だから、数回マティアス卿と話したことがあるんだよ。他人の僕がエミリアよりマティアス卿を知ってるなんて、なんとも不思議だねぇ」

「ふふっ……本当に不思議な関係性ですね」



 周りの人間はマティアス様を知っている。それなのに、妻の私がマティアス様を知らない。なんておかしなことだろうか。

 そう思いながら、思わず苦笑いをしていると、突然カリス殿下は話題を変えた。



「そうだ。それにしても、今日は何やら素敵なドレスを着てるじゃないか。もしかして、例の噂のドレスかな?」

「ご存知くださっていたのですね! ありがとうございます。これは、ヴァンロージアのリラード縫製という縫製所で作ったドレスなんです」



――リラード縫製のドレスが褒められるなんて、とっても嬉しいわ!



 思わず気持ちが舞い上がり、よく見えるようにと裾を掴み、視線をドレスからカリス殿下に戻した。

 すると、王子の首元のペンダントヘッドにふと目がいった。



「あら……カリス殿下。もしや、その首飾りの石はウォーターオパールですか?」



 ウォーターオパール。この石は、私が一番気に入っていたブローチに付いていたものだ。この石は外国産のため希少性が高く、私のアクセサリーの中で最も高価だった。

 そのため私は、好きでもない女の結婚式の代理役をしてくれた男性に、お礼と慰謝料の意味も込めて、そのブローチを渡した。



――もう見られないと思っていたわ……。

 こうして見られるなんて、幸運ねっ!



 なんて思っていると、カリス殿下はなぜかほんの少し躊躇いがちに言葉を返した。



「うん……そう。これは、ウォーターオパールだよ」

「やはりそうですよね! 久しぶりに見られて、とってもラッキーな気分になりました」

「っそれは良かった。……これは、大切な人からもらったんだ」



 そう言うと、カリス殿下はとても愛しそうな目でオパールを見つめ、石を親指の腹で一撫でした。



――カリス殿下の大切な人……。

 人に執着しない人だと思っていたから、何だか意外だわ。

 カリス殿下のことを初めて知ったような気がする……。



「それは素敵ですね。きっと大事にしてくださって喜んでいることでしょう」

「――っ! そうだと……いいな」



 その答えを聞いたところで、背後から私を呼ぶ声が聞こえてきた。



「奥様! どちらにいらっしゃいますか?」

「ティナ、ここよ!」



 そう声をかけると、ティナはカリス殿下を見て驚いた顔をし、瞬時に深々と首を垂れた。



「カリス殿下。それでは、失礼いたします」

「ああ、また会おうね」



 こうして、私はティナと共に馬車に乗り、その場を後にした。



 そして移動が始まり、私は今日のお茶会について振り返った。



 王妃様が居なくなった途端、まさかあそこまであからさまに私のことを責め立てるだなんて思わなかった。

 それだけ、私に報復能力が無いと思ったのだろう。



 基本的にめちゃくちゃなことを言っていただけだったが、たまに私の心にクリティカルヒットする言葉もあった。

 だから、正直落ち込みはしたが、カリス殿下の暴露により、悪いがちょっとスッキリしてしまった。



 ティナは、茶会で夫人たちに散々なことを言われていた私を、心底心配していたようだった。

 だが、私はカリス殿下の言動のお陰で、何とか気を持ち直すことが出来た。



 そのため、私はティナにこれ以上心配かけないよう気丈に振る舞いながら、カレン家の別邸までの家路を辿った。

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