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2話 婚姻の取り決め

 次の日、我が家にカレン辺境伯が来た。会ったことはあるが、結婚相手の父として会うのは初めてで、つい緊張して強張ってしまう。



「ずっと前から打診してたんだ。いやあ、エミリア嬢がマティアスと結婚してくれるなんて嬉しい限りだ!」



――政略結婚だし、私の意思はほぼ関係ないわ。

 不本意ってこういうことなのね……。



 心ではそう思うが、顔にも言葉にも出すわけにはいかない。そのため、カレン辺境伯には取り合えず微笑みを返しておいた。



「エルバート、わざわざ出向いてもらってすまない」

「気にするなバージル。体調が悪い君に、無理させるわけにはいかない」

「そう言ってくれると助かるよ」



 そう発した直後、お父様は苦しそうに咳き込んだ。



「お父様、大丈夫ですか?」

「おい、バージル。そんなに――」



 私がお父様の背中をさすると同時に、カレン辺境伯は驚いたように声を漏らした。恐らく、お父様の病状がここまで悪化しているとは思ってなかったのだろう。

 そんなカレン辺境伯に、お父様はそれ以上は何も言うなというように軽く手を上げ、本題に入った。



「結婚の件だが……私が式に出られるうちに結婚してくれないか? できれば一カ月以内に……」

「一カ月だって!? そりゃあ俺は良いが……今マティアスは軍営にいるんだ。式には間に合わないかもしれないぞ?」



 その言葉に、お父様は酷く落胆し肩を落とした。そんな弱弱しいお父様を見ていられなくて、私は咄嗟に口を開いた。



「かつて、先々代の末の王女様は、夫不在のまま式を挙げられました。マティアス卿が間に合わずとも、式自体を挙げることは可能なはずです」

「確かにその通りだ……」



 そう呟くと、カレン辺境伯は痛ましげな表情で私を見つめた。



「だが、本当にそれでいいのか?」



 そう問われた今、私の答えに揺るぎは無かった。



「はい。父に結婚する姿を見せ、安心させてあげたいのですっ……」



 目頭に熱いものが込み上がってくるのをグッと堪え、カレン辺境伯を見つめる。

 すると、カレン辺境伯は吹っ切れたような笑みを見せた。あまりの彼の変わりように、涙も思わずヒュッと引っ込む。



「だそうだぞ! バージル、良い娘じゃないか……。必ず立派な式にしてやる、それまで絶対に死ぬんじゃないぞ!」

「あ、ああ……すまない……。私が無理を言ったせいで……」



 そう言うと、お父様は泣きそうな顔で私を見つめてきた。だが、私はそんな顔をお父様にして欲しくは無い。



「心配しないでください。そういう時は、ありがとうと言うものですよ!」

「そうだぞ、バージル。謝らないでくれ。その代わり、必ず参列するんだぞ!」



 それからより深い話し合いをし、最終的になんと約半月後に結婚式を挙げることが決まった。

 そして、話し合いが終わり、私はカレン辺境伯を見送るため玄関に出ていた。



愛逢月(めであいづき)の17日なんて早すぎると思ったか?」



 ……心の中ではそう思っていた。何せ、今日が愛逢月の朔日だからだ。しかし、準備を全て担ってくれるカレン辺境伯に口出しできるはずがない。



――当たり障りなくするには、なんて返すべきかしら?



 そう思っていると、私が答えるよりも先にカレン辺境伯は言葉を続けた。



「でも、そうしたのには訳がある。正直あの様子だと、バージルはあと一月と持たないだろう」



 確かにそうだろうと心が肯定してしまう。その気持ちに伴う絶望を落ち着けようと、思わず胸に手を当てた。

 すると、カレン辺境伯は焦り顔になり、ワタワタとしながら口を開いた。



「す、すまん! 軍営育ちで何でもはっきり言ってしまうんだ。配慮が足りなかった……」

「いえ、良いんです。私も辺境伯と同意見ですから……」

「そうだったか……。エミリア嬢、結婚式までまだ日はあるが、もう我々は同じ家門の人間になる。どうか私のことを父と呼んで欲しい」

「分かりました……お義父様……」



 言葉にはするが、全く実感が湧かない。結婚相手も知らないのにお義父様だなんて、とっても変な気分だ。

 だが、辺境伯は私の言葉を聞きふっと微笑んだ。



「娘がいるとはこういう感覚なんだな。そりゃあバージルが必死になる理由も分かる……」



 お義父様と言われただけで、娘がいる感覚など分かるのだろうか? そんな野暮な突っ込みはせずに、私は続きに耳を傾けた。



「エミリア嬢、いや……エミリア。必ず立派な結婚式にすると約束する。マティアスが居ないことだけが悔やまれるが、どうか胸を張って欲しい」



――結婚相手のいない結婚式なのに、立派にするだなんて……。

 でも、そうしたらお父様も安心できるわよね。

 結婚をしたという証人がたくさん出来るものっ……。



「はい……ありがとうございます。父もきっと喜んでくれることでしょう」



 曇った心のまま、お父様が喜ぶことを祈り言葉を返した。そして、私はカレン辺境伯もといお義父様が、馬車に乗り込み発車するまでを見送った。



 すると、そのタイミングでお兄様とビオラが同じ馬車に乗って帰ってきた。後ろにはたくさんの購入品を積んだ馬車が、二人の馬車を追いかけるように止まった。



 かと思えばその直後、ブロンドの髪を持ち美しい見目をしたアイザックお兄様が、馬車から華麗に降りてきた。

 そして次に、美しい潤沢なブロンドの髪を靡かせ、陶器のような肌にキラキラと輝く瞳を瞬かせたビオラが、お兄様に導かれて馬車から降りてきた。



 どうやら、またお兄様はビオラのおねだりに負けて散財したようだ。あれだけ満足気な顔をした二人……きっと間違いない。

 だが当の本人らは散財のことなどまったく気にしていない様子で、楽しそうに笑いながら口を開いた。



「あら、お姉様! 誰かお客様が来てたの?」

「……ええ、結婚相手のお父上よ」



 そう返すと、二人は目を真ん丸にした。どうやら、この話を知らなかったみたいだ。



「誰が結婚をするんだ!?」

「私よ」

「お姉様が? 今年十八になる年なのに? 随分せっかちね~」



――誰のせいでこんなことになったと思ってるのよっ……。



 その言葉が喉まで出かかるが、グッと堪えた。言ったとして、ろくな事にならないからだ。



「誰と結婚するんだ?」

「……カレン辺境伯の長男のマティアス卿よ」

「え!? お姉様辺境なんかに行くの!? 私がそんなことになったら、アイクお兄様、ぜーったい止めてちょうだいね?」

「エミリアは頑丈だから良いとして、こんなか弱いビオラをそんな野蛮な場所に行かせるわけないだろう? 心配するな。お兄様が守ってやる!」

「大好きよ、アイクお兄様っ! 頼りにしてるわ~」



 ああ、また始まった。二人だけの世界を作り、私だけがいつも除け者の茶番。だが、あの二人のような関係になりたい訳では無い。

 そのため、そんな二人を置き去りに私はティナとその場を後にした。



 それからあっという間に日が経ち、いよいよ結婚式は当日を迎えた。

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