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18話 秘密の顔

 とうとうお茶会の日が来た。私は現在会場となる王宮に向かっているが、ある目的のため、レミアット通りのとあるパティスリーに寄っていた。



「ご注文の品です。日持はしますが、出来るだけお早めにお食べくださいね」

「はい、承知しました。わざわざ作っていただいて、ありがとうございます」

「とんでもないです! こんなにもふんだんに砂糖を使ったスイーツを作れる機会なんて滅多にありません。こちらこそありがとうございました!」



 そう言ってくれたのは、その店の菓子職人だった。



 実はお茶会の招待状が届いてすぐ、ヴァンロージアの砂糖を使ったお菓子を手土産にしようと考えていた。しかし、カレン家にはスイーツに特化した料理人がいない。



――作ろうと思えば作れるでしょうけど、渡す相手は一国の王妃。

 一家門の料理人の作ったスイーツではなく、スイーツの専門家が作ったものの方が良い気がするわ……。



 そう思った私は、王都で人気のレミアット通りにあるパティスリーに赴き、駄目元でヴァンロージア産の砂糖を使ったお菓子を作ってくれないかと打診した。



 すると、職人たちはこちらがつい驚いてしまう程、快く承諾してくれた。そのため、こうしてお茶会前に完成した手土産を受け取りに来ていたのだ。



 そして、商品を受け取り店を出てすぐのタイミングで、ティナが弾むような声で話しかけてきた。



「喜んでくださるといいですね!」

「ええ、そう思ってくださったら嬉しいわね! 気に入ってくれることを祈りましょう」

「はい!」



 お茶会が控えているため緊張する。しかし、手土産を受け取れたことで少し気持ちが落ち着き、和やか気分でティナと話しながら馬車へと歩みを進めていた。



 その道の途中、何となく道路を跨いで私たちの歩く歩道の反対側にある歩道に目をやった。

 すると反対側の歩道の、私たちから見て斜め前方にある路地裏から、女性のドレスの裾が覗いている光景が目に入った。



――こんな路地裏に、あんな上等なドレスを着た人がいるなんておかしいわね?

 何かトラブルでもあるのかしら……。



「ねえ、ティナ」

「どうされましたか?」

「あの反対側の歩道の路地裏に人がいる気がするんだけれど、気のせいかしら? ドレスが見える気がするのよ」



 そう伝えると、ティナは反対側の歩道にある路地裏に目を向けた。



「確かにドレスを着た方がいらっしゃいます! でも……もう一人分人影が見える気がするんですが……」



――何だか良くないことが起こっているのかしら?

 もし誰かが事件に巻き込まれているんだとしたら、どうしましょう……。



 そんな心配が湧き上がってきたため、私たちは反対側の路地裏の全貌が見える場所まで小走りで移動した。

 そして、見える位置まで来て確認しようと路地裏に目を向けたところ、そこには見たことのある二つの顔があった。



――あれは、マーロン夫人と……マイヤー伯爵?



「なぜ二人がこんなところに……? それに何で――」



 ……一緒にいるの? 



 そう声を漏らす前に、道路を挟んだ目の前の二人は、濃厚かつ熱烈な口付けを始めた。

 二人だけの世界に酔いしれた様子で、角度を変えては何度も何度も口付けている。



 遠くからでも生々しさが伝わってくるその様に、見てはいけないものを見てしまったと、私もティナも堪らず目を背けた。



「お、お、奥様! とっとりあえず、馬車に行きましょう! 刺激が強すぎますっ……」

「えっええ……!」



 こうして、私たちは慌てて移動を再開し、二人で馬車に飛び乗った。



――マーロン伯爵夫人とマイヤー伯爵夫人は親友でしょ!?

 ということは、マーロン伯爵夫人は親友の夫と不倫をしているというの……?



 なんて酷い裏切りだろう。そんなことを考えながら、私もティナも気まずさに包まれたまま、王宮へと辿り着いた。



 案内されて着いたその部屋の中には、主催者である王妃様と、数人の招待客がいた。そして、その招待客の面々の中に、マイヤー伯爵夫人がいた。



――よりにもよって、マイヤー伯爵夫人がいるだなんてっ……!

 気まずいどころじゃないわっ……。



 ニコニコと笑顔を浮かべてはいるつもりだが、私は本当にうまく笑うことが出来ているのだろうか?

 そんな不安を抱えながらも、王妃様に挨拶するとともに、手土産を渡した。

 すると、王妃様は満面の笑みで声をかけてくれた。



「噂はかねがね伺っておりました。これがヴァンロージアのお砂糖を使ったスイーツなのですね! いつか食べてみたいと思っていたのです。今から食べる時が楽しみだわ!」

「喜んでいただけたようで幸いです。お紅茶に合いますので、よろしければ是非一緒にお召し上がりください」

「そうなのね! ありがとう。さあ、エミリア夫人。どうぞお座りになって。あともう一方いらっしゃるの」

「はい。ありがとう存じます」



 まずは第一関門クリアだ。そんなことを考えながら座った瞬間、最後の招待客がやって来た。そしてその客の顔を見て、私の心臓は一瞬鼓動が止まった。



――最後の招待客って、マーロン伯爵夫人のことだったの……!?

 何てこと……。



 今回のお茶会は、新参者の私を試す場であると思っていたが、まさかこんな試し方まであるなんて想定していなかった。

 不倫している側と、そんなことを知らないされた側が仲良くしているところを見るほど、気まずいものは無い。



 現在この部屋の中には、王妃様と招待客、そして招待客の侍女が一人ずついる。ティナの方をチラッと見ると、平静を装いながらも完全に目を泳がせている彼女が視界に入った。



――ああ、マーロン夫人。

 何て罪深い人なの……。



 こうして変な緊張も加わってしまった状態で、お茶会は始まりを告げた。

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