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14話 一縷の望みは露と消え(1)〈マティアス視点〉

 父上から結婚の手紙が届いた日以来、落ち着かない日が続いていた。



 少しでも結婚相手と言われる女の名前に近い言葉が聞こえると、勝手に耳が、身体が、反応してしまうのだ。不可抗力とでも言えようこの現象に、俺は完全に侵食されていた。



 そしてその結果、なぜ俺がブラッドリーというラストネームに聞き覚えがあったのかが、嫌でも判明した。その理由は、最近やって来た貴族家出身の兵士たちの会話の中に紛れ込んでいた。



「なあ、俺らいつ戻れると思う?」

「どうなんでしょうね……。でも、ここにいる間にビオラ嬢が婚約でもしたら、やるせな過ぎます!」

「ビオラ嬢……? 誰だ?」

「昨年の色取月からデビュタントしたご令嬢なんです。ビオラ・ブラッドリー。バージル・ブラッドリー侯爵の末娘なんですよ。でも、僕はシーズンの途中の月見不月からここに来たので、アピールも出来ずじまいで……」



 そんな会話が聞こえてきたのだ。



――ああ、ようやく分かった……。

 最近来た兵士たちがビオラ嬢の話をしていたから、ブラッドリーという名に聞き覚えがあったのか!



 聞きたくない名前と思いながらも、どうして聞き覚えがあるのかという疑問がずっと胸に引っかかっていた。そのため、ようやく謎が解けすっきりとした気分になった。だがそんな気分とは裏腹に、またも俺の心には靄が広がった。



 なぜなら、俺の結婚相手はビオラではなくエミリアだからだ。こんなにも「ビオラ嬢は本当に可愛い」という私語が聞こえてくるのに、エミリアの話が一切無いのは解せない。



 別にエミリアに興味があるとか、そう言う訳ではない。だが勝手に俺の妻と名乗る女よりも、その妹らしき女の方が持て囃される状況が気に食わないのだ。



――少し情報収集してみるか……。



 そう思ったところ、ちょうど目の前でビオラ嬢の話をしている兵士たちを見つけた。そのため、盛り上がって話をしている兵士たちに声をかけることにした。


「なあ、先ほどビオラ嬢の話をしていただろう?」

「あっ、指揮官殿……! つい盛り上がり過ぎて……すみません!」



 そう言うと、目の前の兵士たちは頭を下げた。恐らく、騒いで風紀を乱すなと俺が注意しに来たと思い、謝ったのだろう。



 確かに彼らは、軽めの注意をするくらいには浮かれている様子だった。しかし、今回ばかりはエミリアという女について自然に訊ねられるレアチャンス。そんな機会を逃すわけにはいかなかった。



「……っ今回は見逃してやる。だが、一つ質問に答えろ」



 そう言うと、目の前の五人の兵士たちは不思議そうな顔をして首を傾げた。そんな彼らに、俺は腹を括って質問をした。



「そのだな……ビオラ嬢には姉がいるだろ? 姉の方はどうなんだっ……」



 ただ聞くだけなのに、恥ずかしくて心臓がバクバクする。いちいち妙な脈打ち方をする自身の心臓に苛立ちを感じながらも、俺は答えを待った。



 すると、一人の兵士が困った顔で口を開いた。



「どう……とは?」



 こちらの心情に反し、えらく間の抜けた返事だった。



――なんて察しの悪い奴だ! 

 いちいち口にしないと分からないのか!?



 未だにきょとんとした顔をする五人を見て、自身との温度差を感じついイラついてしまう。

 しかし、言葉にしなければ伝わらないこともある。そう思い直し、勇気を出して俺は再度質問し直した。



「……っ! ぁ……姉は可愛いのかと聞いてるんだっ……。顔とか……っ性格とか……」



 恥ずかしい、あまりにも恥ずかしすぎる。顔から火が吹き出そうだ。

 別に顔や性格が可愛かろうが、可愛くなかろうが、どうでも良い。



 だが、仮にも俺の妻という立場を勝手に名乗っている人間だ。評判が良いに越したことはない。

 よって、このくらい聞いても別におかしくはないだろう。



――これはあくまで情報収集。

 ごく自然な質問のはずだ。

 これをきっかけに、エミリアの情報を聞き出す計画だからな!



 そう自分に言い聞かせていた。しかし、五人も揃っているというのに、一向に誰も喋り出さない。



――何で直ぐに答えないんだ?

 もったいぶらずに、さっさと教えてくれ!



 ……待ち時間がとても長く感じられる。



 そんな俺は痺れを切らし、喋ってくれと急かすため、もう一度口を開こうとした。

 すると、そのタイミングでようやく一人の兵士が呟くように声を漏らした。



「お姉さんの方ですか……? さあ……いつもビオラ嬢とアイザック卿ばかりが目立っていたので、お姉さんについてはあまり……」



――……は?

 エミリアのことを知らないとでも言うのか?

 あんなにビオラ嬢の話をしていたのに?



 どうやらこの男の目には、ビオラ嬢しか映っていなかったようだ。だが、他の兵士たちは情報を持っているだろう。

 そう気を取り直したところ、他の兵士が口を開いた。



「分かるぜ。他の兄妹とは一風違ってるよな」



 そう発言したかと思うと、俺の視界には先の二人に同調するように頷く三人が映った。

 だが、俺の聞きたい答えはそんな曖昧なことじゃない。そのため、催促するように再び問いかけた。



「で、顔や性格は? っ可愛いだろ……?」

「いやーあんまり分かんないっす。ちゃんと知らないんで!」

「まあ……美形一家だから顔は良いんじゃないんですか? 珍しいですね。指揮官が女性の話なんて――」

「そうか、ありがとう。……っ今の会話は全て忘れろ!!!!」



 遮るように、俺は一方的に話を終えた。これ以上聞いたところで、何も情報が無いと察したのだ。

 そのため、これ以上無駄に恥をかく前にこの場を離れるべく、俺は歩き始めた。



 すると、そんな俺の様子に何らかの違和感を覚えたのだろう。歩き出した俺の後ろから、心配げな五人の声が聞こえてきた。



 しかし、そんな声を気にすることなく、俺はそのまま軍指揮官室に戻った。

 そして、流れるように椅子に座り、ふーっと深く息を吐き出した。



 するとその瞬間、先ほどの話の感想が脳内を駆け巡った。



――視界にも入らない、記憶にも残らないような女が俺の嫁なのか!?



 ただでさえ勝手に決められた結婚。それだけでも最悪なのに、エミリアがどんな人間なのかすら結局分からない。



 ただ、人の記憶に残るほど魅力的な女性ではない、ということだけは分かった。



――恥を忍んで訊いたのに、何だっ……。

 この不完全燃焼感は……。



 俺には心に誓った(ひと)がいる。それなのに、裏切るように別の女と既婚者になってしまったらしい。

 しかもその相手は、あの(ひと)の代わりには到底なり得そうにない人間。



 そんな事実を突き付けられ、俺は心が苛まれるような感覚に襲われた。もう胸が張り裂けそうだ。



 だがそんな女が、現在俺の管轄するヴァンロージアの領地経営を代理で担っているという。

 俺が今、領地に戻ることが出来ないからだ。



 そうなると、その女の暴走を止める最後の希望……俺の頼れる人間は一人しかいなかった。



――はあ……ジェローム。

 お前だけが頼りなんだ。

 どうか、ヴァンロージアを守ってくれ……。



 そう祈りながら、日々を過ごしていた。すると、ジェロームに手紙を送ってから気付けば約一年が経過していた。

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