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13話 ピアノレッスン

 それから私は、ジェリーと共にグレートルームへと歩き出した。目的は、その部屋に置いてあるピアノだ。



 ◇◇◇



 遡ること約二カ月前のこと……。



「ジェリーついにピアノが弾けるようになったわよ!」

「わあ……!」



 興奮で頬を赤らめ、嬉しそうに喜ぶジェリー。そう、今日は調律師の人がやって来て、ピアノを直す日だった。

 そしてついに調律が完了し、ピアノを弾くというジェリーの念願が叶うときが来たのだ。



「リアっ、行こう……!」

「ふふっ、ピアノは逃げないわよ」



 早く弾きたくてたまらないというジェリーに手を引かれ、私はジェリーと初めてのピアノレッスンをすることになった。



 椅子を二台並べてピアノの前に座ると、隣にいるジェリーはウズウズと嬉しそうにしながら鍵盤に手を乗せようとしては引っ込めを繰り返している。



「気になる音があるの? ジェリー、ちょっと押してみて!」

「えっ! じゃ、じゃあね……」



 そう言うと、ジェリーはそっと人差し指で一つの鍵盤を押した。



「ジェリーすごいじゃない! そこがドの音よ。しかも、特に基本中の基本のド!」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。じゃあ次は……ここを押してみてっ」



 そう言うと、ジェリーは言われた通り先ほどのドよりもワンオクターブ高いドの音を弾いた。

 すると、勘の良いジェリーは気付いたのだろう。嬉しそうに私の顔を見て口を開いた。



「さっきより高いけど同じ音だ!」

「正解よ! ジェリーったら冴えてるわね……。センスが溢れてるのね!」

「えへへっ、そうかな?」

「私はそう思ったわよ。じゃあ、ここの音はどんな音になると思う?」



 そう訊ねながら、私は基本のドよりワンオクターブ下のドを指さした。すると、ジェリーはうーんと少し考えながらもポツリと呟いた。



「最初のドより低いドの音?」

「じゃあ、押してみて確認してみましょう」



 そう声をかけると、ジェリーは緊張した面持ちで、そっと言われた通りの鍵盤を押した。

 すると、瞬時に自分の予想が正解だと分かったのだろう。その喜びを噛み締め確かめるように、何回もそのドを押して無邪気に笑っていた。



「ジェリーはもう分かったと思うけど、右になるにつれて高くなって、左にいくほど低い音になるのよ」

「それで、同じ音が高さ別にあるんだよね」

「そうよ。じゃあ、白い鍵盤だと何種類音があると思う?」



 そう訊ねると、ジェリーは人差し指で一音ずつ確認するようにドレミから鳴らし、ワンオクターブ上のドに辿り着いて答えた。



「七種類あるよ!」

「その通り、正解よ。つまり、この七つの音が一ブロックなの。分かるかしら?」

「うん! 分かるよ」



 彼は本当に物分かりの良い子どもだ。読み書きも算数も呑み込みが早く教えやすい子だが、ピアノでもその能力は存分に発揮されている。



「良かったわ。じゃあ、次のレベルに行きましょう。さっきジェリーは全部の音を人差し指で弾いていたわよね? これを、右手の指全部使って弾いてみましょう」

「全部使うの?」

「ええ、そうよ。じゃあ、私の手を真似て弾いてみてね」



 そうして、私はジェリーに解説を始めた。



「まず、右手の親指をドにおいてちょうだい。それでドレミまで私の弾くように弾いてみて」

「ドレミ……っ出来たよ!」

「その調子よ! 今、ミに中指があるでしょう? その中指で押えているミの鍵盤の右の音はファよ。そのファを今度は親指を潜らせて弾いてみて」

「こう?」

「そうよ! じゃあ、小指まで順番にこうして弾いてみて」



 そう言いながら実演をすると、ジェリーは目を輝かせながら弾き始め、スタートよりワンオクターブ高いドに小指を着地させた。



「僕弾けたよ!」



 そう言ったかと思えば、ジェリーはハッと何かを思いついたような顔をした。かと思えば、突然「ねえ見てて!」というと、ジェリーは先程とは逆に下がる音を演奏して見せた。



「ジェリーすごいじゃない! ちゃんとミを中指で弾いたわね!」



 こうして、やったーと喜びながら私たちはハイタッチをした。

 そこで、もっと弾けるんだという実感を持ってほしくて、私はある提案をした。



「今から私がすごく簡単な伴奏をするから、白い鍵盤だけを使って、好きなように弾いてくれる?」

「うん! ふふっ」



 はにかむように笑う彼を見て微笑ましい気持ちになりながら、私は伴奏を始めた。

 と言っても本当に簡単で、ファラドミ、ミソシレ、レファラド、ドミソシの七度の和音、ただこの繰り返しだ。



 だが、こんな伴奏とも言えない程の伴奏でも、それに合わせてジェリーはとても楽しそうにピアノを弾いている。

何なら、トリルまでしているし両手を使って和音も弾いている。

そのうえ本能的に音の合せを掴んだのか、和音を派生させ、拙くもアルペジオを弾き始めた。



 こんな出だしで、ジェリーのピアノレッスンは始まった。今は、楽譜を用いて練習をしている。

 そして、ピアノを弾くようになり二カ月経った今も、ジェリーのピアノブームはまだ続いていた。



「ねえ、リア。これ上手く弾けない……」



 ジェリーがしょんぼりとした顔で弾くその曲は、指運動を基礎とした練習曲だ。

 私はジェリーとピアノをする時は、指の動かし方を覚えるための練習曲と演奏用の練習曲の二曲を使っている。

 そして今彼が困っているのは、前者の練習曲の方だった。



「ジェリー。弾くときに手首を上げて、固定することを意識して弾いてみてくれる? あと、もう少し右手のテンポを落としたら弾けると思うわ」

「うん、分かった!」



 そう言うと、彼は即実践とばかりにテンポを緩め、手首の位置を上げ、跳ねていた手首が動かないように意識しながら弾き始めた。

 すると、無駄な動きが減ったからだろう。指だけを動かして弾くという感覚を掴み始めたジェリーは、何回か繰り返すことであっという間に弾けるようになった。



「ジェリー……あなたって本当にすごいわ! ただ弾けるだけじゃなくて、弾いた時の音色も綺麗よ。これから弾ける曲が増えるのが楽しみね!」

「リアのためなら何でも弾けるようになるよ!」

「ふふっ、ありがとう。お兄様たちにも聞かせてあげないとね!」

「うん! マティアスお兄様にもイーサンお兄様にも、僕がピアノを弾けるようになった姿を見せてあげたいんだ!」



 未来に向けてひたむきに頑張るジェリー。そんな健気な彼を見ると、勝手に私まで鼓舞されるような気持ちになる。



――こんな風に新しいことを学んで、五歳の子ががむしゃらに頑張ってるのよ。

 私も見習って、ヴァンロージアの領民やカレン家の人たちのために頑張らないと!



 こうして改めて目標を持ち直し、私はジェリーとのレッスンを続けた。

 そんな私たちを、ティナとジェローム、そしてジェリーの新たな世話人となったデイジーが、後ろから温かい笑顔で見守ってくれていた。


 

 そんなある日のこと、私はいつものようにジェリーとピアノレッスンのためグレートルームにやって来た。すると、二つあったはずのピアノ椅子は座面の長い二人で座れるピアノ椅子に替わっている。



――教える時に弾きづらくないようにと気を遣ってくれたのね。

 


 誰が替えたのかは想像に難くない。驚きはしたものの、彼の優しさに気付いた私の口元はつい綻んだ。

お読み下さりありがとうございます(*^ ^*)

続く2話はマティアス視点です!

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