12話 エミリアの領地改革(3)
早速、私は思いついた考えをオズワルドさんに話すことにした。
「あなたたちに一つ任せられそうな仕事があります!」
「そ、そのようなものが!? 一体どんな仕事ですかっ!?」
「砂糖作りです!」
「さ、砂糖作り……ですか?」
てん菜から作られるてん菜糖。このてん菜糖を作るためには、かなりの作業工程と時間を要する。よって提案されたものの、費用対効果が低すぎるため砂糖作りは諦めていた。
だが、魔法使いなら話は別だ。彼らは百人がかりですることを一人でこなせる。そのため、少人数で大量の砂糖を作ることが可能になるのだ。
しかも、製造途中に出る糖液を抽出したてん菜は、牛たちの飼料にもなる。よって、牛も冬を越しやすくなる。
「砂糖は貴重で高価な品です。もし製造に成功したら、領地はとても豊かになります! こうしてあなたたちの魔法のお陰で領地が豊かになれば、きっと戦闘魔法使いの誤解も解けると思います。やってみませんか……?」
無論、この案にオズワルドさんが乗らなかったとしても、戦闘魔法使いに対するイメージ改善の取り組みはするつもりだ。
しかし、この案に乗ってくれた方が、確実にあらゆる面で円滑に事が運ぶ。
――もし乗ってくれたら、だいぶ退役戦闘魔法使いの人々の環境が改善すると思うんだけど……。
彼を見ると、目を閉じて何やら考え事をしている。かと思えば、突然ばっと目を見開き怒涛の勢いで話し始めた。
「ぜひやらせてください! 私を含めて現在ヴァンロージアには七人の退役魔法使いがいます。作業工程も踏まえると、この人数なら十分製造可能だと思います」
「てん菜糖の作り方をご存じなのですかっ?」
「はい! 戦線に立つ以前、王立図書館の本で偶然読みました。そのため、作り方の理論は理解しているつもりです」
何とラッキーなことだろうか。実体験ではないにしろ、知識がある人が多いに越したことは無い。
「では、花津月にてん菜の植え付けをします。そのてん菜の収穫時期あたりから、あなた達には本格的に働いてもらいます。それまでは……臨時使用人としてこの屋敷で働いてもらいましょうか」
「よろしいんですか!?」
「はい。マティアス様もきっとそのようになさると思います」
――本当はしないかもしれないけれど……。
そんな思いは心に秘め、面接はするもののオズワルドさんを始めとした七人の退役戦闘魔法使いの人を雇おうと決めた。
こうして話がついたことで、オズワルドさんは胸のつかえがとれたのだろう。彼はすっきりとした面持ちで帰って行った。
◇◇◇
「ティナ……今日はちょっと早く休むわ……」
今日は少し働きすぎた。そう思いながら、疲れた体を早く癒すためティナに告げた。
すると、ティナは悲痛を孕んだような声で訴えかけるように返答した。
「ぜひそうしてください! もう少し仕事量を減らしても良いのでは?」
「確かにそうね。でも今が踏ん張り時なの。だって、ここに来てまだ二週間とちょっとしか経っていないのよ? お義父様だけでなくマティアス様に報いるためにも、せめてこれくらいは出来る妻じゃないと……」
結婚したくて結婚したわけじゃない。前まではそうとしか思っていなかった。しかし最近ふと、マティアス様も同じことを考えているのでは? と思う気持ちが強くなっていた。
この結婚話はカレン家から提示されたもの。しかし、マティアス様の意見が反映されているかは未知だ。
……彼にとって私が望まぬ存在だという可能性は十分ある。だが、領地経営や家の切り盛りという観点では結婚相手としてまだマシな人間。
そう彼に思ってもらえるようにすることが、彼に対する償いや報いになるのではないか。そう思い始めたのだ。
――私にはブラッドリー侯爵領を守れるということと、お父様を安心させられるというメリットがあった。
だけど、マティアス様にはこの結婚に何のメリットも無いもの……。
だが、私はこの思いを言葉にはしなかった。すると、ティナは口角を上げながらもどこか浮かない表情で、私を見つめて口を開いた。
「普通二週間でここまでしないと思いますよ? ……っ限界が来る前にセーブしてくださいね」
「ありがとう。ティナがいてくれて本当に良かったわ」
「当たり前です! 私はお嬢様から奥様になろうと、ずっとエミリア様の侍女ですから!」
「嬉しいわ。でも、自分のことも大事に考えてね」
「――っ! 泣かせるようなこと言わないでくださいよぉ……」
「えっ……泣かせる気なんて無いわよ?」
本当にそんな気はなかった。
しかし、ティナは瞳を潤ませながら素早く私の寝支度を済ませ、何とかその目から液がこぼれる前に部屋から出て行った。
誰もいなくなった部屋。そこに一人取り残された私は、ティナが出ていった部屋のドアを静かに見つめた。
――ティナ……心配かけてごめんね……。
そう思った瞬間、フッと疲れが襲ってきた。
そのため、ベッドに移動し横たわった記憶を最後、私は気絶したかのように眠りの世界へと落ちていった。
◇◇◇
ヴァンロージアに来てから三カ月が経った。葉月に来たのに、いつの間にかもう雪待月も中旬だ。そのあいだに、私は十八歳の誕生日を迎えた。
十八歳の誕生日は、ジェリーとティナとジェロームが主体となり、使用人たちがサプライズでお祝いしてくれた。
こんなにも人から祝われるのは初めてで、この日のことは一生忘れられない大切な思い出になった。
そして今日から使用人は、新しい冬服に身を包んでいる。そんな使用人たちに、私はジェリーを連れて日課の挨拶を始めた。
「おはようございます。新しい制服はどうですか?」
「奥様、ジェラルド様、おはようございます。すっごく温かいし動きやすくて最高ですよ! 何だか気分も一新しました!」
「水仕事の時は腕も捲りやすいですし、ここにタオルをかけられるようになってるんですよ!」
「パッと見ても分からないのに、ポケットがあるのですごく便利です。今日からこの制服で働くのが楽しみです!」
そう言いながら、彼女らはそのほかにも制服のさまざまな機能を実演して見せてくれた。ジェリーは彼女らの圧に押されたのか、私の後ろに隠れてしまっている。
だが、こんなにも喜ばし気に働くのが楽しみと言ってくれる彼女らを見て、私の胸は躍っていた。
「良かったです。ぜひ、また感想を聞かせてくださいね」
そんな声をかけ、私は他の使用人にも挨拶に回った。
「クロード、おはようございます。庭園以外で花のお世話なんて珍しいですね」
「おはようございます。これは奥様の指示で植えた虫除けのハーブですよ」
「これハーブなの? ハーブってこんな綺麗な花が咲くの!?」
ジェリーは驚いた顔をしながら、庭師のクロードに話しかけている。先ほどの彼女らと違い、彼は物静かでマティアス様と歳が近いからジェリーも話しやすいんだろう。
今度は逆に、ジェリーの方がクロードを戸惑わせているから、悪いが笑ってしまいそうになる。
そんな中、クロードは困った顔で私の顔を見つめてきたかと思えば、何とか言葉を紡ぎ出した。
「奥様が好きにして良いと言ってくださったので、屋敷の外観に合わせたハーブを植えてみました」
「計算されてるんだ……。すごい! リアもそう思うよね?」
「はい。すごいと思います。いつも丁寧に手入れしてくださってありがとうございます」
「僕からもありがとう!」
ジェリーがこんなに積極的に話すのは初めてかもしれない。こうしてジェリーの成長を見ると、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
普段表情の少ないクロードも、ジェリーの言葉を受け少し照れ臭そうにはにかんでいる。
そんな光景を見て、私は朝からほっこりとした気分になった。
いつもお読みくださりありがとうございます!
お気に入りやご感想に、とても元気をもらっています(*^^*)
本作ですが、ところどころ〇〇月というように、暦を表す表現が出てきます。
季節が想像しやすくなると思いますので、一応補足としてこちらを共有させていただきますね♪
〈例〉〇月→作中表現
1月→年端月 2月→麗月
3月→花津月 4月→清和月
5月→月見不月 6月→風待月
7月→愛逢月 8月→葉月
9月→色取月 10月→小春月
11月→雪待月 12月→氷月