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11話 エミリアの領地改革(2)

 目安箱に入っていた投書をすべて見終わった。すると、基本的に3つのことについて書かれていた。


 そのうちの1つは、今年の冬の食料の心配だった。だが、このことについては使用人から聞いていたため、既に策を講じている。パイムイモを用意したのだ。



 実は、私の侍女であるティナはパイム男爵家の三女だ。そして、まだ私がブラッドリー侯爵領に居た頃に、最近パイム男爵領でできたイモがあるという話をしていた。


 そして何とこのイモ、冷暗所に保存しておけば5カ月は持つらしい。しかも、夏は根腐れに注意が必要だが、どの季節に植えても育つ。また味は落ちるが、荒地でも育つという。



 今はパイム男爵領でしか育てていないと言っていたが、これは是非とも入手したい。そこで、私はティナという最強のカードに協力してもらい、パイムイモの種芋を準備していたのだ。


 パイム男爵はティナが世話になっているからと、種芋を快く分けてくれた。そのとき、お金なんて要らないと言われたが、パイム男爵とは後々トラブルになりたくない。そのため、何とか半額で手を打って購入した。



――ブラッドリー侯爵領よりも、パイム男爵領がだいぶ近くにあって良かったわ。

 今から準備しておけば、少なくともイモがあるから死に倒れはしないはず!



 と言うわけで、私はちゃっかりカレン家が持つ畑に、パイムイモの種芋を既に植えている。雇用の創出として、その畑専用の使用人も数人雇った。


 もちろん、種芋を農民に配ることも考えた。しかし、初めて扱う野菜のため、まずは実験的にカレン家の畑に植えることにした。



 そして、私は呼び出していた農家の代表者に、このパイムイモの説明をした。すると、冬の食料危機の心配が無くなったと安心してくれた。そして、私は彼女に2番目に多かった投書についての話を始めた。



「人手不足で農業が大変だという投書を見ました」

「その通りです。男達が戦場に行っているので、一時的とは思うんですが……。元々生産性も低いから心配なんです」



 憂いを帯びた顔をした彼女は、はぁーとため息をついた。だが、ハッと我に返ったように目を見開き私を見て、いかにもまずいというような顔をした。



「ため息の理由も分かります。そうですね……。ここはそれぞれの農地を、どのような形で区分けしていますか?」

「区分け……ですか? 細長い長方形の土地が多い気がします」

「良かった! それなら一つ使えそうな手があります」



 その手とは、重量有輪犂じゅうりょうゆうりんすきだ。牛が畑を耕してくれるため、グッと作業効率が上がる。それに、耕地の形も重量有輪犂の利用に向いているのだ。



「どんな手ですか……?」

「重量有輪犂です。牛が畑を耕してくれるので、きっと今より楽になると思います。とりあえず牛を三頭ほど用意するので、試してみてください」

「そんな……よろしいんですか?」

「もちろんです。それでもし効果があったら、共同使用で各地区に一頭か二頭分用意しましょう」



 効果がなければ、その牛は食糧難の時に少しだけだが役立つだろう。ということで、まずは三頭用意することに決定した。そして、私は彼女に別の質問をした。



「ここの農業形態は、作付地と休閑地を等分する二圃制(にほせい)ですよね?」

「はい。連作障害を防ごうと……」

「考えてみたんですが、四輪作にしたらどうでしょうか?」

「四輪作……と言いますと?」



 ここで、私は彼女に四輪作の説明を始めた。要は耕地を四つに分割し、大麦、クローバー、小麦、カブ等の根菜類を、ローテーションで育てるのだ。そして、ここで肝になるのが……クローバーだ。


 このクローバーは、休閑地だった場所で育てることを想定している。クローバーは地力が回復すると、ブラッドリー侯爵領の農民から教えてもらったのだ。



 クローバーは、地力の回復と牛たちの飼料の役目を果たす。また、クローバー耕地に牛たちを放牧することで土地は肥沃になり、作物収量の増加ならびに、家畜の飼育も両立できるようになる。


 すると最終的に休耕地が無くなり、土地の生産性も労働生産性も上がるのだ。まあ、こうも上手くいくかは分からないが、もし成功すればヴァンロージアの農業に大変革が訪れるだろう。



 このことを説明すると、女性は驚いた顔をしながらも賛成してくれた。そして、ある提案をしてきた。



「では花津月(はなつつき)の頃、根菜類としててん菜を植えるのはどうでしょう? 実は恩賜(おんし)品として、てん菜の種をいただいたんです」



 この提案は、少し考える必要があった。というのも、ブラッドリー家もてん菜の種を恩賜品として賜った。

 しかし、植えてみたところ味が微妙で、また砂糖を作れると聞いたがあまりにも非生産的過ぎたのだ。



「てん菜は何目的で植える予定ですか?」

「砂糖のためです。砂糖は高価ですから、生産に成功すればきっと――」



 爛々(らんらん)と目を輝かせ、生き生きと話す彼女。もちろん期待には応えたいが、領地経営という観点で聴くと安易に賛成できない。



「ご意見参考にさせていただきますね。種植えは花津月ということですので、もう少し計画して決めましょう。一度てん菜の件は保留にさせてください」

「あっ! そうですよね! すみません……つい……」

「お話が聞けて良かったです。では、また改めて報告しますね」



 取り敢えず、今から牛と農耕具の手配をしよう。



――農耕具はブラッドリー領から仕入れるとして、牛は……ジェロームの方が詳しそうね。

 聞いてみましょう!



 そう思ったところ、使用人に呼び出されていたジェロームがちょうど戻ってきた。



「ジェローム! ちょうど良いところに――」

「奥様、お呼びになっていたお客様が、少々早くご到着されたようです」

「あっ……ではそちらが優先ですね。ジェローム、お客様対応が終わったら少し相談させてください」

「もちろんでございます。それでは、参りましょうか」



 その言葉に従い、私は先程までいた客間に再び戻った。すると、緊張したのかビクビクとした様子の客人が目に入った。そんな彼を安心させようと、挨拶をすることにした。



「ごきげんよう。エミリア・カレンと申します」

「ひっ……! お、奥様……。わっ私はオズワルド・トバイアスと申します。本日はお時間を頂きありがとうございます」



 彼は変な声を上げながら、ビクッと身体を硬直させた。しかし、きちんと挨拶を返してくれた。



 ――他の人たちは緊張しているだけだったけれど、この人からは恐怖心を感じるわ。

 投書に書いてあったことが、関係しているのよね……。



「お気になさらず。早速ですが……あなたは魔法使いなんですよね?」

「――っ! はっ、はい……」

「今回の投書の内容を詳しく聞かせていただけますか?」



 話すように促すと、彼はオドオドしながらも自身の境遇について話し出した。その話をまとめるとこうだ。



 戦闘魔法使いとして、国境防衛や国土防衛のため辺境に派遣されて来た。そんなオズワルドさんは、戦闘中の負傷により戦線から離脱し、現在そのままヴァンロージアに住んでいる。



 そんなある日、彼は治療が一段落したため、戦闘魔法使いとしては働けなくなったものの、他の仕事を始めようとしたという。

 しかし、領民たちに気味が悪いと避けられて、環境に馴染めず未だ働けない状況らしい。



「現在、どのように生計を立てているんですか?」

「領民からの出捐(しゅつえん)によって生活できております。領地民から大変慕われている、奥様の夫君であるマティアス卿が領民方に頼んでくださったおかげです」



――マティアス様が……?



 顔も知らぬ夫の名前が出てきて、少しドキッとした。領民の彼に対する好感度が高いと知ったから尚更だ。だが、そんな私の気持ちを知るはずもないオズワルドさんは言葉を続けた。



「怪我で働けなかった当時は、マティアス様のこの対応に感謝しかありませんでした。もちろん今も感謝しています。……ですが、怪我の治った今、享受ばかりでは私たちの立つ瀬がありません。罪悪感でもう耐えられないのですっ……」



 働けるのに働けない。しかも、自身らを避けている人たちに寄付してもらっている身の上。

 そんな彼らが罪悪感を覚えるのも、立つ瀬がないと感じるのも無理は無い。きっとずっと板挟みの状態で苦しかっただろう。


 そんな彼には酷だとは思ったが、念のため質問してみた。



「ちなみにですが、避けられる理由に心当たりはありますか?」

「私たちは元戦闘魔法使いです。なので恐らく、何かの拍子に意図的かは関係なく、攻撃されると思われているんだと思います。実際に、戦闘用の魔法を使う怖い人と言われたこともあります」



――領民に魔法使いに関しての知識が無いのね。

 そもそも、魔法使い自体が極めて稀だもの。

 でも、戦闘魔法使いはあくまで戦線に立つ魔法使いの俗称で、他の魔法使いと何も変わらないのに……。



 何なら戦闘魔法使いは魔法使いの中でもエリート中のエリートだ。そんな彼らの退役後を知り、やるせない気持ちになる。そんな中、オズワルドさんは意を決したように口を開いた。



「奥様。どうか私たちがヴァンロージアの一領民として働けるよう、お取り計らいくださいませんか?」

「もちろんそのつもりです。しかし、領民たちの戦闘魔法使いに対するマイナスイメージを改善しなければ……」



――どれだけ良い人だとアピールしても何の意味も無いわ。

 怖がられている魔法が領民にとってプラスになるという経験こそが、戦闘魔法使いのイメージを覆すきっかけになるはず。

 でもそれをどうしたら実現できるのかしら?



「あっ……!」



 ……最適な方法を見つけてしまった。

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