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106話 これからの未来はあなたとともに

 まさか人生で二回も着ることになると思いもよらなかったウェディングドレス。

 それに身を包み全身を着飾った私は、かつてのように鏡の前に立ち自身の姿を眺めた。



「エミリア様……グスッ……本当に素敵ですよっ……」



 私の隣で感極まった様子のティナがポロポロと涙を流しながら告げる。そんなティナに、私は真実を確かめようと声をかけた。



「ねえ、ティナ」

「っ……どうされました?」

「これって、本当に私なの……?」



 目の前の鏡に映る私は、以前のように惨めな湿っぽい女では無い。まさに、幸せな花嫁の姿そのものだった。



 以前の結婚式での私は、惨めな想いに浸りどんよりと曇った暗い心持ちだったはず。



 だが今はどうだろう。晴れ晴れしく清々しい気持ちが心に広がっている。それに、綺麗に着飾った自身を見てもまったく罪悪感が湧いてこない。



 その気持ちが、私をこんなにも変えたというのだろうか。あまりにも別人といえるその姿に信じられない気持ちのまま、なおも鏡を眺める。



「どうしましょう。私……急にドキドキしてきたわっ……」



 ウェディングドレス姿の幸せそうな自身の姿を見たせいか、とうとう結婚式なのかと緊張してきた。

 するとティナはそんな私を見て、それは嬉しそうな泣き笑いを見せた。



「そのドキドキを楽しんでください。今日こそは、人生最後の結婚式ですからね!」



 その言葉を受け、私は笑いながら「もちろん」と答える。それからふっと一呼吸置き、ティナに告げた。



「ティナ、お願いがあるの」

「どうされましたか?」

「あなたにベールダウンを頼みたいの。お願いできるかしら?」

「えっ……私がですか!?」



 ティナは私の申し出に、酷く驚いた反応を見せる。

 まあ、無理もない。ベールダウンは本来、新婦の母親がするものなのだ。



 以前の結婚式では自棄になっていたこともあり、私は特にこだわりなく自分でベールを下ろした。



 でも、今日はティナに下ろしてもらいたい。

 彼女は私にとって、ただの使用人ではない。私をずっと傍で支えてくれた大切な友であり、姉のような存在なのだ。



 それに、今日の結婚式は私にとって特別なものにしたい。



 だからベールダウンをしてもらうなら、ティナ以外は考えられない。そんな思いでティナに切願の眼差しを向けながら、私は念押しをした。



「ティナ、お願いよ」

「そんな……私でもよろしいのですか? アイザック様が――」

「ティナがいいの」



 そう断言すると、一時は断ろうとしたティナが目を見開いた。直後、その目からは止まったはずの涙がハラハラと流れ始めた。

 そしてティナは言葉にならない様子で目をキュッと閉じると必死に頷き返し、私のベールを下ろしてくれた。



「ティナ、ありがとう」

「こちらこそっ……ありがとうございます。では、いってらっしゃいませ」



 ティナはその言葉の後、控室の扉を開けた。すると、その扉の向こう側で私を待ち構えていたアイザックお兄様と目が合った。



「お兄様、お待たせ――」

「エミリアっ……! なんて綺麗なんだっ……。まるで女神が舞い降りたようだ!」



 お兄様はそう言い出すなり、目をウルウルと潤ませながらはしゃいだ様子を見せた。



 しかし私は、素直には喜べなかった。そのあとにまた、ビオラがと続くかもしれない。だから下手にぬか喜びしてはいけない。そう思ったのだ。



 だが、お兄様は会場の入り口に来るまでの間、一度もビオラの名を出すことは無かった。それどころか、私に対する賛辞の言葉ばかりを言い連ねた。



 そして会場の入り口まで辿り着くと、お兄様は私に向き直りベールを一撫でした。



「間違いなく、今日のお前は世界のどの人間よりも美しい。俺の自慢の妹の晴れ姿を皆にも見せてやれ」

「お兄様っ…………ありがとう」

「ああ。じゃあ行こうか、エミリア?」



 お兄様は洗練された美貌に笑みを浮かべながら、腕を差し出した。

 私はそんなお兄様の少し逞しくなった腕に自身の腕を回す。すると讃美歌が流れ始め、それとともにゆっくりと会場の扉が開かれた。



 会場は王城内にある壮麗な大聖堂。ステンドグラスが魅せる光と色彩の調和は、まるで会場内に魔法をかけたかのように美しい輝きを放っている。



 しかし、それらの美しさがすべて霞んでしまうほど、会場に一歩足を踏み入れた途端、一際私の目を引き付ける人物が目の前に佇んでいた。



 その人物は振り返ると、私の姿を捉えるなり愛おしさが極まったような表情で私を見つめる。その笑顔を見た途端、私の心はトクンと高鳴った。



 徐々に距離が近付くたびに、この胸の高鳴りが皆に聞こえてしまっているのではないか。そう思うほど、私の心には高揚と興奮が押し寄せてくる。



 そんな中、ふと参列席のある一角が私の目を惹いた。見れば、そこには同年代の子たちより小柄ながらも、前よりも確実に成長しているジェリーの姿があった。



 ジェリーは笑顔でこちらを見ながら、一生懸命パチパチと拍手をしてくれている。その姿に私はじんわりと温かい感動を覚えながら、ジェリーに微笑みかけた。すると、ジェリーも私に最高の笑顔を返してくれた。



 それから間もなく、目の前に視線を戻した私は彼の元へと辿り着いた。



「エミリア、最高に綺麗だよ」

「あなたも世界一かっこいいですよ」



 そう声をかければ、正装に身を包んだ息を呑むほどに麗しい美青年の紳士は、ただでさえ赤らんだ頬をさらに紅潮させた。



 するとそんな私たちに、目の前の教皇様が声をかけてきた。



「それでは、お二人の婚姻の儀を始めます」



 その言葉を皮切りに、式は粛々と進行していった。そして、ついにあのときがやって来た。



「それでは、新郎は新婦のベールをお上げください」



 心臓をギュッと絞られるような緊張が襲う。以前の結婚式では、夫の代理役をしていた。そんな彼が、今度は堂々と私の夫としてベールを上げるからだ。



 徐々に上がっていくベールとともに、私の鼓動も早鐘を打ち始める。短いはずの時間だが、とても長い時間のようだ。



 ゆっくりと、それはゆっくりと、目の前のレースが徐々に視界から消えていく。

 そして、ようやくベールが私の眼前から取り払われたそのとき、涙に目を潤ませ恋焦がれたというあの瞳と目が合った。



「では、それぞれ誓いの言葉がありましたらどうぞ今、仰ってください」



 教皇様のアドリブなのだろうか。以前は言われなかった言葉をかけられ驚いていると、カリス殿下が先に口を開いた。



「エミリア、一生君を守ってみせる。もう二度と君を孤独になんてしないよ。これからはずっと一緒だ。必ず君を幸せにするよ。今ここで、君を愛し抜くと誓おう」



 邪念が一切無い真っ直ぐな眼差しとともに向けられた言葉に、私の心は幸福で満たされていく。今度は私の番だ。



「私はあなたの隣にいてこそ、本当の私でいられます。だからこそ、私もありのままのあなたを愛します。私もあなたを一生愛し続け、幸せにすると誓います」



 幸せから漏れ出る笑みで目を細めると、彼は嬉しそうに微笑み返してくれた。教皇様はそんな私たちを見て、頃合だと思ったのだろう。例の誓いの言葉を口にした。



「新郎カリス、あなたは新婦エミリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、これを愛し、敬い、慈しむと誓いますか?」

「誓います」

「新婦エミリア、あなたは新郎カリスを夫とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、これを愛し、敬い、慈しむと誓いますか?」

「誓います」



 それぞれが、誓いの言葉を紡ぐ。するとその直後、教皇様の目配せにより、近くで待機していたリングピローを手に持った神父が近付いてきた。



 結婚指輪は新郎が用意するのだが、カリス殿下はその指輪を結婚式当日に見せたいと言っていた。それはこの国ではよくある定番のサプライズだ。



――カリス殿下はどんな指輪を選んだのかしら……?



 ドキドキとした気持ちで、神父が手に持つ指輪に目を向ける。そして神父が私たちの真横につき指輪の全貌が見えた瞬間、私は言葉を失った。



「エミリア、手を出してくれる?」



 その声で現実に引き戻され、私はハッと我に返り左手を差し出す。すると、カリス殿下は私の掌に手を添えて言葉を続けた。



「あなたに愛の証とし、この忠誠の指輪を捧げます」



 リングピローからそっと指輪を取ると、私の薬指にゆっくりと指輪を滑らす。そんな彼は指輪を装着し終えると、私の表情を見て満足そうに極上の笑みを浮かべた。



 私の薬指にはめられた、燦然と煌めく美しい結婚指輪。それは、かつて私が彼に贈ったウォーターオパールで作られた、この世で唯一無二の指輪だった。



 まさかのサプライズに、思わず感極まる。だが私は溢れ出しそうな感情を堪え、先ほどの殿下と同じように殿下の薬指に指輪をはめた。



「では最後に、誓いのキスを」



 慈悲深い笑みを浮かべる教皇様のその言葉を聞き、私の鼓動は本日の最高潮に達する。



 すると噛み締めるような笑みを浮かべたカリス殿下が、私に向かって凛とした柔らかい声で告げた。



「エミリア、一緒に幸せになろうね」



 その言葉の後、殿下は私の上腕にふわりと優しく手を添える。そして私たちの互いを想う熱が交差したそのとき、甘くて柔らかい口づけがそっと唇に落とされた。



 刹那、会場内には祝福の歓声が響き渡る。

 ついに、私とカリス殿下が大勢の祝福のもとに結ばれた瞬間だった。



 これまで長い道のりだった。

 右も左も分からないまま、迷い傷付きながらも一心不乱に駆け抜けた日々だった。



 でもこうして辛い日々を忍耐と勇気で乗り越えた私は今、愛する人と結ばれ、心の底から感じる幸せで包まれた。



 ◇◇◇



 結婚式から数日が経ち、私たちが領主を務めることになった大公領の名前が発表された。その名は“フリーデンアイト”。平和の誓いを立てることを意味した名前だ。



 そして今、私はカリス殿下とともに、フリーデンアイト大公夫妻として初めての仕事をするため、ある地に訪れていた。



「エミリア様ー!」

「お帰りなさい!」

「お待ちしておりましたっ……!」



 そんな声がどこかしこから聞こえる。そう、ここはヴァンロージア。



 何という奇跡だろうか。

 私はフリーデンアイト大公妃になったことで、再びヴァンロージアと関わることが出来るようになったのだ。

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