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105話 結婚の条件

 カリス殿下からのプロポーズを受けた。それに伴い、私は本日正式な婚約ならびに婚姻の承認を得るため、王城にやって来ている。



 今は謁見の間に通されて、カリス殿下とともに陛下が来るのを待っている。すると、隣でニコニコと微笑むカリス殿下が声をかけてきた。



「エミリア、何も心配すること無いよ。父上は前から僕がエミリアに求婚する気でいたと知っているし、認めていたからね」



 サラッと言うが、初耳である。では私が普通に陛下と会っていた時、陛下はどんなつもりで私を見ていたのだろうか。



 いや、そういうことは多分考えない方が良いと思う。その方が賢明だろう。一旦そのように思考を切り替え、私は未だ残る不安を殿下に返した。



「そうは仰いますが、やはり緊張してしまいますっ……」

「そのように緊張する必要はないよ」



 私の言葉に、カリス殿下ではない男性の声が答える。その現象にビクリと肩を跳ねさせ後方の扉に目を向ける。すると、さきほどの声の主であるコーネリアス殿下が扉口に佇む姿を視界に捉えた。



――なぜコーネリアス殿下が?



 私たちは陛下がやって来るのを待っていた。そのため、彼が来た理由が分からず頭にはてなが浮かぶ。

 すると同じことを思ったのだろう。カリス殿下がコーネリアス殿下に声をかけた。



「どうして兄上が?」

「ああ、それは――」

「私が呼んだんだ」



 コーネリアス殿下が答えかけた矢先、殿下の後ろに続くように陛下が入ってきた。



 その瞬間、さきほどまでは無かったピリリという緊張が部屋に走った。自ずと、背筋がよりピンと伸びる。そのような中、陛下は一人落ち着き払った様子で言葉を続けた。



「二人の結婚に際して重要な話がある。その説明を王太子であるコーネリアスに任せることにしたんだ」

「重要な話ですか……?」



 そう言葉を漏らすカリス殿下は、何も聞いていないという言葉が聞こえてきそうなほど怪訝な顔をしている。



 だが陛下とコーネリアス殿下は気にする様子を見せず、カリス殿下の隣に立つ私の目の前にやって来た。



「陛下、コーネリアス殿下、ごきげんよう。此度は貴重なお時間を頂戴し、誠にありがとう――」

「そう堅くせずとも良い。そこの椅子に座りなさい」

「は、はい……。失礼いたします」



 陛下に促され、私はカリス殿下と横並びに指示された椅子に座った。陛下はカリス殿下に近い長机の短辺に座り、コーネリアス殿下はカリス殿下の目の前の椅子に座っている。



「では、さっそく本題に入ろうか」



 陛下はそう告げ、コーネリアス殿下に目配せした。すると、コーネリアス殿下は真面目な表情で予想外の話を始めた。



「結論から言うと、二人が結婚するにはエミリア嬢がある条件を飲まなければならない。今からその条件に付いて説明をする」



 私が飲まなければならない条件とはいったい何なのだろうか。そんな思いでコーネリアス殿下を見つめると、殿下は私と目が合うなり懐かし気な笑みを向けてきた。



「エミリア嬢、一昨年の月見不月の夜会で踊った時の会話を覚えているだろうか?」

「はい……覚えております」



 唐突に質問を振られ、少し躊躇いがちに答える。すると、殿下は微かに傷付いたような笑みを浮かべながら数回軽く頷いた。そして、吹っ切れたように言葉を続けた。



「もうお気付きだろうが、あの友人は私の話だ」

「っ……」

「あのとき君は、得意分野を任せて仕事を分担したら良いと、そう言ったね?」

「はい。確かに、そのように申した記憶がございます」



 その言葉に、コーネリアス殿下は僅かにホッとしたように息を吐いた。すると陛下と一度顔を見合わせ私とカリス殿下に目線を配ると、コーネリアス殿下は衝撃的な言葉を言い放った。



「君のその案、とても理に適っていると思ってね、実はこの国に大公国を作ることにしたんだ。またそれに従い、この国はティセーリン王国からティセーリン帝国になる」

「どういうことですか? 僕はそんな話聞いて――」

「カリス、最後まで聞きなさい」



 陛下の威風堂々たる一言で、カリス殿下は口を閉ざす。その代わり、殿下は容赦のない鋭利な視線を向け、コーネリアス殿下の言葉の続きを待った。



「大公国を作る理由は、統括地域が増えたティセーリンのより円滑な国家運営のためだ。ルシレーナが保護国として従属したことが決定打になった」



 そこまで言うと、コーネリアス殿下はおもむろに懐から紙を取り出した。そしてそれを机の上に広げると、指差して説明を始めた。



「これは現在のティセーリンの地図だ。大公国は二つ作る予定だ。まず一つは、ルシレーナを含む南西地域。ここはジュリアスを大公に据え置くことが決まっている。そして、もう一つ……」



 そう告げると、コーネリアス殿下はある特定の地域一帯をぐるりと指で描き囲んだ。その地域を見た瞬間、心の熱が昂る感覚とともに激しい動悸が私の身体を襲った。



――ここはっ……。



 コーネリアス殿下が取り囲んだ地域。なんとそこには、ヴァンロージアが含まれていた。

 衝撃を受けたせいか、何だか目の前がチカチカする。



 そのような中、私の隣にいるカリス殿下も何やら驚いた様子で声を漏らした。



「僕が領地巡回した場所ですか?」

「ああ、そうだ。そしてこちらの大公領はカリス、お前を大公に据え置こうと考えている」

「僕が大公……ですか?」



 突飛な話に、私だけでなくカリス殿下も理解が追い付かないというように目を見開いている。すると、ジッと黙って話を聞いていた陛下がゆっくりと重みのある声を発した。



「エミリア嬢」

「はい」

「そなたがカリスと結婚する条件、もう分かっただろう」



 ええ、それはもちろん。

 分かった。分かったのだが、本当にそれが条件なのかと頭が真っ白になりそうになる。

 すると、そんな私に陛下は改まった様子で言葉を続けた。



「カリスと結婚するならば、君にはその地域の大公妃になっていただきたい。よろしいか?」

「私が大公妃に……」



 分不相応にも思える立場を指名され、思わず身体が震えそうになる。そのような大役を、私が果たしても良いものだろうか?



「結婚するなら決定事項だ。それに、君なら適任だと思うよ」



 衝撃を受け止めきれずにいる私の様子を見かねたのか、コーネリアス殿下が背中を押すような声をかけてきた。その言葉を受け、私は隣に座るカリス殿下の方へと顔を向ける。



「エミリアっ……」



 カリス殿下はそう声を漏らすと、机の下で包み込むように私の手に大きく暖かいその手を重ねた。

 切実な懇願にも見える彼の瞳を見れば、言葉にこそしないが“大公妃になってほしい”その気持ちがありありと浮かんでいる。



 でも、心配は無用だった。なにせ、私はもう一人ではない。一緒に荷物を背負ってくれる、カリス殿下がいるのだ。彼がいるのならば、私にはもう怖いものは無かった。



「殿下、大丈夫ですよ」



 彼にだけに聞こえる声で囁く。そして、私はカリス殿下の手が乗った方の手の平を上に向け、カリス殿下の手を握り返した。



「陛下」



 私の呼びかけに呼応するように、陛下が静かな眼差しをこちらに向ける。そんな陛下に、私は自身の覚悟を口にした。



「カリス殿下との婚姻に際し、陛下が私にその任をお与えになった場合、謹んでお受けする所存でございます」



 言い切った。そんな思いで繋いだカリス殿下の手をギュッと強く握りしめる。するとそのとき、思いもよらぬ声が耳に届いた。



「そうか……ふっ」



 目の前にいる陛下が、初めて笑みを浮かべたのだ。そして、カリス殿下の面影により一層の貫禄を携えた陛下が、今までで一番優しい声音で話しかけてきた。



「エミリア嬢。ヴァンロージアの領地経営を一人でこなしたそなたならば、大公妃の任もきっとうまくやれるだろう。そなたが受けてくれるとあらば、私の娘としてそなたを喜んで歓迎しよう」

「陛下……」



 陛下は私の離婚歴も知っている。白い結婚とはいえ、自身の息子と結婚させるのを本当は嫌がっているかもしれないと思っていた。



 だが、陛下からはそのような嫌悪は一切感じない。それどころか、陛下は私の懸念に反し、今までに見たことが無いほどに快さげに口元を綻ばせていた。



 その表情を見た途端、私の心の奥底で限界まで膨らんでいた不安がはじけ飛んだ。



「ありがとう、ございますっ……」



 滲む視界の中、零れそうなそれを必死に堪え陛下に礼を告げる。すると陛下は困ったように眉根を下げて、微笑みかけてきた。



「お義父様と呼ぶ練習でも始めておくと良い。ああ、そうだ。カリスが何かしでかしたら私を頼りなさい。私はそなたの味方になろう」



 そんな冗談を言って、陛下は私を和ませようとしてくれる。厳格なイメージしかなかっただけにそのギャップに驚きながらも、カリス殿下が大丈夫だと言っていた理由がようやく分かったような気がした。



 その後、陛下は私たちに婚姻の目安として、大公領の制定が済み次第という説明をした。何でも、大公領が出来て大公妃が不在な状況はあまりよろしくないとの考えらしい。



 そのため、私たちは議会で総意を得て準備が整い次第、婚姻することが決定した。そして、他にも婚約や婚姻に関する諸処の話を済ませ、私はブラッドリー邸へと帰宅することになった。



 ◇◇◇



「二人の結婚が決まって良かったよ」



 そう告げるのは、私の見送りを申し出てくれたコーネリアス殿下だ。現在私は、カリス殿下とコーネリアス殿下の三人で廊下を歩いている。



 すると、ふとコーネリアス殿下が私と距離を詰めてひそひそと声をかけてきた。



「エミリア嬢。実はね、僕は君が義妹になる気がしていたんだ。嬉しいよ。カリスと結婚してくれてありがとう」



 私だけに聞こえる声で、コーネリアス殿下がそう告げる。すると、そんな殿下に対し、カリス殿下が明らかに機嫌の悪そうな顔を向けた。



「兄上、エミリアから離れてください。見送りも僕だけで結構です」

「まあ、そう言わないでくれ。彼女は僕の恩人なんだ」



 コーネリアス殿下はそう言葉を返しながら、「そうだろ?」と私に問いかけてくる。

 果たして、どれだけの人がその投げかけに「はい、そうです」と言えるのだろうか。そう思いながら、私は苦笑とともにコーネリアス殿下に返答した。



「恩人というほどのことをした覚えはございませんが……」

「ほら、そう言っているじゃないですか。僕の知らないところでエミリアと思い出を作っただけで十分でしょう。早く仕事に行くかシエラ様のところに行ってください」



 まるで番犬か敵を見た猫のような態度のカリス殿下に、コーネリアス殿下も虚を突かれたような顔をする。

 だが、このカリス殿下の反応を見て引き際を察したのだろう。「分かったよ」と言いながら嬉しそうな笑顔を浮かべ、コーネリアス殿下はこの場から立ち去った。



――弟への歩み寄り方が下手なのね……。



 コーネリアス殿下の姿が見えなくなった廊下を見ながら、ふとそんなことを考える。すると、隣を歩くカリス殿下が余所見をしていた私の手を引いた。



「エミリア、そっちばかり見たら寂しいよ」

「あっ、ごめんな――」

「謝らなくていい。っ……優しすぎるのも考えものだな」

「えっ?」

「コーネリアス兄上にはもっと塩対応でいいんだ」



 そう言うと、カリス殿下は拗ねたような顔で私を見つめてきた。だが、すぐにその顔は蕩けるような笑顔に変わった。



「でも、今はそんなのどうでもいいや。エミリア。重大な決断の中、僕を選んでくれてありがとう。大好きだよ」



 そう言うと、カリス殿下は私の左手の薬指に口づけを落とした。すると、そのまま流れるように殿下が抱き着こうとしてきた。



 しかし、待ってほしい。ここはまだ王城内。

 そんな理性が働いた私は殿下の抱擁を躱すため、くるりと身を翻した。その後、私はひっそりと胸をときめかせながら残念がる殿下とともに、二人で馬車までの道を歩いた。



 ◇◇◇



 陛下からの許可も得られたということで、後日カリス殿下は正式にアイザックお兄様に婚姻許可を得る挨拶に来た。すると、お兄様はカリス殿下ならば私を任せられると、諸手を上げて祝福の言葉を送ってくれた。



 そして、そんな私たちの進展を知ったビオラが後日、なんとディーン卿を連れて来た。何でも、ディーン卿がビオラの成長を見て婚約の話を受け入れたため、私たちが結婚するならと挨拶に来たのだそう。



 しかし、お兄様はディーン卿とビオラの婚姻には反対している。そのうえ、ビオラには私とカリス殿下が結婚してからでないと結婚しないという強いこだわりがある。そのため、お兄様はしばらくのあいだディーン卿と結婚問題の攻防を繰り広げることになった。



 そのようにさまざまな出来事を乗り越えながら、年端月、麗月、花津月と月日が流れ、時は春真っ盛りの清和月になった。



 そして時間の流れというのは早いもので、ついに私とカリス殿下の結婚式が行われる日がやって来た。


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