第076話 ハシラビトと聖母
「……さあ、銀河同盟に加入してもらおう。エヴァース……」
その瞬間、空に現れたのは嘗て赴いた浮遊都市ソアロンそっくりだった。
「……な、なぜ5000年後にあったはずの……それが。」
「何の事だかは分かりませんが、これは僕ら銀河同盟の宇宙船です。さあ行くのです、同盟軍!」
別次元のものを具現化するのがウプシロンが作り出した浮遊都市ソアロンだった……もしかしたらこの浮遊都市こそがオリジナルで、これを望みのままに具現化したのがあれだったのかもしれない。
そしてこの浮遊都市の人口は確か、一億を超えていたはず……それほどの軍が、ここを襲ったらもう……
「……くそっ。」
「……なんだ。これ……」
マルスを模している奴……最後の光の精霊族も絶望的な表情を見せる。
その都市からは様々な人種、獣や人、龍や魚……虫、色々な知性を持つ生物だと思われる兵士が降下してくる……
……これこそが、同盟軍。
そこには勿論、鳥人もいた。
「さあ、降伏しなさい。千歳……樹。」
アルマードは確かに俺の名前を知っていた。なぜだ。
「……まだ……まだやれることはあるはずだ。」
俺はアルマードの前に立ちはだかる無数の同盟軍に対して突撃していく。
だって、未来はあれなんだ。5000年後のあの未来に辿り着くためには、俺たちはここで負けるなんて事はないだろう……?
そう思えば、安心できる。そうだろソニア博士……。
* * * *
……ソアロンが現れる少し前……
「……久しぶりだな、ニケ。今度こそお前たちの首、もらうぞ。」
「貴様は!!」
「……!!」
「マルス!!!!」
「……遂に来ましたね。」
女性のトラッカーさんは冷静にそう呟きました。キーラが終わった今、彼が赴くのは当然でした。
それに対して私は言葉にならない表情を見せます。
光によってできている模倣だといえ、だって……私の兄がそこにはいたのですから。
「気を確かにしなさい、ヴィクトリア!!奴は敵、光の精霊族の現最高指導者です!!」
「兄……さん……」
「我はマルスだ。そうだろ?ヴィクトリア。」
「……」
その目線は、マルスその物でした。幼い頃に私の義兄として同じ空間で過ごした、あのマルスの目でした。
「そのアポロンはマルスを殺した本人です!!!」
ニケはそう私に訴えました……
「……そう、だったのですね。」
その言葉で、私の悲しみと嬉しさの感情は憎しみへと変化しました。
「……言葉如きでそれほどに動くとは、我には理解できないがやはり心は面白い。実に興味深い!!」
奴は笑っていました。
そんな時でした、空が暗くなりました。
「何事だ!?」
「……巨大な、都市??」
そこからは見たこともない種族の人たちが降りて来ました。
「ヴィクトリア、ニケ、ここは俺が。」
「ルースタ!!」
その同盟軍に対して、彼は一人で私達を守る決意を見せます。
「いくら何でも……」
「大丈夫。それよりも貴方達は奴を……マルスの仇を討ってくれ。」
「……わかり、ました……死なないでください。ルースタ。貴方は次期軍の隊長……なのですから。」
フェイドが裏切り者であるならば、次の軍を率いるのは彼です。私はそう彼に告げる。
「……ありがたき御言葉。」
そう言い残し彼は剣を抜き、一人で同盟軍に立ち向かいました。
「私も行ってきます。ここは任せます。ヴィクトリア。」
どういう訳かその女性のトラッカーさんもまたそう言い残しその場を離れていきました。
この精霊族は私達で十分という判断なのでしょうか。
「きっと……因果力ですかね……」
ニケは小さく呟きました。トラッカーさん達は未来から来た存在……ここには干渉するべきではないという結論なのでしょうか。
そんな私達二人の前で浮かぶマルス兄さんの姿を模した精霊族は、まるで心があるかのように、怯えていました。
「……なんだ。これ……少しまずいか……一旦ここは引く……か」
私たちの前に現れたマルスの姿を模した精霊族はそう、逃げようとしました。
「逃がさないわ。」
「一歩でも動いたらこの剣で貫く。」
「貴様ら……捕虜の分際で、逃げ出したのか。」
「……フェリスタ!!マーガレット!!」
逃げようとしていた光の精霊族を止めたのはクトニオスに囚われていた筈の私達の仲間……フェリスタとマーガレットでした。
「どうやってここまで……」
「オーランさんが連れて来てくれたのよ。」
「オーラン、フラン……貴方達……。」
傷を負うニケは駆けつけたオーランとフランに対して涙が落ちる目を見せました。
「……ゴメンナサイ、ソウゾウシュ……」
「勝手にここまできてすまない、創造主。」
「大丈夫です。ありがとう、オーラン、フラン……」
ニケのその涙は安心の涙なのでしょう。
「強力すぎる助っ人、登場ですね。」
「そうですね、ヴィクトリア。ここから巻き返しましょう。」
私たちは決意を決め、同盟軍に立ち向かいます。
……その前にこの光の精霊族をどうにかするのが先です。
「……おのれ……その程度で我がやられると思うなよ……」
奴はその手に光の槍を作り出すことでフェリスタの腕に打撃を入れて拘束から抜け出しました。
「フェリスタ!!!」
「大丈夫、私のことはいいから何とかしなさい、ヴィクトリア!!」
「分かりました。」
「……ここに来たのは間違いだったが……最後に貴様らだけ殺してやる。」
奴は心を持たない筈なのに、その体からは憎悪が見える様な気がしました。
そんな辺りには無数の光の矢が私達を狙っていました。
「させません!!」
私は幻想から炎を呼び出し、魔法のように扱って奴めがけて放ちました。
「……な。魔法だと?」
咄嗟に奴はその矢をその炎に対して使用します。
その場では軽い爆発が起こりました。
「……流石ですヴィクトリア。」
ニケはその青い髪を靡かせながら私のことを見つめます。
「……まだ終わっていない筈です。」
「まるでキーラの様な小細工を……」
奴は私の魔法をそう、言った。
「……キーラ、ですか。」
私はその戦場に佇む一つの扉を見つめました。キーラが封印されたという、扉。
その扉のもとでは男のトラッカーさんとアルマードさんが戦っています。
「……どうした。貴様、戦う気を無くしたか?」
「いえ、キーラ……彼女は良い人でした……ですが貴方は違う様ですね。」
私は必ず、このアポロンを倒してみせます……
「数が多すぎる!!うわあ!!!」
私達がこのアポロンとの戦いに集中できるようにしていたルースタと、女性のトラッカーさん達は、もう、気づいた時にはやられていました。
その正面にはまるで意識を持たず操られているかのような軍隊が私たちの方を目指して歩いていました。
「……なんてことですか……まさか、トラッカーさんもやられてしまう……なんて。」
ニケはトラッカーさんに対する絶対的な信頼を置いていました。
「……ここは俺が行く。創造主。」
「私も、ニケさん達の手は煩わせない。」
マーガレットとオーランはそう覚悟を見せます。
ですが……たとえオーランと言え、その数は厳しい筈です……
「……どうするんですか、ニケ……」
「よそ見している場合ではない。貴様!!」
「よそ見などしていません。」
「……グハッ……」
私は地面から巨大な木を幻想から生み出し、奴の顎目掛けて直撃させました。
「……厄介な……力だな……」
想像以上に奴には効いた様でした。奴は地面に落ちました……すぐには立ち上がれなさそうに上半身だけ起こしていました。
勿論すぐにその木は光になって消え去りました。
* * *
エマが負けてしまった。
圧倒的な数の前に、やられてしまったみたいだ。
「圧倒的な数の力の前には、流石の貴方でも敵いませんか。」
「まだだ、まだやれる!!」
俺はその刀でどんどん敵を払っていく。
「見えた!!」
アルマードまでを塞ぐ同盟軍……その中を俺は突き進み、遂に奴の顔が見えた。
「ここだ!!」
俺は速度の証と重力の証を使って飛び立ち、上からアルマードめがけて突撃しようとする……
「甘い。同盟軍が、地上部隊だけなわけがないです。」
俺の目の前には複数の鳥人が現れる。
「……くそっ!!邪魔だ!!」
まさか鳥人がこうして敵になるとは思ってもいなかった。
敵として戦うと、ここまで奴らが強いとは思いもしなかった。
俺の刀は奴らの剣に弾かれる……
「……だが……!!」
俺は姿勢を正し、一人一人鳥人を倒し、重力の証で地面に落としたりと数を減らしていく……
しかし。その時俺の腹部を、超強力な一撃が襲った。
「……イオ・カイライ、そいつの放つ速度の証の重みを乗せた蹴り……は最高でしょう??千歳樹。」
俺はその衝撃で地面へと落とされる。腹部を蹴られた筈なのに、その痛みは脳みそまで届いていた。
正に、不死ではなかったら俺は死んでいただろう、そんな衝撃だ。
そして……その名前。きっと……拾われているから血のつながりはないだろうけど、ガイ達のご先祖様……か。5000年前……だもんな。
俺は、その空中戦に負け……意識はあるが死んではいない……あの回復の時間に入ってしまった。
* * *
「オーランその前に……やってください……棺に、あのアポロンを封印するのです。」
私が戦っている横で、ニケはそう言い放ちました。
「……棺に。か……わかった。」
「……やめろ……やめてくれ。我はまだ、滅びたくない……!!」
オーランは構えました。
その腕に取り付けられた機械の様なもので魂だけを取り出すのでしょうか。
彼はまるで心があるかのように情けなく、そう懇願しました。
私自身、オーランが封印する瞬間を見た事はありませんでした。
そんな私は辺りを見渡します。
「……!!」
私が見つけたのは、悲惨な姿になった、フェリスタでした。
「フェリスタ!!!」
地面に倒れそのまま弱っているところを私達が気づかない間に同盟軍にリンチされていました。
「やりなさい、オーラン!!」
ニケはオーランに命令します。正にビームのチャージ完了……といった様子でした。
「やめなさい!!オーラン!!!!」
私は叫びました。
その魂だけを取り出すエネルギーは私の声によって奴からはずれ、そのビームは扉を直撃しました。
結びの扉は、破損しました。
「どういうつもりですか、ヴィクトリア!!」
「……フェリスタを、フェリスタを棺に封印するのです。オーラン。」
「……だが……」
「目を覚ましなさい。ヴィクトリア!!フェリスタはもう、死んでいます!!」
「棺の力、それは人を蘇生する力でしょう?なら、フェリスタだって、生き返る筈でしょう。」
「……そう、ですがそんな暇はないではないですか。それに、誰を犠牲にするっていうんですか!!魔神器の呪いは守護神器と同じ、死ぬんですよ!!」
「ええ。わかっています。それならば、私が……」
私が死んででも、私達の仲間は守りたい……というのが私の願いでした。
「……だめです!!貴方は生きてください。ハシラビトになるのも、呪いを受けるのも、だめです!!」
「……じゃあ、どうしろ……と、いうのですか。」
私の目からは涙が落ちてきていました。
「……何をやっている、ヴィクトリア!!」
マーガレットの叫ぶ声も、私の心に響いてきます。
「……わかり……まし……た。」
それでも、私は私です。いくらでも言われようが、私なのです……
「……お別れです。ニケ……」
「一体何をする気ですか!!ヴィクトリア!!!」
ニケは焦ってオーランの元から、私の元へと駆け寄ってきます。
「インガニウムを食べれば、神器になれるのでしょう……なら、私は神器になって、この世界を救います。」
「何を言っているんですか!!ヴィクトリア!!」
私は服の中にしまっていた……ニケの研究所から盗んでいた、タイタンのコア環天体から作られている……インガニウム。そのカケラを私は持っていました。
時計の針の様な、その一欠片。これを食べれば、私はきっと神器になれます。
「ヴィクトリアァァァァァ!!!!」
ニケは走りながら叫びます。
「……これが、私の決断。全てのハシラビトの母親となり、この地の母親として……この力でこの地を永遠に守り、ハシラビトも、守ります!!」
「だめです!!ヴィクトリア!!!!」
「今までありがとうございます、ニケ。みなさん。」
「貴方だけは……」
「……ごめんなさい。私はこの地を統べる者として、貴方の願いを断ります。」
私はその瞬間、自分の心臓を抉るように、そのインガニウムを突き刺し……取り込みました。
* * *
「終わりです。千歳樹」
俺の前には、アルマードがやってきた。
「どうかな……俺は、不死だ。いつまでだって、お前の相手をしてやれる……」
俺は動けないながらも、何とか声を発する。
「その体でどうするって言うんです。不死だろうと、その回復までは時間がかかる筈……」
「待っていろ、今すぐ回復して……」
そう言おうとした俺の上には、同盟軍の奴らが乗り、俺を切り刻んだり叩いたりと……してくる。
「うぁぁぁぁぁぁ!!!」
痛みは感じる。今までそこまで感じなかった、一方的な痛みだ。
「もう、無理です。貴方にも、ヴィクトリアにも、この世界は救えません。全ての理は私に味方してくれています。だって、そうでしょう?千歳樹。」
アルマードはそう言いながら、俺の近くにある……あの『因縁の刀』を手に取る。
「……インガニウムから生まれた精霊族が因縁の刀を手にしたら、共鳴反応が起こる……だろ!!」
「……おっとそうですが……この力、出来上がっていますね……呪いが完全にない守護神器……と言ったところですか。」
「……何故、共鳴反応が起こらない!!」
だって、インガニウムから生まれた生命体。インガニウムに触れたら共鳴反応を起こすか、共鳴反応を起こさない代わりに同じ個体が増えるか、のどちらかのはずそれは俺とエマの間で共通認識だった。
「元々精霊族が神器を使ったところで共鳴反応も起こりません。それは貴方達の勘違いに過ぎません。そしてこれ、完成していますね……。特呪も呪いも無い、誰かを犠牲にした雰囲気も無い。素晴らしい。一体この技術はどうやって生まれたのでしょう。」
アルマードはその刀を握りながらそう興奮する。
「……教えてください。千歳樹。貴方は未来の人間ですよね。未来なら、この刀が手に入るのです??未だに達成できていない呪いが一切ない神器の技術……完成しているんでしょう??」
「……さあ、な。答える義理もない。」
「そうですか。それは残念。」
「……ところで、この刀……因縁の刀と言いましたか。これで貴方を斬れば……どうなると思いますか。」
アルマードは悪い表情でそう俺に聞いてくる……
「まさか!!」
俺の不死……という運命、因縁が、断ち切られる……のか!?
「そのまさかです。」
……いやだ。こんなところで、俺は死ぬのか!?不死のはずなのに!?
俺はもう、動けない。
でも、ソニア博士は……俺はアルマードに勝つはずだろ??
「楽しかったですよ。トラッカー。」
「やめてくれ!!!!!!!!!!!」
俺は必死に叫ぶ。
「未来で、また会いましょう。」
その瞬間、アルマードの扱う刀によって俺は本当に死んだ。
* * *
私は、統べる者として、神器になります。
……そうです、母神器、なんてどうでしょう。私はこの地に宿る神器に、なりましょう。
「……ヴィクトリア!!!!」
ニケの声も段々と遠く、小さくなっていきます。
やることはいっぱいあります。
まずはフェリスタを私の力で封印し、ルースタも書にでも封印し、私自身が面倒を見れるような、延命措置を施しましょうか……
そしてあの浮遊都市はもはや一つの街として、この地に宿し、全ての侵略者からこのエヴァースを守る結界を作り、安息の地を作りましょうか。
正に、エヴァー……これまでとは異なる……永久な地球の誕生ですね。
そうですね……この大地には私の夢だった、魔法が使える空間として生まれ変わらせましょう。
そんなことを考えながら、私はその神器へと変わって……いきませんでした。
「な!!何が!!」
「神器になってこの大地を守るなどさせません。貴方達は、銀河同盟に加入してもらうのです。」
「アルマード!!」
「先生……!!」
私たちの元に現れたのは、アルマードでした。
と言うことは、トラッカーさん達は、やられてしまった。
そして今度は、私の番……
「その刀は!!!」
「ええ。この刀は素晴らしいです。」
「……トラッカーさん!!」
ニケが悔しそうに叫ぶ様子が見えました。
「永久に眠りなさい。ヴィクトリア……」
木へと変わっていっていた、私の体は、その刀によって切り落とされました。
* * *
……ヴィクトリアが、死んでしまいました。
アルマード先生の扱う、トラッカーさん達が持っていた刀の力によって……
「……今日から、新時代です。エヴァース及びアレス……タイタンは僕ら銀河同盟の、一員です。」
「……アルマー……ド……!!」
私……ニケの前で先生はそう言いました。もう、彼は私の先生ではありませんが。
「おやおや、恨まないでください。これも銀河の更なる発展の為。」
「……私を生かして、どうするつもりですか。」
私は辺り、マーガレットもオーランもマルスの姿をした光の精霊族も、全てやられてしまった場所でただ一人縄で縛られ捕らえられていました。
「ニケ……貴方の力はまだ、使えます。貴方の頭脳を銀河の発展の為に、使わせてください。」
「……いや、と言ったら……」
そう睨むと私の頭は彼に掴まれました。
「……無理矢理でも、使わせてもらいます。」
その日私たちの世界は……宇宙は失われました。エヴァースも何もかも。全てが失われました。
「……いいものを持って来てくれましたね。刀……最高ですね。とりあえず、この壊れた扉を復旧させましょうか。まだ見ぬ支配の為に。」
彼はその光る刀を舐めるように見つめながら、そう言い放つ。
……その男、アルマードはまだ、野望を抱いていました。




